キャンパスライフ

2018年10月11日

読書を、仲間たちとともに 読書会、ビブリオバトル……それぞれの工夫

 読書と聞くと、個人的に黙々と取り組むものと思われる方が多いはず。しかし昨今、読書の新たな取り組みが広がっている。大人数で本を片手に感想を語り合う読書会や、参加者が本を紹介し合い、最も読みたくなった本を決める ビブリオバトルはその好例だ。今回の企画では、日本最大級の読書会の主宰者、千葉県柏市でビブリオバトルを開催している図書館に取材。一人での営みにとどまらない、読書の新たな可能性を探った。(取材・吉良椋)

 

読書会 読書を「かっこよく」見せる

 

 

 山本多津也さんが主宰する「猫町倶楽部」は、 2006年に名古屋で小規模な読書会として始動後、東京、京都、福岡など各地に展開している。今では1万1千人以上の会員 を誇る、日本最大級の読書会 組織に成長した。ジャンルも ビジネス書、文学、芸術、哲学、R-18 に至るまでさまざまだ。ここまで組織が拡大した理由について山本さんは 「想定外でした」と笑いつつ、「家族や社会などの共同体が不安定になっていく中で、人とつながる場所が求められていたのかもしれません」と話す。

 

山本多津也さん(「猫町倶楽部」主宰)

 

 読書会では単に集まって読書をするだけでなく、一風変わった試みも。読書会の分科会の一つ、「文学サロン月曜会」では、課題図書に合わせてドレスコードが設定される。例えば坂口安吾の『堕落論』が課題図書の回は、「デカダンス(退廃)」をテーマに 各々が趣向を凝らした服装で参加。他にもジャズやDJプレイを組み込んだイベントも実施する。「難解、しかし価値のある『汗をかく読書』が創設当初のテーマでしたが、骨のある読書を継続するには楽しくないといけない。読書会自体をコミュニティーとして魅力あるものにしなければ、と考えました」と山本さん。 読書に遊びの要素を取り入れ、新たな層の取り込みを目指している。

 

 読書会のルールは二つだけ。一つは「課題図書を事前に読了すること」。難解な本を自主的に読み切るのは簡単ではない。本から逃げない強制力を持たせることが狙いだ。「みんな『課題本疲れ』で大変とぼやきながらも、楽しい場に参加するために読んできますね」と笑う。もう一つは「他者の意見を否定しないこと」。 7、8人を一つの班とし、進行役を中心に感想を語り合う中では、「全然分からなかった」という率直な意見も。「参加者のほとんどの方が人見知りだとおっしゃいます。しかし、話したことを否定されず、うなずいてもらえる場所は居心地が良いのですぐ打ち解けます」。参加者からは「緊張していたけど面白かった」、「自分では絶対に読まない本を読む貴重な経験ができた」などの感想が聞かれるという。

 

 読書への関心が薄れ、活字離れが叫ばれる現代だが、山本さんは違う考えを持っている。アメリカの美術評論家、 グリーンバーグの『批評選集』が課題図書だった読書会に、60人もの人が参加した。美大生でもあまり手に取らない難解な本を、OLやサラリーマンが読んできたのだ。 「人々はきっかけさえあれば、さまざまな本を読みたいと思っているのです。その気持ちに火をつけるのが僕の役目です」。読書会の役割を「対話で身に付く教養」と考えている山本さん。「例えば文学はいくつもの読み方が存在します。読書会で他者の説得力ある意見から気付きを得ることで、 自然に身に付いていきます。これは人生での経験を違う見方で深化させることにつながる。他ではなかなか得難い体験です」

 

 孤独な取り組みだと思われがちな読書だが、手段の一つとして読書会がもっと普及するべきだと山本さんは語る。教育の場で実践されれば、若年層の読書量増加につながる。大人たちの読書会が魅力的ならば、憧れを抱いた子どもが本を手に取るはずだ。 「なぜ本を読む人が減っているのかというと、ひとえに読書をする人がかっこよく見えないからだと思うのです」と熱弁する。読書を単なる「権威」から「かっこいい取り組み」へ。山本さんの挑戦は続く。

 

ビブリオバトル 読書家同士の交流深める

 

 出場者が制限時間5分間で自ら選んだ本の良さを語り、一番読みたくなった「チャンプ本」を決定するビブリオバトル。毎年市内の中高生、大学生を対象としたビブリオバトルを実施している、柏市立図書館の司書、利光朝子さんに取材した。

 

 柏市立図書館がビブリオバトルを初めて開催したのは12年。中高生の利用者数が落ち込む中で、読書推進活動の一環として導入した。当時は市内の10余りの中学校・高校・大学による小規模な大会だったが、年々参加校が増え、今年は総勢30校以上が参加する一大イベントに成長した。参加者増に対応するため、今年度から中学生の発表を3分に短縮。大会のコンパクト化を図りながら開催当初本来のルールに近い形での開催を模索している。

 

 ビブリオバトルは柏市の大型複合施設のホールを貸し切り、100名ほどの前で発表する。出場者にとっては、読書という日の当たりにくい趣味にスポットライトが当たる晴れ舞台。「発表を通して大きな達成感を得る生徒が多いです」と利光さん。過去の大会では、中学生が古典作品、高校生が安部公房など硬派な本を取り上げて観客を驚かせ、大学生が国語辞典を紹介するひねりを見せるなど、刺激的な発表で会場が沸いたという。チャンプ本に選ばれた本は、図書館からの貸し出しが続出する。

 

 読書好きが周りになかなかいない生徒たちにとっては、自分と同じ読書家に出会う貴重な場としての機能も果たしている。「会場を閉じる時間が近くなっても、出場した子同士でいつまでも喋っているのをよく見かけます」と利光さんは笑う。

 

 「自分の好きな本について語ることは、すなわち自分を語ることになります」と利光さん。参加者にはうまく本を語ることを意識し過ぎないようにしてほしいという。「ビブリオバトルは、いかに技巧的に本を語るかを競うものではなく、読みたくなった本を選ぶ大会。自分の本への素直な思いを語ってくれれば、それはおのずと魅力的になるはずです」

 

 

 実際にビブリオバトルに参加し、優勝した東大生にも話を聞いた。山川一平さん(工学系・修士2年)は、小学館主催の大学対抗書評バトルに 東大代表として出場し、見事優勝した実力者だ。

 

山川一平さん(工学系・修士2年)

 

 書評バトルには、小説家河野多惠子の芥川龍之介賞受賞作『蟹』で挑んだ。「いかに読みたくさせるか」考え、本番では自らの研究する古典力学に言及。「F=ma」という単純な式を基本としながら、いまだ解決に至らない問題が多いゆえに研究が続く奥深さを、鮮烈な文章でなく、ストーリーも地味ながら感銘を与える『蟹』になぞらえて発表した。審査員の一人だった、芥川賞選考委員の島田雅彦さんからは「華麗なる一発芸」との選評を受け、「芥川賞を受賞した気分になりました(笑)」と語るほど会心の出来だったという。

 

 「純文学を他人の興味をそそるように紹介する、という行為自体ある種の矛盾をはらんでおり、難しいですね」と 山川さん。とはいえ、難しさ故の深みがあるのも事実。「文学を語ることもまた文学になりえます。ビブリオバトルを文学の一ジャンルとして捉える人が出てくると面白いですね」


この記事は、2018年10月2日号からの転載です。本紙では、他にもオリジナルの記事を掲載しています。

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