2018年に中央省庁などで発覚した障害者雇用の水増し問題。これを機に障害者雇用促進法の改正や各行政機関での雇用促進などが進み、民間企業で働く障害者の数は19年6月時点で過去最多を更新した。社会全体で障害者雇用促進が要請される中、東大の障害者雇用、雇用後の支援は進んでいるといえるのか。担当者に話を聞いた。
(取材・中野快紀)
東京大学憲章では「すべての構成員が(中略)障害、疾患、経歴等の事由によって差別されることのないことを保障」することが宣言されている。東大はこの宣言を達成するために04年にバリアフリー支援室を設置。障害のある教職員や学生が過ごしやすいキャンパスづくりを目的に、主に環境面での支援を行っている。五神真総長の下でもバリアフリー支援の推進が掲げられてきた。
障害者が健常者と同じ水準で常用労働者となる機会を保障するため、政府は常用労働者に対する障害者の割合(障害者雇用率)を設定。行政機関や民間企業に達成義務を課している。東大は04年の国立大学法人化以降、計算対象の変更や教職員の増加により、障害者雇用率が1%台で推移しており、当時の法定雇用率であった2.1%を達成できない状況が続いていた。
そこで10年に障害者雇用問題検討部会を設置(17年より雇用改善検討部会)。人的・物的支援を担う部局、財政措置を担う本部、ノウハウを提供するバリアフリー支援室の3者の協力体制で障害者雇用の促進を目指した。さらに、本部に障害者集中雇用プロジェクトチーム(PT)を設け障害者の雇用環境を整備。11年には2.1%に到達した。
現在、法定雇用率は2.5%まで上昇した。東大は19年6月現在で188人の障害者を雇用し、雇用率は2・6%と、国の基準を満たしている。うち障害者集中雇用PTは本郷、駒場、柏の各キャンパスで清掃や印刷、図書整理などの業務を担当。各部局も積極的な取り組みを見せている。
さらに大学特有の業務も。医学部付属病院のデイケア利用者の相談や援助に応じるピアスタッフや、当事者の声を研究に届けるユーザーリサーチャーなど、障害の経験を生かして研究や社会貢献の領域で活躍する人もいる。障害のある教員の雇用も拡大しており、バリアフリー支援室の担当者は「バリアフリー支援室による支援機器の貸し出しやノウハウの提供といった支援で、働きやすい環境を整えている」と語る。
加えて、障害の重さに合わせて多様な雇用形態を提示。例えばフルタイムでの就労が困難な場合、短時間労働者として雇用するなどの対策を取る。在宅勤務についても本年度の試行実施を踏まえ、範囲を拡大して本格的な実施に向け検討中だ。短時間労働者らは雇用率に換算されない場合もあり、2・6%という雇用率のみでは測れない取り組みが実現。ダイバーシティ推進課の担当者は「障害者雇用の促進を通じて大学の構成員の多様性を向上させ、インクルーシブなキャンパスを実現することが東大の目標だ」と強調する。
21年4月までに法定雇用率が0.1%上がることが予定されている。現在、本部から各部局に対し障害者雇用数のノルマを設けることは行っていないが、全学的な雇用や支援の強化が必須だ。本部としても、部局からの提案などに応じて職域の拡大や雇用形態の柔軟化を進めるとしている。
今後も雇用率の向上、雇用率に表れない面での雇用促進の両面が求められる。入職後、中途で障害が生じ従前の職務遂行が難しくなった職員の支援などにも取り組み、誰一人取り残さないインクルーシブなキャンパス構築を目指すという。
支援の質向上へ 障害者雇用の課題は
障害のある教職員への支援の際は、本人、各部局の支援実施担当者、バリアフリー支援室の3者で協議を実施。支援開始後も年に1度は同様の面談を行って支援の内容を確認している。さらに毎年、障害のある教職員の他、理事やバリアフリー支援員、部局の支援実施担当者らによる意見交換会を行い、支援の質の向上に努めている。
バリアフリー支援室だけでなく、各部局が主体となる支援体制を敷いており、現在でも人的、物的な支援については各部局で行えている。一方、財政的な支援はバリアフリー支援室を経由し、東大本部で措置する必要がある。加えて、行政が担う生活上の支援と東大が担う職務上の支援の境界が曖昧なことも課題として残る。
バリアフリー支援室の業務は障害のある教職員や学生の支援だけではない。各部局の支援実施担当者向けに講習や、バリアフリー研修会を実施して啓発を企図。月に2度の「手話でしゃべランチ」の開催などを通じて障害の有無にかかわらず教職員や学生が交流する機会を増やすことに努めている。これらの取り組みに対し、バリアフリー支援室の担当者は「障害のない教職員や学生の関心を高めるには、研修や講義といった啓発も重要。だが、障害のある教職員や学生が身近にいない中で何度も研修や講義を受けるよりも、同じ場で共に仕事をしたり学んだりする中で自然とバリアフリーについて考えるようになることが何よりの啓発になる」と理解を呼び掛ける。
この記事は2020年1月28日号から転載したものです。本紙では他にもオリジナルの記事を掲載しています。
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