政府は2030年度に温室効果ガスを2013年度から46%削減することを目指している。一方、東大は08年度に東京大学サスティナブルキャンパスプロジェクト(TSCP)を立ち上げ、30年度までにCO2排出量を06年度比で50%削減する目標を策定。08年度から 17年度まではTSCP室として、18 年度からは施設部施設企画課TSCPチームとして、CO2 排出量の少ないキャンパスの実現を目指して活動してきた。しかし、毎年発表されている「東京大学環境報告書」によれば、CO2排出量は06年度と比べ増えているのが現状だ。CO2排出量の削減を中心に取り組むTSCPチームと、TSCP学生委員会の委員長を務める増田朱音さん(工学系・修士2年)と池山尚さん(工・3年)に、従来の取り組みやコロナ禍で生じた課題、今後の活動について話を聞いた。(取材・安部道裕)
さらなるエネルギーの効率化を
環境報告書によれば東大のCO2排出量、電力消費量は06年度から増えている(図1)。この要因は東大の教育、研究活動がより活発になっていることと、11年の東日本大震災後に東京電力の原子力発電所の操業が停止し、CO2排出係数(電気の供給1キロワット時当たりのCO2排出量。発電手段によって数値が変わる)が高くなったことだとTSCPチームは分析する。
TSCPチームによる照明のLED化や空調設備の更新などの取り組みによって、CO2排出係数を震災前の数値に固定した場合、CO2排出量は横ばいあるいは低下傾向にある。「06年度の排出係数を基準として、CO2削減の取り組みを評価しています。排出係数を06年度のもので固定した場合、06年度は14万3300トン、19年度は13万8271トンと減少していることが分かります」(図2)。エネルギー効率を評価する基準として用いるのは、建物の単位面積当たりのCO2排出量だ。06年度を100とすると、19年度は77.2と下がっており、エネルギー効率は上昇していることが分かる(図3)。
現在TSCPチームは各部局から光熱費の4%を徴収し、活動資金としているが、それだけでは全ての建物に十分な環境対策を行うのは難しいという。「今後は国からの補助金についても期待したいと考えています」。限られた財源を最大限に生かすために、設備更新などの費用対効果の高い事業を優先して行っていく。
新型コロナウイルス感染症の影響もある。「感染拡大防止のため部屋の換気量が多くなり、空調関連の電力使用量は増加しました」。安全、健康に関わるためやむを得ないが、可能な範囲で対策を講じていくと話す。また、キャンパスの利用が減ったにもかかわらず、コロナ禍以前と比較してベース電力(夜間や休日にも常に消費されている一定の電力のこと)があまり変わっていないことが確認できたという。「1日の最大使用電力は減少しましたが、最小使用電力、つまりベース電力はあまり減少していません。そして、このベース電力の電力量は決して小さくありません」。今後ベース電力の内訳を調査し、消費量を減らせるところがないか探っていくと話す。
一方で、オンライン授業が主流になったことで、20年度の電力総使用量は減少。特に講義棟の多い駒場キャンパスは、利用しない建物や教室が増えたことで、10%前後減ったという。これを受けキャンパスのコンパクト化などを考えているかと質問すると「確かに利用する建物を少なくするとエネルギー効率は高まり、エネルギー使用量は小さくなります。東大の脱炭素化にはキャンパス内建物の集約化も一つの選択肢ですから検討してきたいとは考えています。ただし、教育研究活動に支障のないように慎重に検討することが必要と考えます」
東大はTSCPが発足した08年度にTSCP2030を策定した。これは30年度までにCO2排出量を06年度比で50%削減する目標である。当初は、新技術の導入や創エネ(太陽光発電などで自らエネルギーを創り出すこと)の導入も検討していたが、現状としてまずは空調設備や照明などの一般設備の改善に重点を置いているという。「一般設備で改善できるところはまだ多くあります。それらのCO2 排出量を削減してから創エネなどを進めるのが一番納得できる形だと思います」。また、新型コロナウイルス感染拡大によって明確になったベース電力の問題に着手し、目標達成を目指していくという。
環境意識の啓発に重点を
15年度に、当時のTSCP室(現・TSCPチーム)は、大学キャンパスのサスティナブル化には大学の構成員で最大の割合を占める学生の参画が必要だとして、サスティナビリティー意識の啓発活動などを行うTSCP学生委員会を設立した。
