近年、日本のムスリム人口が増え、街中でハラル認証のマークを見かけることが多くなってきた。一方で、東大においてハラル認証の食品はどのくらい提供されているのだろうか。今回はその実態を探るとともに、イスラム研究を専門とする後藤絵美准教授(東洋文化研究所)にハラル産業について話を聞いた。
(取材・米原有里)
イスラム文化を守る
ハラルとはアラビア語で「許された」という意味の言葉で、通常はムスリムが宗教的に許された物や行為を指す際に用いられる。諸団体や諸機関が基準を設け、食品や飲料、サービスなどがハラルであると認め、証明書や認証マークを発行するのがハラル認証制度で1970年代のマレーシアで基礎ができた。ムスリムとしての生活の在り方について、意識的な人が増えたことが背景にある。2000年には食品・製品の材料や流通に及ぶまで具体的な基準が定められ、日本でも2010年代以降ハラル認証制度が急速に普及した。現在はイスラム圏市場への介入手段や、イスラム文化理解のための手段として利用されている。
イスラム文化に対し、日本人の多くはべールをかぶり礼拝をする、というような固定的なイメージを持つ傾向にある。しかし、近現代のイスラムの理解や実践を研究している後藤准教授によれば、イスラム教は「複雑でダイナミックな構造」を持っているという。イスラム教の経典『コーラン』の言葉は時代や地域、個人によって多様に解釈され、実践に移されてきた。その結果、イスラム教は多様性や流動性のある宗教となっている。例えば、ムスリムの女性の中でもべールをかぶる人とかぶらない人がいる。食事に関しても人によって厳密さは異なり、飲酒してもムスリムと名乗る人もいれば、肉は定められた方法で処理されたものしか食べない人もいる。「イスラム教は、本来柔軟性を持ち備えた宗教です」
しかし、ハラル認証はある一つの基準を作り、それに沿わないものを排除することで、イスラムを一つのイメージの中で標準化してしまっている。「多様性や流動性のあるイスラムとは違う方向のものになっています」。後藤准教授は、安易にハラル産業に介入することに警鐘を鳴らす。「固定的なイメージに標準化されたイスラム教の下では、食べられるものを巡ってムスリム同士が分断することも起こり得ます」
分断を「溶かしたい」
一方で、日本でハラル認証マークが普及し始めたことの利点もあるという。一つは、日本に住むムスリムが安心して食事することができるということ。もう一つは、ハラル認証マークがあることで、イスラムの知識に疎い日本人が自分とは全く違う食文化を持つムスリムに興味を持つきっかけになり得ることだ。「しかし最近、認証基準が厳しくなり過ぎて、むしろ不安や分断をあおる要因にもなっています」。そのため、後藤准教授はハラル認証によって「囲い」を作らずに全ての人が居心地良く過ごせる工夫を提案する。例えば、アレルギー成分表示のように豚肉などの成分をきちんと明記すること。「囲いを作ると、どうしても外の人と中の人で別れてしまう。差異を意識するのではなく、みんなが居心地良いように工夫することが必要です」
そんな思いから後藤准教授が開発したのが「ハナーン・チョコレート」だ。「ハナーン」とはアラビア語で「優しさ」を意味する。ハラル認証マークが付いているが、箱の中にはハラル制度を考え直させるメッセージカードが入っている。「ハラル認証マークが付いているからと安心して手に取った人にも、ハラルによる区分を考え直すきっかけになってくれたら良いですね」。メッセージカードの最後にはこう書いてある。「どうしたら、世界中の人が、一緒に食卓を囲んだり、お茶を飲んだりしながら素敵な時間をすごせるのでしょうか。甘いチョコレートを食べながら、一緒に考えてみませんか?」
生協購買部 他文化を受容する姿勢が充実
生協の担当者によれば、東大ではムスリム学生の要望を受け、2009年から本郷第二食堂でハラル推奨のラーメンやプレートなどを提供。これらはいわゆるハラル認証ではなく、東大に通うムスリム学生の確認の下始められたもの。当初はメニュー数も限られていたが、さまざまな大学の生協食堂でハラルフード提供の要望が増え、ハラル認証を得た調味料も入手可能に。生協購買部では、お菓子やカップラーメンなどハラル認証のある商品を販売している。
インドネシアからの留学生でムスリムのナデャ・アフラさんにとって、東大は過ごしやすい場所だという。「東大生はグローバルな思考の持ち主が多く、他文化の人を寛容に受け入れてくれることが一番の理由かもしれません」。ハラルに関しては「人によって厳格さが異なり、ハラル認証がなくても口にする人もいれば、認証付きのもの以外は食べない人もいて、人それぞれです」と強調するナデャさん。彼女自身は、認証マークの有無にかかわらず原材料の表示がある料理は自分で確認できるためありがたいという。より多様性のあるキャンパスに向けて、生協の担当者は留学生との意見交換や試食会を積極的に行っていくと述べた。
この記事は2019年10月8日号から転載したものです。本紙では他にもオリジナルの記事を公開しています。
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