「インスタブームに迫る②」では東大卒インスタグラマーにInstagram(インスタ)の攻略法などについて話を聞いた。では、そもそもなぜ人々はインスタを通じて写真をシェアしたがるのだろうか。そして、インスタはビジネスにどのように活用できるのだろうか。東大大学院を出たのち電通メディアイノベーションラボの副主任研究員を務め、著書『シェアしたがる心理~SNSの情報環境を読み解く7つの視点~』で現代のSNS動向を考察した天野彬さんに話を聞いた。
(取材・楊海沙 撮影・児玉祐基)
写真をシェアしたい気持ちの受け皿
──ツイッターやフェイスブックとインスタの間では特徴にどのような違いがありますか?
ユーザー数が世界一のフェイスブックは、日本では一部若者離れが進んでいる面も観察されます。実名を用いる上に、友人や職場関係の同僚や先輩などいくつかのコミュニティの人々が全部一つのプラットフォームに入ってしまうので、人の目を気にして発信しづらく感じるユーザーも出てきました。昔はみんな日常的に投稿していましたが、現在は「大学卒業しました!」のようにイベント報告がメインになりつつあり、アカウントを持っていてもあまり投稿しない人が増えつつあります。若い人は読むだけ、見るだけというパターンもよく見かけますね。
インスタは日本だとフェイスブックやツイッターに月間アクティブ利用者数(MAU)は及びませんが、ユーザー数の伸びは大きく、女性や若年層の利用が多いのが特徴です。自分の体験を一番解像度の高い形でシェアできるプラットフォームだと思います。いわゆるインスタ映えと呼ばれるようなおしゃれな写真の投稿も多いですが、今はストーリー機能やライブ機能の利用が盛んです。特に投稿したものが1日で消えるストーリー機能は、手軽にシェアできるため若年層に人気ですね。
ツイッターは国内のMAUが約4000万人で圧倒的に多く、情報の拡散やリアルタイムのネタに強いです。サッカーW杯の時も、インスタのストーリーで「サッカーバー来てるよ!」という投稿はありましたが盛り上がりがあまり広がらず、逆にツイッターでは大勢で盛り上がりましたね。ツイッターはリツイートしたり、自分がフォローする人が「いいね!」したものがタイムラインに流れたりなど、いろんな情報が混ざるオープンな空間です。
──なぜこれらのSNSの中でインスタが台頭し始めたとお考えですか?
スマートフォン(スマホ)の普及台数を見ると、2012年から2013年頃に一つの転換点があることに気づきます。それまでは目新しい携帯型の電子機器が好きな男性を中心に先物買いされてきたスマホが、若者や女性にいきわたるようになりました。
では、やっと手に入れたスマホで何をするか。そこで誰もがやることこそ、「写真を撮る」ことではないでしょうか。そして、撮った写真をみんなに見せたいというニーズに一番合致したのが、インスタだと思っています。スマホの普及というテクノロジー側の変化と、SNSでシェアしたいというユーザー側の気持ちの変化とが相乗的に高め合う中で、インスタグラムがその受け皿として盛り上がったのだと思います。
我シェアする故に我あり
──なぜ人々は写真をシェアしたがるのでしょうか?
まず、自分のためにシェアしていると思います。調査をすると意外と「インスタ映え」一辺倒ではなく、写真をオンライン上に残すことで、自分の今までの体験を確かめて楽しむ人が多いことが分かりますね。心理学者のシェリー・タークルは哲学者デカルトの「我思う故に我あり」という言葉をもじって、現代人は「我シェアする故に我あり」と言っています。今の人は自分がオンライン上で何をシェアしているかによって、自分のアイデンティティの形成と確認をするようにもなっていると考えられます。
他にも、自分の近況を友達に話すような気持ちでコミュニケーション手段の一つとしてシェアする人も多いですし、「いいね!」がほしい気持ちも人々がシェアしたがる主な理由だと思います。
──そんな中でなぜ「インスタ映え」という言葉やフォトジェニックなスポットが流行ったのでしょうか?
