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2024年10月12日

学費問題早分かり 授業料引き上げ 基本Q&A

 

 今年5月、一部報道により東大が授業料値上げを検討していることが明らかとなった。授業料改定に至る意思決定プロセスやその内容に学生からの疑問の声も高まる。そもそも授業料はどのように定められ、今回、なぜ引き上げられるのか。今後授業料引き上げの対象となる受験生や、学費問題について初めて知る人を対象に、学費問題にまつわる疑問を解説する。(執筆・丹羽美貴)

 

学費値上げはなぜ必要か? 内容面Q&A

 

Q.そもそも国立大学の授業料は一律で同額なのか?

A.文部科学省が「標準額」を定めているが大学の裁量により最大約10万円増額可能。

 

解説:国立大学法人化以前は、授業料は全ての国立大学で同額であった。しかし、2004年に国立大学が法人化されて以来、授業料が文科省の省令で定められている「標準額」から大学の裁量で標準額の120%まで引き上げても良いこととなった。文科省は国立大学法人化の目的を「優れた教育や特色ある研究に各大学が工夫を凝らせるようにして、より個性豊かな魅力のある大学になっていけるようにするため」だとしている。(国立大学法人化についてはこちらで解説)

 

Q.なぜ東大は授業料を引き上げるのか?

A.近年の物価高や財源の縮小による財政難が主な原因。

 

解説:藤井輝夫総長は授業料値上げの主な理由を光熱費などの諸費用の高騰、人件費の増大の中で、学生の学習環境を維持する安定的な費用を確保するためと説明し、現行の授業料から約10万円を引き上げる方針を明らかにした。その一方で、新たな教育システムの構築などの新事業にも力を入れる予定だという。国立大学協会は大学運営を支えている「運営費交付金」の減額に加えて、円安や人件費高騰による実質的な予算の減額を受け、「もう限界」と声明を発表し、国民に理解と共感を呼びかけている。近年、大学の財政難から東京工業大学(当時、現・東京科学大学)や一橋大学をはじめとする他国立大学も相次いで授業料改定に踏み切っている。授業料値上げによって得た収益は、グローバル化が加速し、競争が激化する現代において必要な教育学修環境の改善などに充てられる。

 

Q.なぜ値上げ額は10万円なのか?

A.文部科学省が定める国立大学の授業料引き上げの最大幅が10万円だから。

 

解説:国立大学の授業料は文部科学省により「標準額」として53万5800円と一律に定められているが、一定の制限のもとで標準額の120%まで引き上げが可能としている。これまで東大の授業料も標準額に則っていたが、今回標準額の20%に当たる約10万円を上乗せした64万2960円に授業料を改定することとなる。

 

Q.東大の主な収益は?

A.収益の半分近くを国からの資金で賄っており、東大は資金源の多様化を進めている。

 

解説:収益の約3割を国からの運営費交付金が占める。他にも、国からの受託研究による資金も約2割を占めているが、国が指定する研究支援に応募し、採択されたときにのみ獲得できる競争的研究費であることから、不安定な財源である。昨年度時点では授業料が占めるのは約6.2%で1割にも満たない。そこで東大が財源の多様化に向けて特に力を入れているのがエンダウメント型財務経営への移行だ。海外の大学に倣い、大学独自基金を設立し、寄付金などを募ることで国に依存しない財源を確立することを目的としている。しかし現時点でその達成状況は芳しくなく、改善が求められる。

 

Q.東大の収益は主に何に使われているの?

A.最大の支出は物件費。近年の物価高騰が財政を一層苦しめる事態に。

 

解説:昨年度は支出の約4割が人件費、約5割が物件費となった。人件費は事業拡大に伴う教職員の増加、物件費は近年の物価高に伴うエネルギー資源の高騰や新型コロナウイルス感染症の影響で抑制されていた活動の復活などに伴い支出が増加した。

 

Q.授業料値上げに対する学生の反応は?

A.一部の学生らによる強い意見表明の動きが見受けられる。

 

解説:東大が授業料値上げを検討していることが明らかとなった今年5月15日以降、学生によるさまざまな意見表明の動きが見られた。報道がなされた翌日には東京大学教養学部学生自治会(自治会)が、情報公開と学生の議論への参画を求める要望書を教養学部長宛てに提出したほか、五月祭当日には学生有志によるデモが行われた。以降、学生による反対運動の機運も高まり、文学部・人文社会系研究科では「学費値上げ反対アクション:文学部連絡会」が組織された。自治会も積極的に学生の意見の集約化に取り組み、アンケートの実施や全学緊急集会の開催、先月10日に公表された授業料改訂案に対する緊急声明や、陳情の提出を行なった。また、学生有志で構成される「学費値上げ反対緊急アクション」は先月17日に授業料値上げに反対する約2万7500筆の署名を集め、大学側に提出した。

 

Q.日本は世界に比べて公的負担は多いのか?

