平成の終わりを前に、東大や東大生は今後どうあるべきなのかという質問に対する答えはいまだ定まらない。東大で教授や理事などを経験し、2009年からは総長としても長年東大を見つめてきた濱田純一名誉教授の言葉から、今後の道筋を明らかにしていく。
(取材・山中亮人 撮影・石井達也)
──まずは、東大の研究についてお聞きします。平成の30年間で進歩したのでしょうか
論文数は増えている。質の面では、伝統的な専門分野が細分化したり他領域と融合したり、学問の幅が広がった。真理を追求する場というより社会のニーズに応える場へと社会の大学に対する受け止め方が変わった影響か、課題解決型の研究も増えてきた。
課題解決の発想は大事だが、内容のない言葉なので、短期的な成果を生み出さねばと研究者にストレスをかけることになったり、学問の本質である批判精神を損なったりしないように注意が必要だ。
──では組織としての東大内での進歩についてはどのような印象を受けますか
学問の細分化・学際化に伴って学内組織が大きくなり複雑化したことは、教育と研究の両面で社会と学問のニーズに応える進歩といえるだろう。教育の質もこの30年間で大きく向上した。
一方、教員の多忙さは深刻な課題となった。教員をサポートする体制の構築には今後も相当に力を入れなければならない。「大学の自治」の担い手や在り方をどう理解するかも、大きなテーマになってくる。
──東大の学生像はどのように変わったのでしょうか
実際の学生像と、東大が育てようとする学生像という両面がある。
実際の学生像で言うと勉強以外の知識も豊富で「社会的に賢い」学生が増えてきた。社会の動きや人との付き合い方もよく知っている学生が増えた印象を受ける。メディアの発達など情報環境の変化が背景にあるだろう。
30年前は育てようとする学生像をしっかり意識していなかった。国立大学法人化を機に東大憲章を作り、人々と一緒に議論し協力しながら社会をリードしていける「市民的エリート」を育てることが東大の目標になった。私が総長の時に唱えた「タフでグローバルな学生」も、その育成のための道筋だった。
アドミッション・ポリシーに記されている「期待する学生像」は、東大の教育を通じてそのように育つことのできる潜在能力を持った学生のイメージを示している。
──今後の東大生にはどのようなことを期待しますか
私たちの時代ではさまざまなことにチャレンジする学生が多かったが、今の学生はまた内向きになりつつある印象を受ける。学生が勉強するのは当たり前だが、大学の運営に積極的に発言したり、社会とか世界とか、外にも出て行ったりしてほしい。東大は日本ではトップでも世界から見ると高い山の一つにすぎない。国際社会へ飛び出して自分とは異なった価値観を経験し、視野を広げてほしい。そういう経験が東大生の力をさらに伸ばす。それが社会にも、東大生個人の将来の幸せにも利益をもたらすと思う。
──最後に、東大は次の時代をどう歩んでいくべきなのでしょうか
教育・研究の質をより高めていくこと、女子学生比率を向上させること、国際化を進めることなど、東大の課題は明確だ。大学が社会を先導していく機能も弱まっている印象を受ける。与えられた課題の解決にとどまるのではなく、東大が何を目指すのかを明確にした長期的なメッセージを主体的に示せると、東大としてのあるべき姿が描き出せると思う。
学生を大学の活動にもっと参加させるべきだとも思う。それによって学生の力も伸びるし、大学組織にとっても多様性やマンパワーの面でメリットがある。学生と教職員が協力して東大像を作り上げていくのが理想的だ。
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