私が受験生だったとき、某名門進学校に通う知人のこんな言葉を耳にしました。
「AOとか推薦って不平等だけど、俺らの一般(受験)って平等だよなあ 。」
確かに、可能な限りで主観性が排除されている日本の一般入試は受験者から入学者を選抜するシステムとしては極めて公平だといえます。しかし、大学受験そのものは真の意味で平等でしょうか。私は2点において、平等とはいえないと考えています。1点目は「親の収入による格差」、2点目は「(東京をはじめとする)大都市と地方との格差」です。受験者から入学者を選ぶシステムとしてではなく、そのスタートラインに立つ段階で不平等が生じているのではないかということです。
今回はこのうちの2点目に焦点を当てるべく、大手予備校講師で現在はオンライン上の予備校「ただよび」で教壇に立つ英語教育のスペシャリスト、森田鉄也先生に取材しました。「ただよび」は、YouTube で今春にサービスが始まり、トップ講師による映像授業を無料で発信している予備校で、早くも現在チャンネル登録者数は10万人を超えています。森田先生のお話を聞きながら、大都市と地方との、受験、特に東大を受験するにあたっての“格差”と、「ただよび」が目指す教育格差の是正について掘り下げていきます。
◇
━━予備校講師として働いていて、東大受験に大都市と地方とで有利・不利があると思ったことはありますか
ありますね。
━━具体的にどのような点で地方では不利だとお考えですか
まず当たり前ですが、受験に強い、名門と呼ばれる高校は大都市に多いですね。さらに予備校や塾の数が違います。例えば、駿台予備校の校舎34校は、東京都と大阪府に7校ずつ、神奈川県・千葉県と京都府に3校ずつに配置されており、残りの校舎も浜松・西宮・西大寺の3校を除いた全ての校舎が100万都市に立地しています。中でも、鉄緑会や東進東大特進などの東大受験に特化した塾は東京や大阪などにしかありません。大手の予備校でも人気講師は東京をはじめとする各予備校の本拠地に集まってきます。
━━では校舎によって授業の質も変わってくるのですね。
予備校講師にも、お笑い芸人と同じように「東京進出」という言葉があります。やっぱり大都市の方が生徒は集まりやすいので人気講師も集中していきますね。そして、情報収集においても地方は不利だと思います。
━━情報収集について何か具体的なエピソードはありますか
東大の話ではありませんが、英語の4技能試験の導入の際に特に「情報格差」を感じました。長野県や愛知県に行ったときに、上智大学と日本英語検定協会が共同開発した英語の4技能試験で、上智大学をはじめ多くの私大の英語受験の際に利用できるTEAPについて、学校の先生方を含めてご存知の方は1人もいませんでした。それだけでなく、英検とGTEC以外は地方だと試験を受ける機会もほとんどないんです。
━━予備校の数といった環境はもちろん、情報と機会の2点でも地方は不利なのですね
はい、だから情報を求めて予備校に受験生の親御さんからの問い合わせが来るなんてことも多かったですね。ネット社会になってもまだまだ受験のシステムや特定の大学への対策などが分からないという声は多いんです。
━━大都市の受験に強い学校では学校や東大に行った先輩、あるいは他塾に通うクラスメートなどから最新の情報を入手できますよね
そうですね、地方だと情報のやり取りの前にまずやり取りする情報自体がないのでそうはならないですよね。
━━では都市と地方とでの教育格差の解消のための森田先生の活動を教えてください
YouTube上で無料の予備校「ただよび」を、長年大手予備校に勤める人気講師の吉野敬介先生と立ち上げました。私自身の知名度が高くなかったので、有名な吉野先生の力を借りて最初から注目を集めることを狙っています。これまでにも教育系YouTuberはいらっしゃいましたが、黒板やカメラ機材などの設備、字幕や音響など編集も整えた上で、プロ講師によるトップレベルの授業を公開したというのは初めての試みです。生徒の集中力が持つように短時間型の授業にして、こちらが知っている情報は全て無料で生徒に伝えることを心掛けています。
「ただよび」が軌道に乗って、どの地域の人でも、時間や年齢の制限なく一流の授業を無料で受けることができれば、教育格差の是正につながると思っています。また、僕は武田塾にも加入しています。授業を行わず、参考書を用いた独自カリキュラムでの受験対策で指導する塾なのですが、こちらでは特定の大学の入試傾向や対策をはじめとした受験情報の無料発信を行っています。
━━「有名講師や人気講師の授業が受けられない」という環境面、「情報を入手できない」という情報面での地方の不利な点の改善に努められているのですね
はい。今後はただよびでは講師を増やし、教科やコースを充実させていきたいと思っています。
━━近い将来、どの地域のどの収入層の家庭からも、行きたい大学を目指すことができるようになるといいですね。本日はどうもありがとうございました。最後に森田先生から地方の東大受験生に向けてメッセージをお願いします
「きちんと情報を集めれば大丈夫。まず『自分は情報がない』という状況下にあることに気が付こう。自分の置かれている状況に気付くことが大切です。」(森田鉄也先生)
━━そして今回は、古文の予備校講師として有名な吉野敬介先生からもメッセージを頂きました
「東大から始まる人もいれば、東大で終わる人もいます。東大がゴールではない、東大を受かってからがスタートなんだっていう気持ちで頑張ってください。」
◇
最後のお二方のメッセージは地方の学生に向けられたものです。しかし私としては、むしろ大都市出身の学生、特に東京出身の学生にこそ噛み締めてもらいたいと思っています。大都市出身の学生が自分の置かれていた環境を振り返り、広い視野を持ったうえで、東大生として新たなスタートを切ってほしいからです。
私は毎年30人程度の生徒が東大に合格している都内の中高一貫校出身です。私よりはるかに成績優秀で、なおかつ東大志望という友人が周りに多くいたため良い影響を受けました。学校のカリキュラムも数学や英語は高校1年生までに学習事項を全て終えて以後は復習・演習に注力できるように組まれていましたし、高校3年生の夏休みには社会科の論述対策や東大の数学対策の講習が開講されるなどと受験を意識した指導が充実していました。さらに自転車で通えるほどの近所にある、東大を目指す生徒が多く集まる塾に通って大きな刺激を受けました。私の学習環境はとても恵まれていたと思っています。学習環境のみならず、家に帰れば学費や予備校代を払ってくれるのはもちろん、全面的に受験を応援してくれる家族が温かいご飯を作って私を待っていてくれました。朝になると私を起こし、勉強中は励ましてくれるなど生活環境にも恵まれていました。受験の成功が決して自分だけの力でないことは明らかであり、多くの人に感謝せねばならないと思っています。
これを読んでいる東京出身の学生の多くは、私と同じような状況を経て東大に入学したのではないのでしょうか。自分の置かれていた状況を見つめ直して、自分の特殊性を自覚することが広い視野を持つ第一歩になると信じています。こうして多くの人が大都市と地方の格差を改めて認識し、格差是正の動きが広まっていくことを願います。