インタビュー

2017年10月16日

みんなが自分らしく働ける社会を LGBTの就活を支える学生起業家が描く未来

 情報学環教育部に所属する星賢人さんは、「すべてのLGBTが自分らしく働ける職場に出会えること」を目指し、2016年1月に株式会社JobRainbowを立ち上げた。LGBTの求職者に向けて有益な情報を提供するウェブサイト を運営し、企業向けにLGBTへの理解を深める研修を行うなど活動は幅広い。LGBTを巡る状況を企業と求職者の間に立って見つめ続ける星さんは、現在の社会とLGBTの関わりをどのように考えているのだろうか。情報学環教育部での研究や事業を行う上での思いを聞きながら、星さんの考えに迫った。

※LGBT…L(レズビアン)、G(ゲイ)、B(バイセクシュアル)、T(トランスジェンダー)の頭文字

(取材・持田香菜子 撮影・矢野祐佳)

 

 

「LGBT=その人の全て」ではない

 

――情報学環教育部ではどのような研究をしているのでしょうか

 社会課題とマスメディアについて研究しています。特にテレビにおけるジェンダーの取り扱い方に問題意識があります。自分は中学生のときに男性を好きな男性、いわゆる「ゲイ」だと自覚したんですが、テレビを見ていると自分のような人間は「オネエ」「オカマ」など笑いの対象として取り上げられている。それを見て自分は「ちゃんとした大人になれるのだろうか」と不安を覚えたし、「男性が好きということは女性になりたいのだろうか」と思い悩んでしまうこともありました。でもやはり自分は女性になりたいわけではなかったし、一口に「ゲイ」「トランスジェンダー」と言ってもそのあり方は人それぞれです。テレビをはじめマスメディアにはそういった複雑さを切り捨ててステレオタイプを作り出す力が強いだけに、メディアの正しいあり方を追求しなければならないと感じています。またテレビは特に若い子たちにとって態度のモデルとして機能している面があり、若い子はテレビで見せる「オネエ」「オカマ」といった「いじり」を真似て学校などでエスカレートさせることがあります。自分は中学時代いじめみたいなものを経験したんですが、そうしたテレビのもつ影響力の大きさを感じたことも、マスメディアのあり方への問題意識につながっています。

 

 また研究生でチームを組み、東京オリンピックに向けた再開発の影響で都営アパートが取り壊されることを扱ったドキュメンタリーの制作も行いました。住民だった多くの高齢者が都営アパートという地域のコミュニティを失ってしまったことに焦点を当てたものです。オリンピックについては盛り上がっているところにばかり注目が集まりますが、負の側面が見落とされていることに問題意識を感じたんです。制作したドキュメンタリーは、アジア国際青少年映画祭やNHKの「地方の映像祭」で入賞しました。

 

――LGBTについて、どのような取り上げ方が求められるのでしょうか

 LGBTであることがその人の全てであるかのように扱われないのが成熟した状態ではないかと思います。LGBTというとかわいそうな存在、もしくはからかいの対象としか見られないことが多いですが、そうではなく一人の人として見て、LGBTであることがほんの一属性として扱われるようだと良いのではないかと。ただ現状ある偏見を解消していくためにあえて社会的課題としてスポットライトを当てることもまだまだ必要です。理想では誰もが一人の人として扱われるべきと思っていても、社会の負の側面を変えていく段階の途中にあっては、LGBTというワードを前面に出していかざるを得ません。僕自身も「ゲイの」学生起業家と説明されてしまうのはあまり気持ちのいいものではないですが、必要なことかなと。

 

 

息苦しさは、あからさまな差別よりも何気ない会話の中に

 

