五神真東大総長が進め、日本初の試みとして、そして大学の新たな財源確保策として注目される債券・東京大学FSI債(以下、大学債)の発行。10月16日に発行され、発行予定額200億円に対し6倍を超す1260億円の注文が集まるなど、大きな社会的注目を集めた。償還期限が40年の超長期債である大学債は、今後東大をどのように動かしていくのか。発行実務に当たった坂田一郎副学長(経営企画、企画調整)に話を聞いた。
(取材・高橋祐貴)
大学債発行は、五神総長が進めている、SDGsに沿った多数のプロジェクトから成る未来社会協創(Future Society Initia tive:FSI)のためだと坂田副学長は強調する。「FSIのビジョンに共感してくれる人たちを作ることが大事なのであって、お金の調達が第一義ではありません」。40年後の東大の価値を最大化するため、自由裁量で投資ができる資金を得るのだという。FSIの枠組みを活用して、社会問題解決に貢献するソーシャルボンドとしての評価を受けた点も、世界の大学債の中で類を見ない特徴だ。
調達した資金は、キャンパスのリノベーションに最優先で用いる予定だと坂田副学長は話す。新型コロナウイルス感染症の流行下(コロナ禍)で対面での活動が制限される中、リモート学習やオンラインと対面を組み合わせたハイブリッド授業にも配慮したキャンパスのスマート化を今後数年かけて目指す。コロナ禍以前から大学債で得た資金によるキャンパスのリノベーションを考えていたが、偶然コロナ禍が重なり、結果論としてコロナ禍に対応したキャンパスのスマート化にかじを切ることになったという。「もし大学債を発行していなかったら、国に柔軟な補正予算を組んでもらわないとリノベーションはできなかったでしょう」
その他、東大の国際的な求心力向上のための大型先端研究設備として、素粒子物理学で期待のかかるハイパーカミオカンデ計画や、チリで建設が進むアタカマ天文台計画などへの投資が想定されている。しかし「具体的な投資計画はこれから決めることになる」という。現在、文理双方の各部局から100以上の提案が集まっており、これらの中から優先順位を考え投資していくことになる。
借金をする以上、問題となるのは償還計画だが「今回は手堅い償還策を考えています」と坂田副学長。寄付金の資金運用高度化や、土地・施設の貸し出しなどで得られる余裕金を償還に当てる。既にこれらの施策で年10億円のキャッシュフローが確実に見込めるようになっているという。「大学債で集めた資金の投資対象から生まれる利益には頼らず、既に生み出している10億円から準備金のような形で積み立てていくことを想定しています」
大学債の発行は「先行投資」であると坂田副学長は力を込める。「例えばキャンパスのリノベーションも、10億円しかなければ一部しかできません。『皆さんのところはあと5年待ってください』ではまずいので、先に資金集中して思い切った投資をすることが必要です」
今後も大学債は継続的に発行していく。五神総長は10年で最低でも1000億円の発行を考えているという。この額は、2004年の国立大学法人化以降、年度あたり100億円減らされた運営費交付金の10年間の減収分に相当する。ただ東大の事業規模自体は競争的資金の獲得などで15年前と比べむしろ拡大しており、財政的には余裕がある。「お金がないから資金を集めるのではなく、(運営費交付金のような)比較的自由に使える資金を集める」ことが主旨だという。
40年期限の大学債を10年で1000億円発行するとなると、年間10億円の余裕金では償還が追い付かない。この点は余裕金がさらに拡大していくことを見込んでいるという。
大学債が今後他の大学にも広がることを坂田副学長は期待する。2021年1月をめどに、全国の国公立を中心とする大学関係者に対し大学債発行の知見を共有するカンファレンスも企画中だ。東大が日本で初めて大学債を発行したことにより金融市場での大学債の評価が高い水準に定まったため「次に大学債を発行する大学は発行しやすくなっていると思います」
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