せっかくフォトジェニックなスポットに行ったのだから、そこでの体験をきれいな形で残したい気持ちはやっぱりあると思いますし、それによって「いいね!」が付きやすくなってうれしいのは確かです。「いいね!」を求めてしまう気持ちは否定できませんし、SNS自体がそのようなユーザー側の心理を促進するような仕組みを作っていることも一因となります。
さらに、受け手の視点で考えると、SNSでの投稿を参考にする割合が高まっていることも大切な要因ですね。例えば友達がシェアしたものに影響を受けて物を買ったり、その場所へ遊びに行ったりすることが増えているからこそ、みんな自分もそのようにするわけです。
「シミュラークル化」する投稿
──天野さんは他の人と投稿内容が似てくる現象を「シミュラークル化」と呼んでいます
「シミュラークル」はシミュレーションという言葉と同じ語源を持っており、「模倣」「コピー」という意味の概念です。みなさんもインスタ上には何となく似た写真が多いことに気づきませんか?特に旅行系の写真は顕著ですが、同じハッシュタグの写真に似通りがありますよね。
このように、誰かが始めたものをみんながやるようになり、撮りたいビジュアルがパターン化することを「シミュラークル化」と呼んでいます。みんなが同じように欲望し「いいね!」されやすいものを求める気持ちが絡み合うことで、このような現象が起こると考えています。
別の視点から考察すると、社会学者のロジェ・カイヨアが遊びの4要素の一つに模倣を挙げていているように、ままごとやモノマネなど、模倣の楽しさや気持ちよさは私たちの本能に近い領域に備わっている志向性だとも思いますね。
シミュラークルという概念は、インスタ映えに乗っかるのもある種の流行への順応だと捉えたとき、それは現代人に特有の性質だともいえるわけです。流行という概念そのものが生まれたのは、ここ100、200年の話で、メディアや都市文化の誕生によって人々は流行っているものに価値を見いだすようになったと思います。さらにインターネットやSNSが普及して情報の流通が加速すると、模倣がより高速的かつ同時多発的に起こるようになります。
最近のシミュラークル的な現象の例だと、自分が着る服を床に置いて真上から撮影した写真を見せたりする「#置き画くら部」が流行っていますね。自分が着ている状態で見せるのは「自分はモデルでもないし恥ずかしいな」と思うのに対し、「置き画」は自分の顔やスタイルが映らないので投稿のハードルが下がります。いかに発信のハードルを下げてみんなに投稿してもらうかというのがSNSの鍵ですね。
また、このような撮影技法は洋服だけでなく料理を撮るときなどでも使われていてシミュラークルになっているのですが、メディア研究者のレフ・マノヴィッチはそうした「フラットレイ」な写真こそがインスタらしさを象徴する一つの形式だと主張しています。
意味としての「インスタ映え」
──どのような投稿が「いいね!」を集めるのでしょうか?
代表的なのはフォトジェニックな写真で、僕はこれを「存在としてのインスタ映え」と呼んでいます。先ほど述べたシミュラークルは主にこっちで、旅行先の風景、流行りのお店や食べ物など、写真の中に「いいね!」を押したくなる要素が既にあるタイプです。
その一方で、「意味としてのインスタ映え」と呼んでいるタイプがあります。例えば、その人が料理好きだとしたら、料理をずっと載せていることが一つの文脈を形成し、見る人々がこの人は料理が好きなんだと思うことで「いいね!」を押したい気持ちになったりするということ。被写体がフォトジェニックかどうかとは別に、発信者がどのような人かということも含めて「いいね!」がつくものを指しています。
投稿内容を分析すると、料理の写真をひたすらシェアする人、自分のペットの写真を毎日シェアする人などさまざまなユーザーの分類ができたのですが、一番多かったのが私たちが「リア充発信タイプ」と呼んでいる、投稿内容が平均的な人々でした。一つのテーマでシェアし続けるよりは友人との日常の発信がメインで、大学生くらいが多かったんです。「友達とカフェに遊びに行った」や「合宿や旅行に行った」というような投稿が多かったのですが、これらは「いつも仲良いメンバーで楽しそう」という意味で「インスタ映え」するのではと感じました。
このように、その人自身の世界観や一貫性を表現することが、インスタの重要な機能だと思います。単純化すれば、ツイッターでは多角的かつ分裂的にその人のいろんな考え方や日常の思いがシェアされ、フェイスブックでは名刺のような社会的属性を表すことがシェアされるという対比性が見いだせるでしょう。
「ググる」から「タグる」へ
──世界と比べた時に、日本ならではの使い方の傾向はありますか?
「インスタ映え」という言葉の流行ぶりは日本ならではだと思います。海外でも「#instagood」や「#instagramable」という似たハッシュタグはありますが、「インスタ映え」する店に人々が殺到することはあまりないと思います。流行り物が好きな日本人の国民性も関わっていることでしょう。
加えて、こういう視点もあります。僕はハッシュタグを「オブジェクトレベル」、「メタレベル」、「クリシェ」という三つに大きく分類しています。「オブジェクトレベル」は映っている対象を説明するためのもので、例えばパンケーキの写真には「#パンケーキ」と付けるようなものです。一方で、「メタレベル」は写真だけでは分からない文脈を付け加えるもので、パンケーキに「#量が多くて食べられなかった」と付けたり。日本のユーザーはこの「メタレベル」のハッシュタグの使い方がうまく、あえて写真に自らツッコミを入れたりするところに文化性を感じます。
そして最後の「クリシェ」は決まり文句という意味で、「#写真好きな人と繋がりたい」など、どんな投稿にも付けられるタイプです。インスタは拡散がしづらいからこそ、クリシェ的なハッシュタグを使うことで流入を増やしていく傾向があるんです。
日本のユーザーはハッシュタグを世界平均の3倍使うというデータもあります。それだけ存在感が増していますし、僕自身が提唱するのは、インターネットで「ググる」のではなく、SNSでハッシュタグで検索して手繰るように情報を得るような「タグる」という形です。若年層を中心に、「タグる」へのシフトが強まってきていると感じます。なお、ハッシュタグはユーザー間のコミュニケーションでもある一方で言語学的な対象でもあり、諸学問が重なり合う面白い領域だと思っています。
生活者と双方向的に繋がる
──インスタはマーケティングにどのように応用できるのでしょうか?
