学術

2014年8月6日

「ゲーム研究」とは何か? ゲーム研究者馬場章教授インタビュー

ゲームは、今も昔も東大生に馴染み深い娯楽のひとつだ。多くの学生が、ゲームをプレイした経験を持っているだろう。今回は、少し違った視点でゲームを見てみよう。東京大学でゲームを研究する、馬場章教授に話を聞いた。

DSCN61942 のコピー.jpg馬場章・東京大学院情報学環教授(講義の最終回に着ていく予定のTシャツとともに)

 「現代のオタクはイノベーターだ」。そう語るのは、馬場章教授(情報学環)。もともとは歴史資料のデジタル化といったデジタルアーカイブを専門にしていたが、2003年を境にデジタルゲーム研究に取り組んでいる。

馬場教授は、前期教養学部生向けの講義として、「情報メディア伝達論」を夏学期に開講している。この授業の目標は、何よりもまず、「ゲームの面白さを伝えることにある」と話す。「デジタルゲームの現在までの到達点を確認し、その特徴を整理して、今後の発展の方向を探る」(初回授業資料より)ことを掲げ、「ゲームを科学する」とはどういうことか、1学期をかけて楽しく学ぶ。ゲームのレーティングの仕組み、ゲームと教育の関係など、豊富な事例を基に紹介する。今年はおよそ320人、昨年は400人近くが受講登録する、人気授業だ。

「受講生の多くは『ゲームオタク』」だそうだが、ゲームをやったことがない学生にも人気だという。「楽しくなければエンターテイメントの授業ではない」を信条に、毎週、受講生を楽しませる工夫をこらす。

ゲーム研究の目的は、「ゲームの面白さとは何かを解明することにある」と、馬場教授は語る。「面白さとは何か」という非常に漠然とした問いを出発点とするため、方法論は極めて学際的で、いまだ開拓の最中にあると話す。

DSCN6197 のコピー.jpgゲーム研究に関する書籍(馬場研究室で撮影)

 馬場教授は、2006年に日本デジタルゲーム学会(DiGRA JAPAN)を設立し、初代会長に就任した。ゲーム研究を始めて以降、「研究を発表する『場』が少ない」という問題意識を持ち、国際的に通用する発表の「場」として、同学会を創設した。

そうした学会での発表なども踏まえ、近年のゲーム研究の動向について、馬場教授は大きく三つの潮流があると話す。

一つ目は、自然科学的な研究。この領域では、特に人工知能を用いた研究がさかんで、例えば、プレーヤーが予期しないシーンをコンピュータに演出させる手法への応用が進んでいると話す。

二つ目は、人文科学的な研究。その中でも大きく二つあり、一つはゲームのストーリー分析に代表される、「ナラティブ研究」。もう一つは、ゲームが人に与える心理学的・生理学的影響についての研究だ。後者に関して、日本では「ゲーム脳」といった悪影響が強調されることが多かったが、海外ではむしろ逆で、『ゲームが人間に対し、心理的な悪影響を及ぼすことはない』という説が主流を占めていると指摘する。逆に、例えばオンラインゲーム上で、道に迷っている人を助ける行動に見られるように、ゲームのポジティブな影響に関する研究が増えていると話す。

三つ目は、社会科学的な研究。主として、「ゲームビジネス」に関する研究が多く、「技術進化の速い中で、どこでマネタイズをするか?」「より多くの人にゲームを届けるにはどうすればよいか?」といったテーマが研究されている。

日本のゲーム研究の状況は、海外と比較すると、「まだ追い付いていない」と馬場教授は主張する。教育や医療といった社会問題解決にゲームを活用する「シリアスゲーム」、ゲームのデザインを課題解決に応用する「ゲーミフィケーション」といった,近年注目を集める分野はいずれも海外発祥だ。

そもそも日本では、長らく「ゲーム」が研究対象になると認識されてこなかったと指摘する。「ゲーム開発教育」は、立命館大学や東京工科大学などで実施されているが、「ゲーム」それ自体を学問対象にする大学・研究科は、まだそれほど多くない。実際に、学部では「ゲーム学」といった分野はほとんど見られず、国内ではゲーム研究を満足にはやりづらいと指摘する。

今後は、産学連携をより強化していくべきだと述べる。ゲームを実際に制作する開発者が、大学で教えるような取り組みの重要性を強調した。

大学.png大学院.pngゲームを学べる学部・大学院(ゲーム研究者で日本デジタルゲーム学会会員の七邊信重氏が作成)

 進振りに迷う学生に対しては、「2年間は好きなことをやっていい。2年後には学際情報学府に来て、ゲーム研究をしてほしい」と期待を込める。今後は、博士課程まで進む「ゲーム研究者」を増やしたいという。

東大の学生は、ゲームに対する問題意識も技術力も優れており、研究者でなく、制作者としても、主導的な立場になれると馬場教授は期待する。開発者のキャリアを目指す場合でも、ゲームを学問的に捉えておくことは、必ず役に立つと話す。

最後に、馬場教授はゲームの未来について,「絶対に言えることは、デジタルゲームはなくならない」と語る。すでにエンターテイメントとしての地位を確立したデジタルゲームは、任天堂Wii Fitのように、他のエンターテイメントと融合していく可能性を秘めていると述べた。

アメリカで開かれるコンピュータゲームの見本市「E3」では今年、身に付けて持ち歩くことができる情報端末ウェアラブルや人の知覚をコンピュータで拡張するARが話題の技術だったと語る。こうした技術を支えている「オタク」は、今や社会をけん引する存在だ。

「オタク」を自認する学生の皆さん、次なるイノベーターを目指し、ゲーム研究者を目指してみては?

DSCN6191.JPG馬場研究室の風景

(取材・文 荒川拓)

【訂正】2014年8月7日

「ゲームを学べる学部・大学院」の中で、元のリストから転載する際、東京工芸大学の箇所を誤って東京工科大学と表記しておりました。お詫びして、訂正いたします。

この記事は、2014年8月5日夏季特集号の転載です。本紙では他にも独自記事を掲載しています。

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