――「すべてのLGBTが自分らしく働ける職場に出会えること」を目指すJobRainbowの理念には、自身のどのような体験が起因しているのでしょうか

 学校の教科書には「異性と自然に惹かれ合って…」みたいな表現があったりしますよね。「異性と自然に惹かれ合う」ってなんだろう、自分は不自然なのかと子どもの頃悩みました。それでもLGBTはクラスに2人ぐらいの割合でいるのだと知って、「自分は独りじゃない」と思えたんですね。そんな経験もあって自分と同じような悩みを抱える人のセーフティネットになりたいと思い、立教大学の学生時代には、当時なんとなくの集まりだったLGBTコミュニティをサークルとして立ち上げる中で代表を務めました。そしてそのサークルで初めてトランスジェンダーの方と知り合い、仲の良い友人になったのですが、彼女の身に起こった出来事が起業のきっかけとなりました。

 

 その人は男性として高校までを過ごし、1年間浪人して大学に入ってからは、自分のなりたい性別で過ごしていました。しかし大学3年の終わりに迎えた就職活動で、戸籍の性別を変えていなかったため書類を男性・女性のどちらで書けばいいのか悩んだり、性別で形がはっきり分かれるスーツはオーダーメイドのものを頼まないといけなかったりと、すごく苦労していました。「そもそも会社に入ってから自分は受け入れてもらえるのだろうか」と悩みながら就活を続け、ここで働きたいと思った会社に初めてカミングアウトしたんです。そうしたら「君みたいな人はウチにはいないから」と追い返されてしまった。その対応に大きなショックを受けて彼女は就活も大学もやめてしまいました。能力だけで判断されるべきなのに全く関係のないセクシュアリティが原因で社会人としての道を断たれてしまった彼女を見て、LGBTに理解のある企業をきちんと紹介できるプラットフォームを作りたいと思い、JobRainbowのアイデアを得ました。ただ起業のノウハウは分からなかったので、とりあえずビジネスコンテストに挑戦してみました。そこで優勝し、協賛企業が最初のお客さんになってくれました。

 

――LGBTの人が職場で感じるつらさとは

 日本の企業はわりとプライベートなことも聞いてきますが、異性愛を前提として話が進んでいくので、結婚や恋人についてどうしてもごまかしてしまうという苦しさがあります。差別的な発言をされること以上に、何気ない会話の中で息苦しさを感じてしまうんですね。またトランスジェンダーの方も戸籍の性別で働かなければいけないことに悩まされる場合が多いですし、男性か女性か揺らいでいる人やどちらの性別でもないという人もいます。そうした多様な性の在り方が理解されにくい状況にありますね。入社後は家族よりも友人よりも、会社の人と過ごす時間が圧倒的に長い。1日8時間×5日間で何十年も居続けることになるコミュニティーにおいて、偽りの自分でいなければならないというのは相当な心理的負担になると思います。

 

――LGBTへの理解を深めてもらうため企業向けに行っている研修はどのような内容なのでしょうか

 LGBTに関する基礎知識のレクチャーも行いますが、具体的な事例への対処法をその場にいる人に考えてもらうことを最も重要視しています。LGBTについて単なる社会問題として「かわいそうな人がいるんだな」で終わるのではなく、自分はどう行動するのかを考えてもらいたい。例えば「自分はゲイなんです」と職場で相談された場合など実際に直面しやすい場面を提示します。一口にLGBTといっても様々な人がいるのだから対応は一人一人違ってくるはずです。そうした場面でどうするかを自分の頭で考えてアウトプットできることは、LGBTに限らず様々な人が共に働く職場を作る上で必要なスキルになってきます。「ゲイだからこう考えるんでしょ」という型にはめずに、個人をよく見て対応を考えるようにしてほしいんです。それにこの研修を通じて、他の社員がどう考えているのかを知ることができます。率直に意見を言ってもらうことで周りの人の考え方がわかり、非当事者にとってもLGBTに関して意見を発しやすい場や相談しやすい環境が、社内で出来上がる手助けになると思います。

 

