学術

2022年1月19日

【論説空間】HSPについて正しく知ろう いま日本で何が起きているのか


 近年、メディアでHSP(Highly Sensitive Person)という語を目にする機会が急速に増えた。インターネット上ではHSPセルフ診断や、HSPの人の特徴などのHSPに関する情報があふれ、正しい情報を見極めるのが難しくなっている。HSPとは何なのか、なぜ急速にHSPという概念が普及したのか、心理学が専門で、環境感受性理論の発達心理学的研究を行っている飯村周平特別研究員による論考だ。(寄稿)

 

日本で加速する「HSP現象」

 

 HSP(エイチ・エス・ピー)という言葉をご存知だろうか?  Highly Sensitive Person(ハイリー・センシティブ・パーソン)の頭文字をとった言葉だ。世間では「繊細で生きづらい人」という意味で使用されることが多いらしい。2022年現在、この言葉が日本で急速に広まり、市民権を得つつある。

 

 言葉のルーツをたどると、HSPとは、もともと1990年代にアメリカの臨床心理学者エレイン・アーロンが自身の著書や論文で使用し始めた言葉だ。30年近く前に生まれた言葉だが、2019年になぜか日本で大きな注目を集めることになった。

 

 この分野の研究者である筆者は、その数年前から日本でHSPが広まる経緯を眺めていた。どうやら『「気がつきすぎて疲れる」が驚くほどなくなる 「繊細さん」の本』(武田友紀著・飛鳥新社)という自己啓発本がマスメディアに取り上げられたことが大きな転機のようだった。主要なテレビ番組や新聞、雑誌が次々に取り上げ、著名な芸能人も自らをHSPと名乗った。TwitterやInstagramなどのSNSでもプロフィールにHSPと記載するアカウントが増えた。

 

 実はこのような社会現象は、日本だけではない。世界的にHSPへの関心は高まっているようだ。例えば、スウェーデンでは日本よりも早く、2012年に一連の新聞記事でHSPが取り上げられたことによって、その関心が高まった。スウェーデンの研究者は、そうした自国の社会現象を分析し、論文のなかでそれを「HSP現象」と記述した。

 

 私が担当する大学の講義で、受講生400名程度に「HSPという言葉を知っていますか?」とアンケートを取ってみたところ(2021年時点)、心理学部の学生でないにもかかわらず、50~60%程度の学生が「はい」と回答した。また、HSPを卒業論文のテーマにする学生も増えているようだ。Instagramを主な情報源として、高校生の間でもHSPは知られている。私のもとに「HSPを学べる大学はどこですか?」とメールが届くこともある。

 

 そうした背景もあり、大学や高校の教員たちも、学生や生徒からHSPという言葉を聞く機会が増えていると聞く。もはやHSPという言葉は、教育界にも影響を及ぼしつつある。

 

HSPと出会い、救われる人たち

 

 なぜHSPは人々に受け入れられ「HSP現象」をつくるまでに至ったのだろうか?  大きな理由の一つに、HSPがもつ「物語性」があると思われる。

 

 HSPには「生きづらさと恩恵」という2つの側面がある。繊細で人よりも傷つきやすいけれども、繊細であるがゆえに人よりも物事の良い側面に気づき、感動したり共感したりすることができる、という「物語性」だ。伝統的に「弱さ」とみなされていた性格が「強さ」も併せもつ性格としてリフレーミングされた。こうしたHSPの「物語性」が、生きづらさを抱える人々を勇気づけたのだろう。

 

 また「生きづらさ」に名前が付くことの意味も大きかったのかもしれない。「HSPを知って、これまでの生きづらさの理由が分かり、腑に落ちた」。SNSでHSPを名乗る人の発信にしばしばみられる言葉だ。はっきりとした理由が分からず、言語化できない「生きづらさ」に対して、HSPという言葉はその答えや意味、価値を与えた。「生きづらいのは、本人の努力不足ではなく、性格・気質のせいです」「HSPは一部の人に与えられたギフトです」。そのような発信もよくみかける。これが何らかの「障害」を表すラベルであったら、HSPを自身のアイデンティティにし、第三者に公表する人はもっと少なかっただろう。「HSP現象」も起きなかったのではないか思う。