TSCP学生委員会は「東京大学をサスティナブルなキャンパスにする」というビジョンを実現するために、省エネの推進、サスティナビリティー意識の啓発、共に学び考える機会の提供の三つの活動に取り組んでいる。サスティナブルなキャンパスを実現するには、大学内の消費エネルギーを削減し、CO2排出量を削減することが重要である。大学の研究、教育活動と両立させた省エネルギーの一環として、ドラフトチャンバーのサッシ(sash)を閉めて電力の無駄を減らすことをステッカーやポスターで呼び掛ける「SHUT the SASH」の啓発活動を行ってきた。ドラフトチャンバーとは、化学などの実験で有害物質が漏れることを防ぐための設備である。ドラフトチャンバーのサッシを開けたままにしていると、余分に室内の空気を吸い込み室外へ排気し、冷暖房にかかる負荷が大きくなってしまう。
増田さんと池山さんは「一般的なオフィスビルでは全体の消費電力量の3、4割は冷暖房によるものと言われています。一方、大学のドラフトチャンバーがある建物は、室内で熱が発生すること、かつ室内の給排気が必須であることから、オフィスビルよりも空調負荷が大きくなり、消費電力量も多くなると考えられます。ドラフトチャンバーは前期教養課程の基礎実験でも使用される機器であり、実験機器として東大生が接しやすいものです。実験室に多く見られるドラフトチャンバーにまずは着目し、実験室での省エネの啓発として『SHUT the SASH』の活動を始めました」
ただし、活動の効果がどのくらいあったか具体的な検証はできておらず、課題として認識しているという。この課題に対し「『SHUT the SASH』による電力消費量の削減効果そのもののデータはないももの、TSCPチームによってドラフトチャンバーの開口率を小さくすることで冷暖房の消費電力の削減効果がどの程度期待できるかということの試算ができています。一部の建物の消費電力量に占める冷暖房の割合のデータと組み合わせることで、大きな消費電力削減効果が期待できると考えています」
新型コロナウイルス感染症の拡大によって新たに生じた環境問題として空き教室での電力ロスを挙げる。「20年度はAセメスターになって駒場Iキャンパスの教室が解放されましたが、使われていない教室の電気、空調がつけられたままになっていました」。オンラインイベントに参加した学生から、少人数で広い教室を利用することをもったいなく感じるという声が上がったという。これを受けTSCP学生委員会内の駒場生が電力ロスの問題に興味を持ち、調査を始めた。少人数での教室利用は、感染症対策としては有効かもしれないが、エネルギー面では適切とは言い難い。空き教室の利用状況を調査し、エネルギー問題も考慮してガイドラインを改定していくべきだと話す。
TSCP学生委員会の活動の一つに、サスティナビリティー意識の啓発がある。これまで、ポスターの掲示やガイダンスでのハンドブック配布、ウェブサイトの作成といった広報活動を行ってきた。本年度からは、コロナ禍によってキャンパスに来る学生が減ったことを踏まえて、SNSでの意識啓発にも注力しているという。学生がよく使うツイッターに力を入れ、カジュアルな発信用アカウントを新設。学内に掲示しているものを紹介したり、環境問題への意識向上のためにクイズを出題したりする企画を行っていると話した。今後は、環境問題への関心が薄い層に働き掛けるため、より一層工夫してサスティナビリティー意識の啓発活動を行っていく。
もっとも、新型コロナウイルス流行による影響は悪いものばかりではなかったという。「今までは本郷キャンパスが主な活動場所で、イベントなどを開催した場合、参加者は本郷キャンパスに通う学生が中心でした」。今年はオンラインで開催した結果、駒場キャンパスに通う学生の参加も見られた。他にもオンラインによる活動が基本となったことで海外大学との交流の機会を設け、先進的な取り組みを吸収することが可能に。学内の他の環境団体とのネットワークの構築も進んだ。
今後の目標について増田さんと池山さんは「今まさに社会ではサスティナブル化への要望が高まっていて、キャンパスのサスティナブル化には追い風が吹いていると思います。この風に乗り遅れないように、少しでも環境問題に関心がある人が活動できるよう場所を提供したり、環境問題に関する情報を提供したりしていきたいです。キャンパスの省エネのために、TSCPチームと連携を取りながら実効性の高い活動を実施していきます。学内のエネルギーのデータの分析や、他大学の取り組みの調査などを行った上で行動へ移すことで、真の意味で問題解決につながる取り組みを実行することを意識していきます」と話した。
【TSCP学生委員会より】
現在TSCP学生委員会では、他の環境系団体とも連携して、①
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