3月11~14日、赤十字国際委員会(ICRC)と香港紅十字会(HKRC)が共催する赤十字国際人道法模擬裁判アジア・太平洋地域大会がオンラインで行われ、日本代表として出場した東大チームが準優勝した。大会では、それぞれの国・地域を代表する各チームが、与えられたシナリオを基に検察側と弁護側に分かれて自らの主張を展開し、国際人道法の知識と理解を競った。
(寄稿=春聡子)
今年の日本代表チームは、東京大学PEAK(教養学部英語コース)の2年生、オーストラリア出身のクリス・クレイトンさん、インドネシア出身のティモシー・マシーさんと日本国籍・カナダ育ちの金原芽以さんの3人からなる。昨年11月の国内予選で優勝し、アジア・大洋州地域大会進出を決めていた。この大会は、昨年度まで日本代表チームが準々決勝以上に進んだことのないハイレベルな大会。法学の高度な知識と深い理解を問われる同大会において、法学を始めて1年足らずのこのチームが決勝まで進出し、準優勝するという快挙を遂げた。大会を終えた3人に、昨年度の日本代表チームのポール・ナムクーンさんが話を聞いた。
ポール 「国内大会とアジア太平洋地域大会の違いは何でしたか? 自信はありましたか? また、どのような課題がありましたか?」
芽以 アジア・大洋州地域大会の参加チームは(主に)各国の優勝者なので、レベルが高いとは意識していました。それに対戦相手には国際人道法を専門にしている学生も多かったので緊張しました。でも、私達は作戦も練り、かなり集中して勉強したので、その面では自信があったと思います。
ティモシー 今大会の準備で国内予選と一番違ったのは、大会と国際人道法に関してまだまだ知識不足だったと認識したことだと思います。国内予選の時点では、まだ大会が実際どんなものなのか知りませんでした。国内予選では国際人道法についての練習はかなりしましたが、今回は、国際刑事裁判所(ICC)に関しての質問が多かったです。これは国内予選では気にもしなかったことでした。
ポール 「どのような準備をしましたか?コーチの役割や、議論をどう組み立てていったのか教えてください。また、チーム内の役割はどう分担しましたか。」
クリス キハラハント愛先生(東大大学院総合文化研究科准教授)がチームのコーチだったのは本当に恵まれたことだったと思います。アジア・大洋州地域大会も含めて、最初からチームが目標を達成するための準備を支援してくださり、何回も一緒に練習してくださいました。国際人道法の知識や判例についても、きちんと理解できているか確認してくれました。質疑応答の練習をしながら、法と判例の知識のバランスが大切だと知りました。今振り返ってみると、判例に関して準備が不十分だったかなと思います。口頭弁論では、それが明らかになりました。ICRC駐日代表部や過去に模擬裁判に参加したことがある方も応援してくださり、とても助かりました。もう一点、与えられる法の論点について、歴史を遡って理解するのはとても有益だと感じました。キハラハント先生に勧められた参考書は本当に役に立ちました! 70ページもありましたが、全部読んで理解しようとし、おかげで自分が誤解していたことにも気付きました。対戦相手が取り上げた判例も事前に知れたし、相手の判例の理解の間違いにも気づくことができました。時間はかかるし、難しいけれど、やはり少しでも多く努力をする方が、結果にも自信にもつながると思います。努力は報われるのですね。対戦相手が用いた判例とは逆の判示をしたICCの判例を使って、反論にも成功しました。皆自分の議論にとって都合の良い判例のみを引用しがちですが、判例法をより広い視点から理解していれば、自信を持って引用することができます。
芽以 チームの中でみんなお互いの長所と弱点を知っていたので、うまく支え合えました。大会の2週間前から集中的に口頭弁論の準備を始めました。もちろんそれ以前から準備はしていましたが、集中度が違いました。驚いたのは、自分たちが3日間で吸収できる情報量です。大会が終わるまで、信じられないスピードで勉強を続け、情報を吸収しました。1秒ごとに新たな情報を得ていた感じで、それをひとつひとつ弁論に加え、弁論する度に上達していくのが分かりました。
ポール 「判事はどのような質問をしましたか?」
ティモシー 質問は、通常の裁判の質問とは違うと思います。大会の判事の意図は、参加チームの国際法の知識と、それをシナリオの事実にどう適用するかを、試すことだったと思います。大会中、質問の難易度と質はどんどん上がって行きました。決勝で判事から、法の論拠と事実を常に繋げるようにとアドバイスをうけました。そうすると包括的な弁論ができるからです。
クリス 予想もしない質問に対処できるよう準備するのもとても大切だけれど、自分の弁論を柔軟にダイナミックにすることも大事です。判事からは、予想した質問をされることももちろんありますが、議論が飛び交うこともあります。その点は後で答えますと言わずに、できるだけ速やかに答えるのが良いです。だから準備した弁論に固執するのではなく、臨機応変に対応するのが大事だと感じました。もう一つ、本当に良いアドバイスだと思ったのは、質問をされた時、数秒かけて質問を咀嚼してみること、そして質問を判事に言い換えてもらっても良いということです。時間を気にして質問にさっさと答えて先に進もうとするのではなく、質問をしっかり理解した上で答えるというのは、法廷だけでなく実生活でも覚えておきたいと思いました。
ポール 「他のチームと比べて、強みは何だったと思いますか?」
ティモシー クリスと芽以が口頭弁論に長けていたことですね。その分自分が判例のリサーチや他の準備に集中することができました。
クリス お互いの長所を、準備段階だけでなく口頭弁論でもうまく活用したのが良かったと思います。例えば、自分は研究がティモシーほど得意ではなかったから、それは彼に任せて、自信のある弁論の方に集中することができました。チームワークのおかげで準優勝まで来られたと思います。
インタビューから伝わってきたのは、強力なチームワーク、チームメートを信頼する3人の姿勢と、国際法をもっと深く理解したいという熱意だった。本大会の準優勝までの道のりで3人が得たものは、本気を出して学んだこと、熱を入れて目指せば思った以上の能力が出せるという自信、そして限りない可能性だったのではないだろうか。
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本大会は、国際人道法を、机上の学問としてのみでなく武力紛争の現場で実際に適用されるルールとしてより多くの学生に理解を深めてもらうことや、国際赤十字・赤新月社の活動への理解を促進することを目的として毎年開催されている。19回目となる今回の大会には、各国または地域の代表として26チームが参加した。