A.日本は先進国の中でも比較的私費負担額が多い。

 

解説:各家庭が直接負担する教育費と、民間からの寄付による「私費負担」と国や地方公共団体が税によって支出する「公費負担」が教育への支出として挙げられる。文科省の調査によると、日本はOECD諸国の中でも公費負担の割合が低いことが明らかとなった。日本が特徴的なのは各家庭の教育への負担額についてであり、私費負担額の中でも日本は家計が負担している割合がOECD諸国と比べて高い。とりわけ高等教育段階における私費負担額の割合は、OECD諸国の平均が約3割に対し、日本は7割近くにのぼり米国を上回る割合だ。家庭の負担額が多いとその分、家庭の経済状況によって子どもが受ける教育に差が出やすいことも課題となる。

 

Q.東大生の家計状況は?

A.東大生のおよそ2割近くは、世帯収入1250万円以上の家庭出身である。

 

解説:2021年度に東大が行った学生生活実態調査によると、学部学生の世帯収入は18.6%が1250万円以上、12.1%が1050万円以上であった。一方で、世帯収入が450万円未満の家庭が10.1%、750万円未満の家庭が11.2%である。

 

(表1)大学・学生の動き(東京大学新聞社が作成)
(表1)大学・学生の動き(東京大学新聞社が作成)

 

 今回の授業料値上げにあたって、値上げ案の内容の他に、決定までのプロセスを問題視する声が上がっている。経営陣による決定に対し、一部の学生団体は「大学の自治」を根拠に教員や未来の学生への責任を考慮した在校生の意見参加の重要性を訴えた。今回の学費値上げに関して、どのように意思決定が行われ、そのどこに課題があるのか。これまで学費問題の流れを追ってこなかった読者に向けて解説する。(執筆・渡邊詩恵奈)

 

学費値上げのプロセスが問題視される理由は? プロセス面Q&A

 

Q.授業料は大学の経営陣が決めることでは?

A.決定を下すのは経営陣だが、在校生にも責任の一端と参画の権利あり。

 

解説:現在、授業料値上げの決定を下すのは経営陣であり、その検討プロセスの中で学生が参画する制度はない。今回の授業料改定では、検討プロセスの中で学生が意見を述べる場は6月21日に行われた「総長対話」などに限られていた。そのため、学生も大学の構成員として大学自治に関わるべきだという考えに基づいて、学生も授業料値上げの責任の一部を担い、検討プロセスに参画すべきだと主張する声もみられる。学生団体からは、大学側が将来東大に入学してくる学生に対して、「総長対話」を通じて2024年現在東大で学ぶ学生から意見を汲み取ったと説明し、これによって学生全体への説明責任を果たしていると主張することへの懸念も聞かれる。授業料値上げは来年度以降の入学者に適用されるが、直接的な影響を受けない学生も、授業料値上げに関する責任の一端を負う可能性を理解する必要があり、議論に参加できない将来の学生に代わって意見を伝えることが重要だと主張している。

 

Q.議論が拙速だとの批判もあるが、どの程度議論が交わされた?

A.本部内では数年前から検討開始、学生、教員への説明は今年の5月中旬に初めて実施された。

 

解説:大学側は本部内の検討に時間を割いていたと説明。一部関係者によると、正式な発表が行われた5月16日の2日前の14日に、科所長会議(研究科長・学部長・研究所長合同会議)で、学部・大学院(法科大学院を除く)の年間授業料を現行の約53万円から約64万円に引き上げる素案が議論されたという。

 

 5月14日の同会議後、各学部・研究科で教授会が開かれ、学部長から授業料値上げ案について説明が行われた。複数の関係者によると、教員に対しては資料が配布されず、情報は限られていたという。教授会では、議論が拙速であるとの批判もあった。

 

 学生に対しては、5月15日に一部メディアが学費値上げを報じた後の、16日に正式な発表がなされた。教員や学生に与えられた検討期間が約5カ月であったことに加え、9月17日に提出された要請書では、学生や教員に反対意見がある中で、夏季休暇中の9月に決定をすることについて学費値上げ反対緊急アクションは「合意形成に十分な時間を確保しているとは言えません」と指摘している。

 

Q.学生の意見はすでに反映されているのでは?

