GRADUATE

2020年7月5日

広い知見を専門研究に活用 総長賞受賞者が考える大学院での研究

 学部を卒業した後、研究を深める上では、大学院への進学という選択肢がある。大学院での研究とはどのようなものなのか、進学を意識する学生はどのようなことを考えれば良いのか。東大大学院で博士課程在籍中に総長賞を受賞し、現在他大学で助教を務める2人にインタビューした。

(取材・山中亮人、渡邊大祐)

 

坂上 沙央里(さかうえ さおり)助教(大阪大学大学院医学系研究科) 11年東京大学医学部卒。臨床医としての勤務を経て、20年東大大学院医学系研究科博士課程修了。博士(医学)。専門はゲノム研究。ゲノム解析の国際共同研究で主要解析者として貢献したなどとして19年度総長賞を受賞。20年より現職。

 

自分にできることを

 

  医学の道を志したきっかけは

 

 高校生の時、自分にとって一番大事なのは命だと思って、それに役立つ仕事ができたらいいなと思いました。人体や生物にも興味があり、理Ⅲに入学したんです。ただ入学時点では、臨床医と研究医のどちらの道に進むかは决めかねていました。絶対に研究がしたいと思うようになったのは大学院に入ってからなので、大学院に進学して本当に良かったと思っています。

 

  大学院に進学した決め手は

 

 医学部医学科を卒業してから5年間、研修医期間も含めて臨床医として勤めました。少しは医師として役に立てるようになったと思いつつも今後の進路を悩んでいた時に、医学部の恩師に「絶対に進学した方がいい」と勧められたんです。自分のことは自分では分かっていないかもしれないけれど、大事な人が言ってくれたことはきっと正しいだろうと思い進学しました。

 

  現在の研究テーマを選んだきっかけとその内容は

 

 臨床での経験がきっかけです。研修医の時、さまざまな診療科をローテーションする中で膠原病やリウマチの患者さんに出会い、この疾患を専門にしようと决めました。しかし治療ではもちろん成果が出る患者さんがいる一方、効果が芳しくない患者さんもいらっしゃいます。最善を尽くすのですが、まるで結果が治療前から決まっているように思うこともあって。そこで生まれながらに決まっている遺伝情報(ゲノム)から疾患を考えたいと思い、ゲノム研究を始めました。

 

 今まで病気の分類は経験的に決まってきたと思うんですよね。つまり症状や検査数値によって病気だと診断しますが、その基準は先人の経験により作られてきたわけです。しかし、ゲノムを基準に病気を考えたらまた違った見え方があるかもしれない。ゲノムと疾患の関係に注目して、病気を再分類・再構築していくことが大きな目標です。

 

  大学院での研究で意識していたことは

 

 自分にできることをやるしかない、ということです。例えばデータ解析は大学院に入ってから勉強を始めましたが、なんとかなると思ってとにかく始めました。そう思わないと動けなくなってしまうので。「頑張っていたら誰か見てくれている人がいる」と指導教員に言ってもらえたのも救われた気がしました。

 

  大学院への進学を考えている学生に向けてアドバイスを

 

 私の研究のように、専門分野に違う分野を混ぜてみるという研究もあります。そのような研究で必要な広い知見を持つには、大学院に進学した後だと周囲も同じ興味を持つ人が多いので難しいんですよね。学部生時代にいろいろな授業を受け、多様な人と関わった経験は今振り返って貴重だったよと伝えたいです。

 

 

宮田 玲(みやた れい)助教(名古屋大学大学院工学研究科) 17年東京大学大学院教育学研究科博士課程修了。博士(教育学)。専門は図書館情報学。博士課程での「文書の多言語展開のためのオーサリング支援に関する研究」で16年度総長賞を受賞。日本学術振興会特別研究員などを経て、17年より現職。

 

筋を通した研究を

 

  現在の研究テーマを選んだきっかけは

 

 教育学部4年次に、当時翻訳研究の客員教授として東大に来ていたトニー・ハートレー先生と出会ったことがきっかけです。入力文を適切に制御することで、機械翻訳を高度に活用できるのではないかという先生の考えを具体化したものが卒業論文のテーマになりました。元々言語や翻訳に興味があったので、結局修士、博士課程に進んでも同じテーマを続けることになりました。

 

 図書館情報学は元々、人間の知的活動の成果である図書や文書を対象に、その生産や保存、流通などを扱う学問です。しかし、文書の中身に具体的に踏み込んだ分析は十分に進んでいませんでした。自然言語処理分野では言語表現の解析技術は進歩していましたが、複数の文が関係し合い全体として意味を成す文書という単位は、明示的に扱われていませんでした。だから博士論文では、図書館情報学的な文書という単位を考慮しながら言語表現を具体的に操作するという枠組みで機械翻訳を扱いました。

 

  大学院での研究で意識していたことは

 

 筋を通すことですね。私の研究は図書館情報学に軸足を置きつつ自然言語処理や翻訳学、ユーザビリティー研究など、幅広い研究領域の知見を参照します。そのため、手当たり次第に他分野の知見を取り込もうとすると、本来の目的を見失う恐れがあります。よく先生方になぜこのテーマを図書館情報学研究室でやるのかと聞かれましたが、研究の基盤にある理念を言語化するように促してくださったのだと思いますね。

 

 図書館情報学は学際的と言われますが、基礎があってこその学際性だと思います。確かに学ぶべきことは多く、自分の知見もまだ十分ではないと感じますね。ただ大事なのは、横断する複数の分野の基礎を踏まえ、重要文献を把握して少しずつ理解することです。

 

  大学院への進学を考えている学生に向けてアドバイスを

 

 抽象的・形式的な思考様式を学ぶためにも、文理問わず論理学の基礎、微分積分、線形代数などは勉強するといいと思います。加えて、興味のある分野の礎となった文献は読むのがいいでしょう。少し難しい文献でも背伸びしてためらわずに読むことで、知的刺激を受けられます。

 

 コロナ禍の中ではなかなか難しいのですが、図書館を一日ぶらぶら歩いてみるのもお勧めです。自分が知らない学問分野に出会えるきっかけになることもあるからです。興味を持ったら、その分野を専門とする教員にメールをしてみると喜ばれるのではないでしょうか。
 最後に、私も大学院進学について経済的な面で悩んだ時期もありました。しかし、調べてみるといろいろな支援制度があるのでぜひ活用してください。


この記事は2020年6月23日号から転載したものです。本紙では他にもオリジナルの記事を掲載しています。

インタビュー:広い知見を専門研究に活用 総長賞受賞者が考える大学院での研究 坂上沙央里助教(大阪大学大学院医学系研究科)、宮田玲助教(名古屋大学大学院工学研究科)
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