2015年度から開始した東大前期課程での少人数授業、「初年次ゼミナール(初ゼミ)」。その魅力や改善点を中心教員に聞いた前回に引き続き、特集2回目の今回は学生たちに実際に授業を受けてどのように感じたかを取材した。
初年次ゼミナール理科
地底の謎を探る 鈴木庸平准教授(理学系研究科)
千葉県の地層などから主に地震とガス田について調べて考察する、という授業で、地学に興味があったため希望しました。授業前半の週末に、1日かけて房総半島の地層を見て回るフィールドワークがあり、まずそこで見たものについてグループごとに調べて発表しました。発表は全部で4回あり、地震の原因や南関東ガス田の成因についてテーマごとにグループに分かれ、先生が指定した文献読んで発表し、最後は地底の好きなテーマについて個人ごとに発表しました。一番楽しかったのは、先生にいろいろなことを教わりながら実地で地層をたどることができ、断層を観察できたフィールドワークです。
授業を通して、千葉県の地層や地質学的歴史、さらには地学研究の現状と課題についての理解が深まった他、英語の地学用語といった知識や、学術論文を探して読むためのスキルを身に付けることができました。全体的に論文を読んで発表する、というアクティビティが多かったので、もう少し他の要素を組み込んでも良いのではないかと感じましたが、総じて満足度の高い授業でした。
(理Ⅰ・1年)
「考えるカラス」を考える 鳥井寿夫准教授(理学系研究科)
『考えるカラス』という、番組内で出てくる現象の解説が一切行われないNHKの科学番組に出てくる実験について、自分たちで実験を再現しながら仮説を立ててなぜそのような現象が起こるのかを実証する、という授業でした。前半は教員の専門がレーザー物理ということもあって光学についての講義があり、後半で興味を持った実験ごとにいくつかの班に分かれて実験をして最後に研究結果を発表しました。物理の道に将来進みたいと考えており、自分で仮説を立てて実験を組み立てられると聞いたのが物理系の中でも特にこの授業を希望した理由です。興味がある分野だったため授業は毎回楽しく、特に仮説を立てる段階のディスカッションがワクワクしました。逆に実験は回を重ねたにも関わらずうまくいかなかったため少しつらい思い出です。選んだ実験が光学に関係していたため光学の本を読み込み、知識を深めることができました。実験する時間が短かったことを除けば特に授業に対する不満もありません。
半年間受けてみて、初ゼミは興味の湧く分野の授業に当たれば大きな収穫がある良質なプログラムだと感じました。これから初ゼミを受講する方々に対しては、どの初ゼミも第一線で活躍されている教員が教えるレベルが高いものなので、この機会を生かすも殺すも自分次第だと伝えたいです。
(理Ⅰ・1年)
体験的ものづくり学 ——3Dプリンタによるコマづくり—— 三村秀和准教授(工学系研究科)
3Dプリンタを利用したコマの作成を通して、ものを作る過程やその複雑さを学ぶという趣旨の授業でした。最初の授業で簡単なコマの解説をし、その後4~5人のグループに分かれ簡単に作りたいコマのテーマをブレインストーミングして決定、具体的な構造について詰めていくという流れです。毎回の授業で進捗について軽くプレゼンテーションをしました。コマの作成は時間がかかるので、土日に試作・本番の計2回集まって行いました。自分の班のコマのコンセプトはコマonコマという、回っているコマの上でさらにコマを回そうというものです。コマを作成するときに、どうすればテーマ通りに実現できるかを考えるのが楽しく、授業を通してものづくりの奥深さを学べた実感があります。
最初はただでさえ忙しそうなカリキュラムに加えてなぜ初ゼミまでやる必要があるのかと思いましたが、いざやってみると少人数のグループで和気あいあいと作業に取り組め楽しめました。特に理系の初ゼミは点数がつかない合否判定のみの授業なので、皆伸び伸びやることができると思います。
(理Ⅰ・1年)
初年次ゼミナール文科
近現代の哲学的自由論とその倫理学的意義 景山洋平講師(教養教育高度化機構初年次教育部門)
景山先生の授業では、前半はカントやヘーゲルなど近現代哲学の著作講読をし、後半は各々の論文課題に関する研究を行いました。各授業は20人程度の少人数で行われ、ディスカッションや生徒による発表が積極的に取り入れられており、受講者が主体的に取り組む場面も多かったように感じます。
