漫画作品の裏には編集者がいる。漫画は作家と編集者が二人三脚で作るものとも言われるがその実態はどのようなものだろうか。東大卒業後小学館に入社し『チ。 -地球の運動について-』や『映像研には手を出すな!』などの話題作を担当してきた漫画編集者である千代田修平さんに、編集者の仕事や魅力について話を聞いた。(取材・佐藤健)
「天才」を信じ愛し抜く
──編集者を目指したきっかけは何ですか
大学時代5年間演劇活動をしていて、2年の冬まで東大の劇団に所属した後、自分でも劇団を立ち上げ、脚本や演出、キャスティングをして公演を行っていました。その時自分がすごいと思う人を集めて、観客にその人たちのすごさをうまく伝えるようにすることがとても楽しいと感じたんです。そこから天才をプロデュースしてみたいと思うようになって、二人三脚で作家に寄り添える漫画編集者が一番近くで天才をプロデュースできると思い目指しました。
──「天才」とはどのような人ですか
単純に「めちゃくちゃ面白い人」というのもありますが、自分が長い時間考えてやっと思いつくかどうかということをすぐに思いつく人の事かなと思います。僕は自分のことを秀才だと思っています。天才のアイディアはその人にとっては当たり前かもしれないですが、考え方や生き方の文脈そのものが違う僕のような秀才には到底たどり着けないと思わされます。
──編集者の仕事にはどのようなものがありますか
大きく分けると、面白い漫画を作ることと、それを売ることの二つの仕事があります。前者は作品ごとに作家と何度も何度も打ち合わせをすることになります。後者は例えば、宣伝のための打ち合わせや、キャッチコピーや表紙など単行本についての打ち合わせ、作品の内容に関する取材などを行います。明確なスケジュールがあるわけではなくかなり流動的です。
入社当初は他の編集者から作品を引き継ぎ、サブ担当という教育係に補助についてもらい打ち合わせの仕方などを学びながら担当しました。それ以外にも雑誌の記事ページや目次ページの作成など、雑用と呼ばれることも行います。入社1年目の冬に初めて連載を一から立ち上げ始めました。その時は作家さんの企画をそのまま採用することになって、2年目の春に連載を開始しましたね。連載の立ち上げは、自分で作家さんの魅力や持ち味を基に題材を提案する場合や作家さんに案を出してもらって選ぶ場合など、作品によってさまざまです。
──打ち合わせでは編集者の意見はどのくらい反映されますか
作家さんが納得してくれるかどうかによってさまざまです。作家さんの案をそのまま使うこともありますが、自分の意見が反映されることもあります。自分の意見を言うときは根拠を明確にして論理的な対話ができるようにしていますね。作家さんに自分の意見を理解してもらった上で、好みの問題で意見が合わないときは、僕は作家さんを尊重するようにしています。
編集者と作家が完全に同じ方を見て進めることはないし、読者にとってもどっちの意見が採用されたかはどうでもいいですよね。なので、連載を立ち上げるときも連載中の打ち合わせでも、僕の意見が反映されたかにかかわらず最終的に面白い漫画ができればそれでいいと考えています。
──作家との作業の中で心掛けていることはありますか
作家さんの才能を信じ、愛し抜くことを一番に心掛けています。手を抜こうと思えばいくらでも手を抜ける仕事なので、自分が天才だと感じた作家さんを信じ、愛し抜くことができないとやっていけないと思います。逆にそれさえできれば、作家さんと意見が食い違ったり、けんかしたりしようとも問題なしです。
──担当されている『チ。 -地球の運動について-』は地動説や異端審問を扱ったかなり専門的な内容ですが、編集者として下調べはどのように行っていますか
作家さんがとても勉強家で、作品を書くに当たり、事前に関連する書籍を読んでくださっていたので僕が調べることはありませんでした。
作家さんや自分の知識量、作品の題材によって下調べの仕方はさまざまですが、関連する書籍を読む場合や大学の教授のような専門家に話を聞く場合、現地取材を行う場合などがあります。『チ。 -地球の運動について-』では天文系の雑誌を作っている方に序盤の考証を依頼したり、最近の展開で活版印刷術が登場するので博物館に行って取材したりしました。
──担当作品はどのようにして決まりますか