 

 HSPという言葉によって、救われた人がいるということ。これは疑いようのない事実である。しかし、決して手放しでは喜べない状況がある(表1)

 

 

 例えば、その一つが「HSP医療ビジネス」である。上述のように、HSPはうつ病や不安障害のような疾患名ではなく、自己判断に基づくラベルである。そのため、医師がHSPであるか診断・検査をしたり、治療したりはできない。しかし、昨今の「HSP現象」によって、HSPかどうかを自己判断ではなく、医師に認めてもらいたいというニーズがあるようだ。そこに目を付けた一部の精神科クリニックは、自由診療のもとでエビデンスのない脳波によるHSP診断検査や経頭蓋磁気刺激法による治療を推奨している。

 

 「HSPカウンセラー資格ビジネス」というのもある。「HSP限定」や「HSPはカウンセラーに向いている」とうたい、数日間の講座で「HSPカウンセラー」の資格を付与する。追加料金で、さらに上級の資格も取得できる。残念ながら、筆者のような研究者からみると、資格講座は、内容の質もそうだが、内容それ自体が適切でない場合が多い。

 

 心理臨床や精神医療の現場でも、HSPを名乗るクライエントが増えているらしい。支援につながれることはまだ良いが、問題なのはその逆の場合だ。例えば、専門家はクライエントの子どもが発達障害の傾向が強いと見立てたが、クライエントである保護者は「自分の子どもはHSPであり、障害ではない」と話す。それゆえ必要なアセスメントなどを拒み、本来必要な支援につながれない事例があるという。

 

HSPを適切に理解する

 

 2019年以来の「HSP現象」によって、私たちはネットや書籍でHSP情報を簡単に得られるようになった。しかし、そこで得た情報との付き合い方には注意したい。上述のように、日本で広まったHSPは、自己啓発本をルーツにしている。そのせいもあり、SNSなどで発信されるHSP情報は、学術的なエビデンスにもとづかないものが多い(表2)。いわゆる、「HSP現象」で語られるHSPは、自己啓発や経験談としての側面が強いポピュラー心理学(通俗心理学)に相当するものといえる。

 

 

 HSPに関する研究は、発達心理学やパーソナリティ心理学の分野で取り扱われている。HSPとは、学術的には環境感受性という特性が高い人を表す。環境感受性は「ネガティブおよびポジティブ両方の環境的影響に対する知覚や処理の傾向の違い」を表す概念であり、簡単に言えば「正負の環境から影響を受けやすいかどうか」を説明する。HSPが広く受け入れられた背景にHSPがもつ「物語性」があると述べたが、学術的には感受性それ自体に「良し悪し」や「物語性」はなく、ニュートラルな特性として扱われる。

 

 また、メディアでは「HSPは5人に1人の少数派で、世の中の多数派は非HSPである」というように「HSPか非HSPか」の二値的に説明されるが、これにも誤解がある。環境感受性は、低い人から高い人までグラデーションがある連続的な特性であり、それは正規分布で特徴づけられる。そのため、世の中で多いのは感受性が平均付近の人たちである。HSPには「感受性があり」、非HSPには「感受性がない」というのも誤解だ。研究上は、HSPとそれ以外を切り分ける絶対的な基準もない。

 

 「HSP現象」は、感覚の多様性を受容する社会創成のチャンスになりうる。しかし、そうした期待の一方で、「◯◯型HSP」などの類型化が誇張されることによって「対立構造」が生まれる状況も目にする。「HSP現象」はどこに向かうのだろうか。私はその動向を見守りつつ、研究者としての役割を模索したい。

 

飯村周平(いいむら・しゅうへい)日本学術振興会特別研究員PD(東京大学)  19年中央大学大学院博士課程修了。博士(心理学)。19年より現職。研究に基づくHSPに関する情報サイト『Japan Sensitivity Research』を運営している。

 

タグから記事を検索


東京大学新聞社からのお知らせ


recruit

   
           
                             
TOPに戻る