――価値観は人それぞれなので、社員同士で意見がすり合わないこともあるのでは

 そうですね。価値観というのはその人自身が、考えて、考えて、得ているものだと思うので否定はしないです。ただ望ましいと思う対応をある程度一致させることはできます。研修では必ず事例に対して二つのことを考えてもらうようにしていて、一つは単純にその人がどう思うか、もう一つは実際にどう行動するかです。例えばゲイであることを相談された場面を想定して素直な気持ちを聞くと「自分のことが好きなのかと思ってしまう」「少し怖い」といった意見も出てきます。ただ社会人として自分はどう対応するかと聞くと「落ち着いて話を聞く」「どうしたいのか聞いてみる」といった意見で一致する。そうしてすり合わせていくことは可能です。

 

 

「みんなが自分らしく働けること」を目指す

 

――現在のLGBTを巡る環境をどう思いますか

 日本においてはやっと一歩が踏み出せたところだと思います。まだまだ支援団体もパートナーシップ制度も少ない状況。注目されてはいるかもしれませんが具体的なアクションにつながるかどうかは不透明です。とりあえず研修を行ったり制度を整えたりしたけれど社員が1万人いてカミングアウトの事例は一つもありません、というような企業もあります。中身が伴わないまま形だけ先行している状況があるので、ある意味空虚な「ブーム」なのかもしれません。ただハード面での変化をきっかけにLGBTを知り、議論が起きて会社の中での文化が形成されていき、ソフト面の変化が進んでいくこともあるので、どこかしらが変われば認識の変化は期待できるのかもしれないとも思います。

 

 日本のLGBTを巡る状況を海外と比較してみると、例えばアメリカでは宗教的な理由からLGBTが暴力事件や殺人事件に巻き込まれることが非常に多いです。日本ではそこまで表立った迫害は少ないですよね。だからこそLGBTに関する問題意識が共有されにくい。「LGBTに関して何かを解決する必要なんてないだろう」「支援するのは特別扱いじゃないの」とゆるい無理解や偏見が放置されている状態です。そうではなくて、いじめや自殺、うつなど広く認知されている社会課題の背景に、LGBTの問題があるんだという認識が広まっていけば嬉しいなと思います。

 

――今後の展望を教えてください

 本当に目指したいところはみんなが自分らしく働ける社会です。LGBTの問題の根底には、そもそも性別ごとに役割を分ける考え方や差別があると思います。女性は家で活躍し男性は外でお金を稼いでくるものという価値観や、女の子はピンクが好きで男の子は青が好きでといったような固定観念などですね。しかし実際は多様な家庭の形があるし、ピンクが好きな男の子や青が好きな女の子がいたっていい。そうした個々の価値観や指向が受け入れられる社会というのが、LGBTに限らずさまざまな人が本当の意味で自分らしく働ける社会だと思うんです。だからLGBTという言葉を前面に出して活動を続けることに対しては、常にジレンマを抱えています。LGBTもストレートも別の存在なのではなく同じ人間だというところをゴールにしたいのに、「LGBT」と名前を付けて差別の解消を訴えることで、差異を強調していることになるからです。ただ現状LGBTが抱える課題は明確にあるので、事業として適切なサービスを提供し、課題解決に努めることに今は力を注いでいるところです。

◇ 

 LGBTの学生向けイベント「リアル・ジョブレインボー」第一回が11月4日(土)13~16 時に東京会場(場所は申し込み後通知)で開催される。企業の人事やLGBT社員が「働くのリアル」について話すクロストークセッション、自由に意見交換できる座談会などが行われる。参加無料、途中退室可。詳細はウェブサイト から確認できる。

星 賢人(ほし・けんと)さん (JobRainbow)

 情報学環教育部特別研究生2年。「すべてのLGBTが自分らしく働ける職場に出会えること」を目指し2016年1月に株式会社JobRainbowを創業。同年3月よりLGBTに理解ある企業の情報を集めた口コミサイト「JobRainbow 」を立ち上げ、現在掲載社数は300社、求職者ユーザーは7万人に及ぶ。2017年6月にはLGBT専門の求人サイト「ichoose 」を立ち上げた。

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