カントやヘーゲルなどの著書の講読およびディスカッションは特に印象に残っています。元々複雑な事柄について述べられたものである上に翻訳されていたので、読み解くのはとても難解な作業でしたが、複数人でのディスカッションを重ねることで次第に内容を理解することができました。授業を通して学んだのは、論文を書くことの難しさと楽しさでしょうか。論理の飛躍を避ける、引用を明示するといった注意事項は当たり前のものですが、夢中で論文を書いていると忘れてしまいがちです。論文に没頭しながらも慎重さを欠いてはいけません。一方で、論文を書き進めていくとき、書き終えたときの達成感は名状しがたく、世界が論文を書く前とは違ったように見えました。
入学したての大学1年生にとっては課題が難しく、量も多くてつらかったですが、成長につながりました。過酷だったにも関わらず論文を完成させることができたのは先生のきめ細やかな指導のおかげです。学問に携わる人全てにこうした教育が行われるといいと思います。
(文Ⅰ・1年)
「翻訳によって書かれたテクスト」の研究 大西由紀助教(総合文化研究科)
まず「翻訳」には、文学作品の日本語訳といった「言語間翻訳」に限らず、小説や漫画を実写化・アニメ化する「ジャンル間翻訳」という種類もあることを学びました。その後は先行研究の論文を読むことを通じて論文の書き方を教わり、実際にエドガー・アラン・ポーの『大鴉』という作品の原文とその日本語訳を分析しました。授業の後半では、自分の興味ある翻訳作品について調べ、小論文を執筆しました。授業の最終盤では、グループに分かれて自分達が作成した小論文を一つの冊子にまとめるという作業を行いましたが、この作業は編集者気分になれて楽しかったです。
私はDaniel Keyesによる”Flowers for Algernon”と、小尾芙佐による工夫の凝らされた日本語訳『アルジャーノンに花束を』について比較した論文を執筆しました。他にも原作と映画作品のジャンル間翻訳について書いた人や、ディズニー映画のタイトル翻訳について書いた方もいました。
初ゼミを通じて、基本的ながら決して疎かにしてはいけない「正しい」論文の書き方を身に付けられたのは良かったです。初ゼミでは、私のように希望通りの授業にならなかった人でも、講義の中で興味深い発見ができると思うので、これから受ける皆さんにはぜひとも意欲的に取り組んでもらいたいと思います。
(文Ⅰ・1年)
現代民主主義の思想的問題、ポピュリズムを手掛かりとして 森政稔教授(総合文化研究科)
ポピュリズム、多文化主義、格差社会と貧困、政治的コミュニケーションといったテーマのうち、自分が興味を持つものを掘り下げる授業でした。この授業を希望したのは、最近何かと世界的にポピュリズムが話題になることが多かったからです。授業では選んだテーマごとにグループ分けがなされました。各グループに与えられた2冊程度の本をメンバーで分担して読み、自分が読んだ箇所について授業で発表するという流れです。担当者の発表の後、先生や他の学生との質疑応答があり、その後先生が補足説明とコメントをするという形で進みました。例えば高校や大学が職業訓練的な役割を果たすべきなのではないか、という教育についての他のグループの発表には大変刺激を受けました。
授業の中で学生が主体的に動く機会は発表のときくらいでしたが、中には先生に質問をして熱心に議論している人もいました。このように積極的に発言する熱心な人とそうでない人のモチベーションに差があったのが課題ですが、やりたくない人を無理やり授業に参加させるメリットはないので、現状維持で良いだろうと私は思います。
大学では高校までと違い、自分で問題やテーマを見つけて調べる機会が多いです。その練習ができると思えば、多少課題はあるにしろ初年次ゼミナールは大変良い機会だと考えます。
(文Ⅰ・1年)
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満足度が高いという人もいれば課題を指摘する人もいる。初ゼミを受けた学生の感想は人それぞれだ。しかし多くの人が大学の学問の入り口として、初ゼミは最適な授業だと口をそろえる。導入授業としての初ゼミの最大の目的はおおむね達成されているといえるだろう。
しかし、まだ全ての学生が満足している状況ではない。前回の教員へのインタビューからも、解決すべき問題が残されていることは確かだ。今年で開始3年目を迎えた初ゼミ。その挑戦はこれからも続いていく。
【初年次ゼミナール特集企画】