台詞、ショット、構成、全てにおいて高い水準をほこる濱口竜介監督。
7/19(日)に「情動を見つめて 濱口竜介監督上映会」の開催を控え、東大新聞オンラインでは監督へのメールインタビューを行った。
濱口竜介監督作品の魅力の源泉は何なのか。また、監督はこれまでどういった映画体験をしてきたのか。
精力的な制作を続ける濱口竜介監督の、映画へのこだわりに迫った。
――監督は、何故映画を撮り続けるのでしょうか?
楽しいからです。
――学生時代の、映画に関しての思い出がありましたらお教えください。
ありすぎて選べないというのが、正直なところです。映画以外のことは結果的にあまり覚えていない。あえて選ぶなら大学で1年半ぐらい、映画を撮るのをやめていて、再開したタイミングです。映画を撮らない期間は、それまでの人生の中で一番映画を見た期間でもあって、映画を見ることで自分の体が変わっていくような感覚を持っていた気がします。自分に映画を撮る才能などないのは明らかに思えたけど、それでも気がつけば自然にもう一度撮ろうと思えた。
2001年(大学3年)の夏に、当時家庭教師として教えていた中学生と小学生に兄弟役で出てもらいました。暑い盛りに、寺の墓場でゲリラ撮影をしてましたね。彼らは本当にとてもいい顔をしていた。彼らを撮ってるだけで映画になるような、何なら初めて映画を撮ってるような、そんな感覚を持ったことは強く覚えています。『映画を見に行く』というタイトルでした。
――監督の映画は、カメラと役者を対峙させ、役者の顔や表情を切り取るような構図が多い印象がありますが、このような演出をするようになったきっかけはありますか?
一つは間違いなくジョン・カサヴェテス監督の『フェイシズ』の影響と思います。そこで映画に写る顔の強さに魅せられて、というと美しい展開ですが、ものすごく単純にカサヴェテスが顔を撮っているなら俺も顔を撮ろう、ていうぐらいの安直さでした。ただ、一点つかんでいたのは、状況の中で違和感を示す顔、真実を告白するような顔のありようですね。それを目指した。
それで次に撮る作品タイトルを『何食わぬ顔』としました。これはタイトルにも「顔」が入ってるぐらいだから、そりゃあ顔を撮るだろう、ていうような気持ちであまり考えなしに撮り始めた気がしますね。ただ、そこで映画に出る人を「顔」で選んだ。それは別に美醜とは関係ない。「意義深い顔」と言うか、そもそもそのように見える顔の造形というのはある気がします。それを「いい顔」と呼んでいるし、そういう顔を選びます。『何食わぬ顔』の、特に主人公の男性の顔はとても素晴らしいと今でも思っています。それ以来、「顔」はキャスティングで最も重視するポイントです。ただ、『親密さ』という映画ではキャスティングの自由が十分にあるとは言えなかった。必ずしも「いい顔」と思う人を選んだわけではなかった。ただ、その時に撮影通じて演者の顔が段々と「いい顔」になっていく、ということ体験しました。そのことは自分のその後の「顔」へのアプローチに大きく影響を与えた気がします。
(『親密さ』)
――監督の作品の魅力の一つに、台詞回しの巧みさがありますが、台詞の着想はどのように得ているのですか?
何種類かある気がします。根本的にあるのは、劇構造から要請される「情報」としての台詞でしょう。ただ、台詞が「情報」として見えてしまうことは単に味気ないという以上に、作品にとっての損失です。台詞が単なる情報でなくなるためには、キャラクターの身体みたいなものを見出す必要がある。キャラクターはある「言えなさ」を抱えていることが大体です。こちらがドラマ上の要請で言って欲しいからといって、キャラクターはそれを言ってくれるわけではない。それを聞き出す試行錯誤が、必然的にダイアローグを生み、やがて演者に転化され、何とか1本の映画になる。
ただ、このキャラクターの身体を見出す作業はともすれば、単なる自作自演です。その枠を超えるために、日常の中で実際に聞いた言葉から発想されることが多くあります。現実からの引用ですね。ただ、これすら結局自身の体を通じた編集を経るので「自作自演」問題は解決しない。だから、自分以外の脚本家をできる限り積極的に迎えたいと思っています。ただ、究極的には台詞は演者という身体を得る。このことは限りない問題と可能性を同時に持っています。そして、現在はその可能性の方に注目しています。脚本を書く(書き直す)前には演者と話す時間を多く取るようになりました。そこで演者の身体についての感覚を持てれば、キャラクターと演者の身体を擦り合わせるようにして書くことも可能になります。書くことが驚くほどスムーズであるときもありますが、驚くほど長大になることもあり、凝縮の作法を見出すことが直近の課題です。
(『PASSION』)
――監督のオールタイム・ベストテンを教えて下さい。
初めてされましたけど、確かにこれは嫌な質問ですね。踏み絵です。
1、『ハズバンズ』(ジョン・カサヴェテス)
1、『リオ・ブラボー』(ハワード・ホークス)
1、『クーリンチェ少年殺人事件』(エドワード・ヤン)
4、『東京物語』(小津安二郎)
4、『こわれゆく女』(ジョン・カサヴェテス)
4、『ラブ・ストリームス』(ジョン・カサヴェテス)
7、『残菊物語』(溝口健二)
7、『フェイシズ』(ジョン・カサヴェテス)
7、『晩春』(小津安二郎)
10、『チャイニーズ・ブッキーを殺した男』(ジョン・カサヴェテス)
1監督1作品に絞るなら
1、『ハズバンズ』(ジョン・カサヴェテス)
1、『リオ・ブラボー』(ハワード・ホークス)
1、『クーリンチェ少年殺人事件』(エドワード・ヤン)
4、『東京物語』(小津安二郎)
5、『残菊物語』(溝口健二)
6、『乱れる』(成瀬巳喜男)
7、『三重スパイ』(エリック・ロメール)
8、『高原の情熱』(ジャン・グレミヨン)
8、『世界の涯てで』(ダグラス・サーク)
10、『女の小箱より 「夫が見た」』(増村保造)
――監督が映画製作の上で最も大事にされていることはなんですか?
準備です。
――次回作『ハッピーアワー』はどのような作品でしょうか?
神戸に住む30代後半女性4人の友情と別れの物語、でしょうか。現在で、3部構成で、トータル5時間17分あります。
――上映会に来る学生たちへ、何かメッセージがありましたらお教えください。
皆さんと出会える映画は幸運です。映画を見るために時間を使ってくださることに感謝します。
(文責 近藤多聞)