2024年の大河ドラマ「光る君へ」。紫式部が主人公となる本作は、平安貴族の世界を描く初めての大河ドラマとなる。「光る君へ」の時代考証を務めるのは、日本古代史・古記録学を専門とする倉本一宏教授(国際日本文化研究センター・総合研究大学院大学)だ。大河ドラマの見方や、日本古代史研究の魅力、歴史への向き合い方について話を聞いた。(取材・山口智優)
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研究者を目指したきっかけや、平安時代の「リアルな歴史」を学ぶことの重要性について聞きました。取材こぼれ話も合わせて掲載しています。
史実とドラマは別物 区別して楽しんで
──紫式部が大河ドラマになりますね
紫式部が大河ドラマになると聞いた時はうれしかったです。大河ドラマでちゃんとした人物像が描かれることで、世間の人の関心が向くことになればありがたいですからね。また、普段は日の当たることが少ない平安時代史の研究者仲間にも活躍の場が与えられて、平安時代史研究の業界全体が盛り上がるのは良いことだと思いました。
合戦シーンの撮影にはお金がかかるから合戦のない時代が選ばれたという人もいますがそれは大間違いです。平安時代で大河ドラマを制作するとなると衣装代がとても高いです。なぜ紫式部を選んだのかはNHKにしか分かりませんが、紫式部が女性であることに加え、平安時代で文化人が主人公となるのは初めてなので、NHKはそういった面での新規性を狙ったのではないかと思います。
日本人はとにかく歴史というと戦国時代や幕末、明治維新にしか興味がない人が多く、大河ドラマも今まで戦いの歴史を描いてきました。「光る君へ」は、日本の歴史の中には平和な時代もあったのだと提示する点で意義があると思います。また、紫式部の『源氏物語』は非常に有名で名前は誰でも知っているはずですが、全部読んだことがある人はほとんどいないのではないでしょうか。国際的にも評価の高い作品ですから、これを機に『源氏物語』に対する関心も高まると良いなと思います。
──そんな「光る君へ」に、倉本さんは時代考証として関わっています
大河ドラマはフィクションを多分に含むとはいえ、かなり多くの人が見る番組です。見ている人が、ドラマ中の全くあり得ないような設定やシーンを見て「平安時代は本当にこうだったんだ」と思ってしまうと困ります。史実と異なる設定に歯止めをかける役割を担わなければならないと考え、引き受けることにしました。誤算だったのは、ここ最近は毎年3人くらいで分担している時代考証ですが、今年はどうも私1人しかいないらしい。1人で3人分、仕事をしなければならないため非常に大変です。
──時代考証とは、具体的にはどのような仕事をするのですか
まず、脚本家の下にいるリサーチャーという助手が私にメールで送ってくる質問に答えます。それを基に脚本家が台本の基になるものを書くので、ここは史実に合わないというところに赤を入れて返します。こうして最初の台本ができると、それを基にして考証会議が開かれます。この台本にもおかしい部分がありますから、それを一つ一つ訂正して改訂版の台本ができ、さらに気になった点は指摘をします。こうして役者さんの手に渡る台本ができるわけですが、それを見ているとやはり変だというポイントが出てくるので指摘し、最終的な台本に至ります。
ストーリー自体の著作権は脚本家にあるので、あまりこちらの要求で変えると脚本家の権利を侵すことになります。あらすじは変えないようにしつつ、動きや持ち物、設定、セリフなどの細かい点の訂正をするのが私の役割です。
──史実を基にしたドラマでは、ドラマの面白さと史実に対する忠実さのバランスが課題となります
あまりにも史実に反しているストーリーはやめてほしいと考証会議で言っているのですが、受け入れてもらえない場合のほうが多いので、一応言うだけ言ってはおくという立場を取っています。史実がどうだったか分からない部分を創作するのは自由ですが、史実が分かっているにもかかわらず、それに反した描き方をするというのは良くないですからね。平安時代には『大鏡』や『栄花物語』などフィクションを多分に含む作品や『今昔物語集』などの説話集があり、道長もよく登場しますから、これらの作品を基に脚本が作られがちです。見る人がそれを史実だと勘違いしてしまうと困るので、あらすじをどうしても変えられない場合には細部の変更を提案するなど、妥協点を見つけるための交渉が続いています。
「光る君へ」は、紫式部と道長が幼なじみだという設定から出発しているのですが、実はそもそもこの設定自体が史実に反します。NHKが制作発表の段階で発表してしまったため変えられないので妥協することにしましたが、実際には、2人が幼なじみだったということも恋仲だったということもあり得ません。
──大河ドラマなどで歴史の一部分が映像化されることのメリットとデメリットはそれぞれどのような点にあるのでしょうか
その時代をイメージしやすくなるというメリットがあるのは確かだと思います。特に平安時代の場合、装束や室礼(しつらい、調度のこと)を忠実に再現すると、この時代はこういう生活をしていたんだな、と分かってもらえます。
デメリットは、人物像が固定化してしまうことです。本来、歴史上の人物の本当の姿は分からないのですから、文章のみに基づいて頭の中でイメージされるべきです。しかしドラマの視聴者の中には、作品中で登場人物が動き話している様子を実際の人物像だと思ってしまう人がいます。演じる役者が他のドラマや映画に出演しているとそのイメージを引きずることもあるので、映像化は本当に危険だといつも感じています。
──視聴者にはどのような点に注目してドラマを見てほしいですか
紫式部については、なぜ『源氏物語』のような大作を書くことができたのか、ということをよく考えてほしいです。道長に関しては、傲慢(ごうまん)な権力者というイメージが戦前からあるのですが、当時の正確な史料(古記録)を読み解くと、実際には非常に気持ちの弱い人で、しかも気配りのできる人だったことが分かります。そういったところは見直してほしいです。
また、ドラマと史実が違うという指摘をインターネット上でする人が増えているのですが、そういった見方ではなく、ドラマはドラマとして、史実は史実として楽しんでほしいです。脚本を担当される大石静さんはラブストーリーの名手ですから、ドラマはそういうものだとして楽しむべきです。史実に関しては、できれば私の本をめくりながらドラマを見てほしいです。実際の歴史はこうだったんだな、この部分はこういう風にドラマにしたんだな、というのを知るのはとても重要なことですし、面白いと思います。
【記事追記】2024年1月10日午後3時8分、後編の内容紹介を追記いたしました。