「中国や韓国の学生の世界認識のリアルさに比べたら、日本人の学生はなんにも世界を見てない。東大生をはじめ日本の学生は世界を知らなすぎる!」
二次試験まで残り29日となった。「東大生が受験生に伝えたいこと」をコンセプトに行っている受験生応援記事、第二弾の今回は、2014年9月に公開した小林康夫先生のインタビューを再掲する。
1986年から東京大学で教鞭をとり、人文科学を学ぶ学生なら知らない者はいないであろう小林康夫先生。今年度(当時:2014年度)で退職する知の巨人に、今の学生が考えるべきことや、これからの人文科学の行く末について話を聞いた。
第二回のテーマは、日本の大学生やトップ校を目指す高校生に考えてほしいことである。
〈自分で新しいリアリティをデザインできる時代〉
人文科学者を取り巻く環境が変わってきているという話をしたけど(インタビュー前編)、人文科学系じゃない学生にとってもそれは同じだよね。グローバル資本主義が世界を席巻していくなかで、優秀な学生の進む道も大きく変わってきている。
昔は経済が巨大産業に立脚していたから、大企業や国家機関のような大きくて重いタイプのものに身を置くことが出世の道だった。多くの優秀な奴がその道に入っていった。でも今や、そのような大きな組織がほとんど没落しつつあって、むしろ非常に小さなネットワークとか、新しい資本の流れの創造というようなことが魅力的に見える時代になってきた。
自分で新しいリアリティをデザインしていくような形で、既製のものによりかからずに何かを作っていく道が開かれている。巨大資本に頼らなくても小さな資本から初められるのが、今の成熟したグローバル資本主義の大きなポイント。だから優秀な人はその選択肢に流れていく。
〈東大は幼稚園〉
僕はある奨学金の選考委員をしていて、毎年多くの日本人や海外の学生の選考をする。彼らと話して感じるのだけど、中国や韓国の学生の世界認識のリアルさに比べたら、日本人の学生はなんにも世界を見てないよ。選考でも、「スケートやってました」だの「テニスやってました」だの、何一つ世界がどうなっているか言わない。驚くべきだよ。
中国人の学生が、自分は今の社会でどう生きてきて、日本はどういう国で、日本と中国をつないでどういうことをやろうとしているのか、はっきり二十歳で言えるのに、東大生はなんにも言えない。東大入ったらOKだと思っている。
この国がある程度マーケットがあって、ある程度成熟した社会だから、危機感を抱いていないんだろう。日本社会でうまくやれば大丈夫、自分は東大入って勝ち組だからテニスやって遊んでりゃなんとかなると思っている。ありえないでしょ。
この日本社会そのものが危機に瀕しているという認識を持っていない。この調子じゃもうすぐ無くなるよ?東大も日本も。なんでこんなに認識が甘いのか。中国の学生たちは、シビアに世界を見ている。「そんなに現実主義的じゃなくても。ちょっとはロマンを持ちなさい」と言いたくなっちゃうくらい。東大なんて幼稚園みたいなもんだよ。
〈情報でなく本を読め〉
世界の現状について自分なりに認識して、物事を考え判断するためには、本を読まなくてはならない。「情報ではなく本を読め」だ。ただ情報・知識を得るだけでなく、本を読むことで考え方を学ぶ必要がある。
感受性豊かなうちに本をひたすら読んで、人文系の思考を作っていく。それをしなくては今まで言ったような、これからの人間存在のあり方といった問題を本気で考えることは出来ないよ。
本も読まずに人間とは何かなんて、一昨日来いだよね。一年間300冊を10年間読んで初めて見えてくる世界がある。それだけ本を読んで、ちったあ何か考えられるようになるっていうもんだよ。
〈東大に受かりたければ、受験勉強と関係ない本を読め〉
誰も考えたことないことを考えるような頭を作るのって、大学入ってからじゃ遅いんだよ。全国の高校生には、高校の三年間が自分の知的な脳を作っていく上で、ものすごく重要な時期だってことを知ってほしい。
受験勉強というのは、知的な頭を作るあり方の一つに過ぎなくて、高校時代にやるべき勉強というのは、大学合格のための勉強だけじゃない。自分の脳を、試験問題を解くためだけの脳にしちゃダメだ。
東大に受かるためには、受験勉強と関係ない本を読め。それが一番近道だよ。東大の試験問題はバカな暗記モノ聞いてないもん。考えるアタマがあるかどうかを判定しているんだ。試験問題を解いているうちは、脳は大して発達しない。新しい事態に直面して初めて脳って発達するんであって、回答がわかっているようなこと考えても脳は発達しませんよ。
高校時代にそうやって、本を読んで、答えのない問いを考えること。理想を言えば、それを自分で文章化することが重要だ。そうやって物を考える回路を鍛えておくことで、過去の常識が通用しない新しい世の中で、自分の頭で生き抜く能力が身につくんだよ。
***
この変わりゆく社会がどこに向かっていて、これからの時代を人間はいかに生きるべきなのか。小林先生の言葉からは、その問いを自分の頭で考えろという、我々若い世代への強いメッセージが感じられた。 社会に課題は山積みで、私たち一人一人は救いがたく無力に見えるが、まずは考え、学び、判断することから始めなくてはと、決意を新たにした。
今年度(当時:2014年度)で退職なさる小林康夫先生のインタビューを、前編と後編にわけてお伝えした。
(聞き手 須田英太郎)
前編:これからの時代の人文科学の役割とは? 小林康夫先生退職記念インタビュー(前編)
この記事は2014年9月の記事の再掲です。