インタビュー

2014年11月18日

SCHAFT開発とGoogleの買収、ロボットビジネスの今 稲葉雅幸教授インタビュー2

2013年末、Googleが初めて日本企業を買収した。ロボットベンチャーのSCHAFTだ。このSCHAFT創業者を輩出した研究室を率いる東京大学の稲葉雅幸教授に、ロボット研究の歴史、そしてロボットビジネスの現状について話を聞いた。後編となる今回は、SCHAFT誕生から、現代のロボットビジネスについて紹介する。

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経験知と情熱が生んだSCHAFT

稲葉教授の研究室出身の学生は、Googleをはじめとする名だたるIT企業に就職する場合もあれば、自ら起業する場合も多い。数多くの出身者の中で、ここ最近で最も注目を集めたのは、Googleに買収されたロボットベンチャー、SCHAFTの創業者だろう。

SCHAFTを創業したのは、当時東京大学で助教として勤めていた中西雄飛氏と浦田順一氏だ。ふたりとも稲葉教授の指導を受け、ヒューマノイドロボットプラットフォーム (HRP)であるHRP2ではできないことを目指した人型ロボットの研究を行っていた。HRP2は、経済産業省の1998-2002「人間協調・ 共存型ロボットシステムの研究開発」における最終成果機であり、2003年から全国の大学・研究所で使用可能になった。

様々なロボット技術を研究してきた中西氏と浦田氏だが、最終的には「蹴っ飛ばしても倒れないロボット」開発に取り組むことになる。これが、SCHAFTの中心技術に据えられた。

彼らは、助教の職を辞めて、DARPAロボティクスチャレンジに参加する。大学を離れた理由は諸説あるが、稲葉教授は「それに集中したいという彼らなりのチャレンジでした」と語る。

もともと、ロボコンチームでアジア優勝の経験もあったこともあり、ノウハウは非常に豊富だった。実際、彼らがロボコン時代のノウハウをもとに注意していたのは、「改造を重ねるのではなく、テストを重ねる」ということだった。大会の実施日のかなり前にハードを完成させ、そこからは何度もテストを重ねた。テストを繰り返すことで、プロジェクトのマネジメントは非常に徹底していたという。結果として、他チームに大きな差をつけて優勝することになる。Googleに会社が買収されたのは、そのわずか1ヶ月前のことだった。

この、蹴飛ばしても倒れないというコントロール能力は、浦田氏ひとりで作ることになった。通称、「浦田レッグ」である。

ある時、稲葉教授は彼にこう話したという。

「そろそろ博士論文書いたほうがいいぞ」

それに対して、浦田氏は

「いや、まだ跳躍しただけなので、書きたくありません」

通常、3年で書くところを4年かかって書きあげたという。それだけの情熱をかけて開発したロボットが、世界で最も注目を集める技術になったのであった。

ウィロウガレッジという恐るべきコミュニティ

SCHAFTは日本企業として初めてGoogleに買収され、Exitを果たした。日本のロボットベンチャーの「成功例」と言えるだろう。だが、日本発でこうしたロボットベンチャーの成功例が多いかと言われれば疑問符がつく。では、ITの本場、シリコンバレーの実態はどうなのだろうか。

稲葉教授は、アメリカのロボットビジネスを語る上で欠かせないとひとつの会社を紹介する。「ウィロウガレッジ」だ。同社は、商品として何も売っていない。やっていることと言えば、ROSというロボットのオープンソースソフトウェアを開発することだった。

同社の創業者であるスコット・ハッサン氏は、かつてメーリングリストサービス事業として「eGroups」を創業し、その会社をYahoo!に売却した。そこで得た資金をもとに、ウィロウガレッジを創設。優秀なエンジニアを雇用し、ROSを走らせるプラットフォームとなるパーソナルロボットPR2とROSの開発に専念した。

彼らの戦略は巧みだった。数年もすると、同社の中にいた人が退社し、そのオープンソースを使って自分の会社を作っていく。そしてハッサン氏は、自身の資金でもって彼らに投資をする。

「投資家の下からスピンアウトして起業して、また新しい大金持ちが生まれる。これが、オープンソースのコミュニティ文化の背景にあることです。この仕組をかなり熟知している人が、このエコシステムを作ったのでしょう」

大学で起業するということ

稲葉教授は近年のロボット研究の状況を振り返り、博士号を取得することの重要性を説く。大学の研究室で実力を磨いて、起業してチャンスがきたら売却する。

「博士号があれば、かなりのことができる。博士号を取ってからでも遅くはないと思います。大学にいることの意味は、自分の趣味ではなく、より大型の開発ができる点です」

ロボットビジネスのように初期投資が大きい研究をするためには、誰かに投資してもらうか、自分が「お金持ち」になる必要がある。

「投資家になって好きなことに注力するためには、起業してExitする必要があります。日本人は博打っぽくてあまり好きではありませんが、誰かが儲かり、投資家となって、また新しい起業家に投資する。このサイクルが社会を活性化させると思います」

初期費用は大きいが、ベンチャーだからこそ、ロボットビジネスは行いやすい面もあると思う。大企業では、利益にならない可能性があるロボットビジネスはやりづらいからだ。ベンチャー企業では、そうしたブランドリスクがない。

「成功事例が出てくれば、若い人もチャレンジするようになるはずです。若い内に、自分のためだけに時間が使えるときにチャレンジすることが重要でしょう」

事実、SCHAFTを創業した2人は、修士課程の頃から自分で作りたいものを作る経験をしていた。その先に、「蹴っても倒れないロボット」が実現したのだ。

「いろいろな選択肢を選べる時代になっている」

これからのロボット研究を引っ張る「未来のSCHAFT」に向けて、稲葉教授はエールを送る。

(文責 荒川拓)

※本記事は、Newspicksとの共同企画です。外部メディアの転載を禁じます。


稲葉雅幸(いなば・まさゆき)教授
1981年、東京大学工学部機械工学科卒業。1986年、東京大学大学院工学系研究科 情報工学専門課程 博士課程修了(工学博士)。東京大学大学院工学系研究科教授を経て、2005年より情報理工学系研究科創造情報学専攻教授。専門は、知能ロボットシステムの研究など。

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