いまやマーケティング戦略に欠かせないSNSの中でも、一番新しくて重要なのがインスタといって過言はないでしょう。企業はアカウントを通じて独自の世界観を発信し、普通の広告と違う見せ方ができます。さらに、生活者と双方向的に繋がることでブランドにより愛着を持ってもらうことも重要です。例えば、ハーゲンダッツの「ハーゲンハート」というキャンペーンでは、アイスの表面がハート形にくぼんでいるのを見つけたユーザーに、その写真に「#ハーゲンハート」と付けてシェアするように呼び掛けていました。広告のように認知度を上げるための即効性があるものではないですが、長期的にブランドを育てていくためには非常に重要です。
そして、生活者と繋がることで、自分のブランドを好きになってくれるのはどのような人か、そして何を求めているのかといったことのヒントも得られます。僕の考えとして、SNS=発信するためのツールと捉える人も多いのですが、それと同じくらいユーザーの観察を行うことも重要だと強調しています。一般のユーザーがどのような投稿をしているのかを分析するツールもあり、ユーザーの特徴に合わせて広告の投稿種類を変えるターゲティングも行われていますね。
──インスタはどのような経済効果をもたらしていますか?
シミュラークルの観点で言えば、流行している旅行地やお店に行くモチベーションを上げることへの寄与が挙げられます。さらに、インスタはビジュアルのコミュニケーションなので言語の壁を超えますよね。だから観光産業も力を入れて、その地方で撮れるいい写真をインスタで拡散するし、海外の人も投稿を見てそこへ来たりします。日本国内ではアニメの「聖地巡礼」と結び付いてシミュラークルが広がっているのが特徴です。例えばアニメ映画『君の名は。』のラストシーンのロケ地に、海外からも多くの人々が写真を撮りに来ています。文化的なコンテンツとも一緒になってシミュラークルが広がり、人の交流を促しているのは素晴らしいことだと思いますね。
また、いまやインスタはイベントとも不可分で、「SNSでシェアするまでがイベント」と考える人が多くなってきています。例えばハロウィンの経済効果はバレンタインを上回ったと言われますが、背後にはSNSでシェアするためなら衣装にお金を投じてもいいという人々の心理がありますね。その場での楽しさはもちろん、ストーリーにも投稿できるし、インスタグラム上に写真を残すこともできるし……といろいろな効用があるわけです。そういった「体験のコスパ感」も若年層の消費行動を考える上で重要な視点です。さらに、最近ではショップ機能が出てきて、インスタグラムを見ていて欲しいと思ったアイテムをその場で購入できるようになりました。
──今後インスタを取り巻く状況はどのように変わっていくのでしょうか?
2012年にフェイスブック社に買収されて以降、インスタは成長を加速させており、いまや世界全体のMAUは10億人を超えています。ショップ機能に加え、今年の6月には60分の縦型長編動画を作れる「IGTV」という機能が加わりました。ユーザーがコミュニケーションを取る場としてはもちろん、コマースやコンテンツの領域でもインスタが存在感を増すと見ています。
2017年は「インスタ映え」という言葉が流行語大賞に選ばれるほどに盛り上がりましたが、周りを見ると昨年の熱狂ぶりは薄れたかなという印象もあります。インスタ映えという言葉がどれだけ残るかは分かりませんが、大事なことは、自分の体験を解像度高い形で楽しく残したい、そしてみんなにシェアしたいという考えは普遍的なユーザー心理のはずだということ。さらにはSNSのネットワーク効果(利用者数の多さがサービスの価値に直結すること)により、今後もシェアを通じたコミュニケーションの受け皿としてインスタは最良の選択肢として存在し続けると感じています。
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このように、人々がインスタでシェアしたがるのは、「いいね!」が欲しいという承認欲求が根底にはあるものの、自らのアイデンティティを形成できることも大きな理由である。前回の山田さんも言っていたように、シェアする体験の文脈や意味も重要なのだ。そして、個人の投稿が周囲に連鎖していき流行を生み出すことになるのもインスタの醍醐味である。
マーケティングにおいても企業と生活者の距離を縮め、体験をシェアして残せるという特性により人々の消費意欲をそそるインスタ。これからも人々の消費行動に影響を与え、経済を動かしていくのだろう。
【インスタブームに迫る】