科学技術や医療に欠かせない物資である「ヘリウム」の供給が近年危機的な状況に陥っている。この連載企画では、ヘリウム危機の東大への影響を調べるとともに、ヘリウムを利用する現場を紹介していく。初回は東大低温科学技術研究センターの鹿野田一司センター長に、東大におけるヘリウムの供給事情を聞いた。(取材・中村潤)
設備トラブル、コロナにロシア……「三重苦」
供給減や価格高騰が問題となっているヘリウム。もっとも、ヘリウム不足が叫ばれたのは今回が初めてではない。東大の研究室にヘリウムを供給している東大低温科学研究センターの鹿野田一司センター長は「深刻さに違いはあるものの、数年に1回は危機が起こっています」と話す。
頻繁に供給不足になる理由の一つは、施設トラブルだ。そもそも、ヘリウムは天然ガスを採掘する際の副産物として採取される。資源に乏しい日本はヘリウムを米国と中東カタールなどからの輸入に頼っている。これらの国で定期的に起こる天然ガスプラントのトラブルで天然ガスの採掘が止まり、ヘリウムも採取できなくなるという。さらに、中東で断続的に起こる政情不安がヘリウム危機に拍車をかけている。
従来であればプラントのトラブルの解消に伴って供給不足も解決するはずだが、今回は他の要因も重なっている。まずは、物流の混乱だ。米国のヘリウムはコンテナ船を使い、液体の状態で西海岸から輸出される。通常であれば、コンテナ船は中国を経由して2週間ほどで日本へ到着する。しかし、新型コロナウイルスの影響でいったん縮小した経済活動が次第に正常化。輸送需要は高まる一方で、港湾は人手不足などの影響で混乱した。結果、日本に届くまでに1カ月程度を要するようになった。輸送中に蒸発してしまうヘリウムも増え「日本に届く量が減ってしまいました」と鹿野田センター長は指摘する。
世界全体の供給量が伸び悩む一方で、科学技術や産業の発展に伴い近年のヘリウム需要は増えているという問題もあった。そこで供給増の切り札として期待されていたのが、ロシアで計画されていたプラントだ。しかし、2021年に予定されていた稼働開始は設備の火災の影響で延期に。さらに今年2月に始まったロシアのウクライナ侵攻によって開始の見込みは立たなくなった。「ロシアのプラントがこのまま使えないなら、供給は伸びない。ヘリウム不足は長期的な問題になるでしょう」
設備改修でヘリウム回収率向上
希少資源のリサイクリングは必須だ。東大は研究室で使用されたヘリウムを回収し、再び供給に回す再利用に取り組んできた。本郷キャンパスでは、18年度に約89%だった回収率が19年度は約95%に上昇。20年度には約96%になった(図)。東大の需要全体の4%程度の量を業者から購入すれば足りる計算になる。
回収率が上昇した理由の一つが、回収に使う配管の改修だ。低温科学研究センターは「ヘリウムゼロロスプロジェクト」を掲げ、キャンパス内の老朽化した配管を交換。回収の伴う漏れが減ったという。もう一つの理由として「各研究室の努力もあったはずです」と話す。鹿野田センター長の研究室では、19年に価格が高騰した際にメーターなどを改修。ヘリウムの量を正確に計測してロスを減らした。「価格の高騰を受けて、少しでもコストを削減しようと見直した研究室が多いのではないでしょうか」
今後は「回収率を97~98%まで上げられるかもしれない」と期待する。液体のヘリウムを実験装置に移す際のスキルを向上させて蒸発する量を減らしたり、配管の改修を拡大させたりして改善を図るという。
加えて、ヘリウムの備蓄にも取り組む。本郷地区の現在の備蓄量は1000リットルから3000リットル程度。「東大外からの供給が止まった場合は1、2カ月ほどしか持たない」量だ。備蓄量を増やすため、10数億円をかけて柏地区にヘリウムガスの備蓄設備を作る計画がある。仮に実現した場合は1年から1年半程度供給が止まっても持ちこたえられるようになり「いざというときには東大外の関係者も利用できるようになれば」と語る。
そもそも、ヘリウムの消費量を減らすという選択肢も考えられる。無冷媒式の冷凍機などの代替技術がその例だ。もっとも、電気代がかさむというデメリットがあるという。「ヘリウムは希少資源ですが、電力も逼迫しています。複数の手段を持つのが大切です」
現在、東大ではヘリウム不足で研究が止まる事態にはなっていないというが、危機的状況であることに変わりはない。ほとんどの企業では、設備の問題でヘリウムの再回収は行われていない。大学だけでなく日本全体で再回収が広がることが期待される。
【連載】
【関連記事】