編集部全体の仕事のバランスを考え編集長など上司からの指示で決まることもありますが、この人の担当をしたいという希望が反映される場合もあります。自ら立ち上げた場合は当然自分が担当することになります。新人作家の場合は作品の持ち込みや月例賞、SNSでのスカウトなどを通して担当が決まります。
──映像化などメディアミックスの際、編集者の仕事はどのようなものですか
作家さんは忙しいので、ある程度権限をもらって、代理人として振る舞うことが基本となります。宣伝会議や製作委員会、プロデューサーや脚本家、グッズ担当とも話すし、アフレコや撮影の現場に出席し、意見を求められたりもしました。自分では答えられないことは作家さんに聞くこともあります。担当していた『映像研には手を出すな!』は2020年にアニメ化と実写化両方があったのでその年はそのことにつきっきりでした。
監督やプロデューサー、映画に出演したアイドル、楽曲を作成したアーティストなど、その道のプロと少しですが関われたことは刺激になりました。
時代の変化を乗りこなせ
──週刊ビッグコミックスピリッツ編集部から漫画アプリ「マンガワン」の事業室に異動しました
担当作品の媒体が変わったことで、自由が利くようになったと一般的に言えると思います。雑誌の場合ページ数が決まっていたり、印刷会社に入稿するために2、3週間前には原稿を完成させないといけなかったのですが、アプリだと作品によって更新する曜日や頻度が違い、ページ数の指定がないだけでなく、更新前日に内容を変更することや休載することもできます。
さらに、雑誌よりも圧倒的に多くの読者に作品を読んでもらえる機会があるというのもアプリの特徴だと思います。
──自らSNSで発信をしたり、インタビューを受けたりされていますがその目的や意図はどのようなものですか
担当作品の宣伝を目的としている編集者も多いですし、僕も宣伝をすることはありますが、主な目的は作家さんに自分を知ってもらうためです。作家さんがどの編集者と組むかはかなり作品の出来を左右すると思っているのですが、編集者がどんな人かよく分からないまま組むことが実際にはよくあります。インタビューを受けることで僕の漫画制作に対しての考えや趣味、性格など、どんな人間であるかを伝えられればと思っています。それによって、作家さんにこんな人がいるんだという選択肢を提示し、僕のことを良いと思った人に選んでもらうことが目的です。その他にもTwitterのDMやPixiv(イラストコミュニケーションサービス)を通して気になった作家さんに連絡を取るためにも使っていますね。
──近年出版業界が変化していく中でこれからの漫画編集者の役割や在り方はどうなっていくと考えていますか
大前提として面白い作品を作らなければいけませんよね。その上で作品を広めていく方法が既存のものだとなかなかうまくいかないことが分かってきているので、編集者という枠を超えていろいろな方法を試していくことが必要だと思います。SNSでの宣伝に力を入れる人もいれば、ゲーム業界と組んで大きなIP(ゲームやキャラクターなどの知的財産)を作る人、新人漫画家を育てるためのアプリの開発をする人もいるかもしれません。正解は誰にも分からないですが、より面白い作品を作り、売るためだったらなんでもすべきだと思います。
その時代に生きている人に商品を売っている以上、編集者含めあらゆるプロデューサーは、時代のトップランナーでないと消費者に魅力を伝えることはできません。どんな方法でもいいので常に新しい時代に着いていき、乗りこなせるような人であるべきだと思います。
──編集者の魅力について教えてください
めったにいない天才と仕事ができるし、仕事以外にも天才とおしゃべりできるのが一番の魅力だと思います。天才と話しているだけで自分の人生が豊かになり新しい世界の見方を得られます。
友達との会話って、もちろん楽しいですが「そうだよね」という共感で終わってしまうことが多いんですよね。それだと、結局のところ自分の中の意見を確かめて終わるだけで自己完結していると思うんです。ですが、漫画家という天才とはただの雑談の中にもはっとさせてくれるようなことが転がっています。なのでただ話しているだけで本当に刺激になるし、楽しい。自分にはない「外部」として立ち現れてくる天才と話し、サポートできる。編集者という職業はとてもやりがいのあるものだと思います。