東大では、文系は理系よりも大学院に進学する学生が少なく、大学院修了後の就活についての情報は多くない。文系の院出身者に経験を聞くことで、後悔や不安なく自分で決めた進路を歩みたいところ。そこで、東大大学院の修士課程でフランスの妖精伝承の変遷を研究後、NHK出版に就職した小林潤さんに院進を決めた時期や理由、学部時代と大学院時代それぞれの就活経験などについて聞いた。(取材・柳澤光)
思う存分やりたいことを
私は大学入学前から、硬式庭球部への入部と修士課程への進学を考えていました。早くから進学を意識していたのは、学生時代には興味のある学問を好きなだけ探求したいと考えていたからです。そして文IIIへの入学を果たし、硬式庭球部にも入部しました。進振り(当時、現・進学選択)で文学部思想文化学科宗教学・宗教史学専攻(当時)を志望しましたが、この頃には修士課程進学への意志はより明確になり、総合文化研究科へ進学したいと考えていました。この時、就職のことはあまり考えておらず、学びたいことを学生のうちに学んでおこうと思っていました。
学部時代には就活はあまり行っていません。多くの学生が就活を行う3年次には部活に熱心に取り組んでいました。その後、修士課程への進学がかなわなかった時のことも考え、学部4年次に就職サイトに登録したり、出版社への内定が決まった友人から就活の話を聞いたりしたこともありました。結果として院試に合格したので、就活は続けませんでした。
進学した総合文化研究科超域文化科学専攻比較文学比較文化コースでは、根源的な関心が「創造力がどのように形になるか」ということにあり、研究テーマとしてはフランスにおける妖精伝承の変遷を扱いました。民俗学と文学の間にあるような研究で、伝承を記録した文献を読み、伝承がどのように現在の姿へと変化していったかを考えました。総合文化研究科での学びの特徴は、一つのテーマに学生がそれぞれの観点・方法論でアプローチすることです。他の学生との意見交換を通して多様で新しい視点を得ることができ、とても刺激的でした。
修士課程で研究したことが直接、現在の仕事に生きているわけではありません。しかし、そこでの経験は自分にとってとても意味のあることだと感じています。出版の仕事では、企画を考えること、人と知り合うこと、さまざまなことに関心を持つことが大切だと思いますが、これらへの興味は修士課程時代に大きく伸びました。学業だけでなく、当時の経験全てが今に生きています。例えば、駒場キャンパスで学ぶ外国人留学生とたくさん交流し、一緒に日本国内を旅行したりしました。また、2カ月にわたって一人でヨーロッパを旅したりもしました。このように修士課程時代は、学業も含めた生活のあらゆる部分で、それまでの自分が知らなかった世界と出会うことができた時間でした。
修士課程時代の就活では、出版社、新聞社、広告代理店、印刷会社などを中心に受けました。これらの業界に共通しているのは「コミュニケーションでものをつくる」ことです。自己分析を通して、自分は多くの人と関わりながら一つのものを完成させることに向いているのではないかと考えたことが、志望する理由になりました。出版社では、NHK出版の他、児童書や教育系の出版社を中心に受けました。NHK出版を選んだのは、そこから刊行されている出版物ならば、どの本を担当することになってもしっかりと打ち込めるだろうと思ったからです。
就職したNHK出版では、多くの人と関わりながら一冊の本をつくっています。編集者の仕事では、著者、カメラマン、デザイナー、校正者、印刷会社の人など、さまざまな人と密に連携を取ることが重要です。これまでイタリア語や英語のラジオ講座、最近は『きょうの健康』のテキストを担当し、現在はラジオ番組『こころをよむ』のテキストを主に担当していますが、いずれの編集にも大きなやりがいを感じて取り組んでいます。
修士課程進学か就職かを含め、進路に迷う学生には、自分のやりたいことを思う存分やってほしいと思います。私は特に「楽しい」という気持ちを持つことが大切だと思います。好きなことに打ち込むことで成長することができますし、さまざまなことに興味を持つことで引き出しが広がるからです。自分の取り組むことが楽しいということや社会の役に立つということはモチベーションにつながります。学生の皆さんには、就職のことはあまり考え過ぎず、まずはやりたいことを好きなようにやっていってほしいと思います。
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