科学技術、生産技術、医療に欠かせない「ヘリウム」の価格高騰の影響を調査する本企画。今回は東大医学部附属病院のMRIやX線などの装置を管理している岩永秀幸診療放射線技師長に、MRIとヘリウムの関わりやヘリウム不足に対応できるMRI技術について話を聞いた。(取材・上田朔)
【前回の記事はこちら】
身体や脳の中身を可視化
体の中の状態を調べるために広く用いられている装置の一つがMRIだ。その基本的な原理は『【東大とヘリウム②】ヘリウムで見える量子の世界』で取り上げたNMRと共通している。NMRでは物質に強い磁場をかけるが、MRIでは人体に強い磁場をかける。強い磁場を発生させる超伝導体コイルを冷却するためには液体ヘリウムが必要となる。
MRIが検知しているのは体内の水や組織に含まれる水素原子の原子核から来る信号だ。水素原子の原子核は磁石の性質(スピン)を持ち、一定方向に強い磁場(静磁場)をかけると磁石のN極が磁場と同じ方向を向く。この原子核に電波を当てることでスピンの向きを倒すことができるのだが、ある時間が経つと原子核スピンは元の向きに戻る。この時間は緩和時間と呼ばれ、緩和時間には「縦緩和時間(T1値)」と「横緩和時間(T2値)」がある。
T1値とT2値はがんを発見する技術に応用されている。T1値を大きく縮める「造影剤」を血中に投与すると、造影剤を取りこんだ組織(代表的なものとして、がん細胞)のT1値は短縮する一方で、造影剤が取り込まれない組織があると、がん細胞とののT1値に差が生じ、区別することが容易となる。造影剤を使用しなくても、組織ごとにT1値は決まっているので、区別することはできるが、造影剤を使用することで、よりがん細胞など造影剤が取り込まれやすい組織が見えるようになるのだ。他にも、脳の活動や血管の状態を調べるためにMRIは広く活用されている。
図は、造影剤によるT1短縮効果の概要である。
ヘリウム10年間つぎ足す必要なし
MRIには液体ヘリウムを使用するものと、液体ヘリウムを使用しない無冷媒式の装置があるが、現在の医療現場で使われているMRIのほとんどは液体ヘリウムを利用しているという。「無冷媒式のMRIを取り扱ったこともありますが、電気代のコストが大きいこと、磁場が弱いこと、一度停止すると立ち上げに時間がかかることなど課題が多いようです」
「MRIは大量の液体ヘリウムが必要な装置ですが、だからこそヘリウムをなるべく消費せずに使用できるMRIが昔から研究されてきました」と岩永技師長は話す。岩永技師長が管理している7台のMRIは1台約1500リットルの液体ヘリウムを入れることができるが、一度ヘリウムをくめば10年ほど経ってもつぎ足す必要がないという。「今のところヘリウム不足の心配はしていません」
ここまで液体ヘリウムの消費を減らせた要因は、液体ヘリウムを冷却する冷凍機の技術が進歩したことだという。MRI検査時に聞こえる「シュッコン、シュッコン、…」という音はこの冷凍機から発生している。「以前は液体ヘリウムを液体窒素で外から冷却していましたが、この方法では年間で1~2回、500リットルほどのヘリウムを補充する必要がありました」
もっとも、停電時や「コールドヘッド」という装置を交換するときには液体ヘリウムが一気に失われることがあるという。特に、液体ヘリウムの残存量が約50%を切ると「クエンチ」が起きる場合がある。これは残存した液体ヘリウムが蒸発する現象であり、容積は約700倍になるため急激にクエンチが起こった場合、検査室が爆発する恐れがある。それを避けるため、万が一急激なクエンチが起きると、気化したヘリウムを強制排気する結果、配管からもうもうと煙が立ち上る。「このようなときに失われる数百リットルほどのヘリウムは回収されずに大気に排出されており、ヘリウムが手に入れにくくなっているのにもったいないなと思います」。ただし近年では液体ヘリウムを少量しか入れなくてよいMRI装置が販売されるなど、技術開発が続いているようだ。
【連載】
【関連記事】