A.学生の意見は聴取されたが、どの程度反映されるかの決定権は大学側にあり。

 

解説:総長対話は開かれたが、総長対話での質疑応答や授業料改定に関する学生アンケートで示された意見が実際にどの程度反映されるかは大学本部の裁量に任せられている。自治会は「総長対話」は意見交換の場として不十分とし、総長と学生が対等に交渉する場を求めた。しかし、大学側は9月10日の記者会見で学生の意見を反映した案を作成できたとし、再度総長対話を行う予定はないと明言。6月21日の総長対話以降、最終決定が行われた9月末までに修正案に関する学生の意見を聞く機会は設けられなかった。このため、学生が決定プロセスに十分に参加する機会があったとは言いづらい。

 

 さらに総長対話では学生側の要望であった対面形式や複数回の開催は実施されず、総長対話が「交渉の場」ではないと明言された。このことから、根本的に「総長対話」が学生の意見を吸い上げることを意図した対話の場であったかには疑問が残る。

 

Q.よく「大学の自治」というワードが出てくるが、どういった意味か?

A.学生・職員がそれぞれ固有の権利を持って大学の自治を形成することを意味する。

 

解説:大学の自治とは、学問の自由のために、外部の干渉を受けず、大学構成員によって意思決定を行い、管理・運営することを指す。1969年の東京大学確認書は従来の「大学の自治とは教授会の自治である」という立場を否定し、「学生・院生・職員もそれぞれ固有の権利を持って大学の自治を形成している」という「全構成員自治」を定めたもの。この確認書に従って、過去には学生との交渉も実施された。これは、大学の意思決定にあたって、全構成員の意見や同意を尊重する必要があることを意味する。2003年に制定された東京大学憲章では「東京大学を構成する教職員および学生は、その役割と活動領域に応じて、運営への参画の機会を有するとともに、それぞれの責任を自覚し、東京大学の目標の達成に努める。」とある。この規定は大学運営に関する重要な決定については、全学的な意見や同意を得ることが必要であることを示唆している。

 

 この考え方に基づき、一部の学生団体や教員は学生が自らに大きく関わる決定に参加することは、「大学自治」の在り方を定めた二つの文書から明白であるとし、授業料の値上げに関しても、当局、教授会、学生、その他の全構成員の同意が得られない限り実施すべきでないと主張している。

 

授業料改定案の変化と学生の声

 

 6月21日の総長対話で公開された第1案では、学部の学生について、2025年度入学者から年間の授業料を現行の53万5800円から2割引き上げた64万2960円にする案が示された。経済的支援に関してはこれまで世帯年収400万円以下の世帯を対象に行ってきた授業料全額免除を、600万円以下の世帯も対象とする引き上げ措置を提案。大学院生への適用拡充および学生個別の事情への配慮もするとみられる。さらに世帯年収600万円から900万円の世帯についても、個別の事情を加味した減免措置の実施を検討するという。

 

 9月24日に決定された方針では、学士課程は2025年度から、修士課程は2029年度からそれぞれ授業料を改定することが決まった。博士課程の授業料は据え置かれる。授業料全額免除の対象を現行の世帯年収400万円以下から600万円以下に引き上げ、さらに世帯収入600万円超〜900万円以下の学生についても、出身地などの個別の状況を考慮して一部免除を実施するとした。東大を目指す学生が、受験や入学の前に奨学金制度の情報を理解し、活用できるようにするため、経済的問題の解決を支援する窓口の機能の早急な強化を目指す。また、学生に関連する事柄について一緒に考える仕組みの構築についても検討を開始するという。

 

 このうち、博士課程の授業料据え置きは授業料値上げによる大学院進学への心理的障壁が高まることへの学生や教員らの懸念を、世帯年収600万円以下の学生への授業料全額免除、個別の状況を考慮した600万円〜900万円以下の学生への授業料一部免除は学費減免基準の限界にある経済的困窮者への影響を考慮した学生の声が部分的に反映されていると考えられる。

 
(表2)授業料値上げに対する自治会と緊急アクションの主張(両団体の要望書、声明などを参考に東京大学新聞社が作成)

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