学術

2016年10月29日

人間を自由にする大学教育 東大の海外体験活動「ドキュメンタリー制作」の理念とは

 はじめまして。南カリフォルニア大学映像芸術研究科の渡部宏樹です。今回は、東京大学の板津木綿子准教授と協力し2014年から3年間、ロサンゼルスで行った「ドキュメンタリー制作体験活動」が一区切りを迎えたので、私たちの活動と東京大学における教育について二本の記事を寄稿させていただきました。一回目では企画の発案者である私が「ドキュメンタリー制作体験活動」の内容の紹介とその理念について、二回目では引率教員の板津先生が実際の参加学生たちの変化や大学の国際化について記事を執筆します。

 

【企画成立の背景】

 ドキュメンタリー制作体験活動は、東京大学の海外体験活動の一環として実施されています。体験活動とは東京大学が当時の濱田総長の「よりタフに、よりグローバルに」のスローガンのもとに国内外の研究室や海外の同窓会などに依頼して、学生を現場での実習などに受け入れていろいろなことを体験させようという趣旨の企画です。

 

 2013年に始まったこの企画への協力依頼を受け、ロサンゼルスを中心とする東大の同窓会組織である南加東大会も土地柄を生かした企画を立てようとしました。ハリウッドもあることなので「映画を作る」というテーマで募集をかけ参加学生も集まっていたのですが、初年度ということもあり具体的な計画が何も決まらず、実施の一ヶ月前に南カリフォルニア大学で映画を研究している院生である私に役割がまわってきました。結局この年は、私は観光ガイドのような役割を果たして終わりました。

 

 当時の私は日本とアメリカでの大学教育の差やアメリカに独特なフィルム・スクールという制度に衝撃を受けており、いつかはアメリカの大学教育のよい点を日本の大学教育に取り入れたいと考えていました。そのため、当時、学生として授業を受け、ティーチング・アシスタントとして学部学生に授業をする中で温めていたアイデアを使い、翌年からドキュメンタリー制作体験活動を実施することになったのです。

 

【活動内容】

 参加学生たちはディレクター、プロデューサー、シネマトグラファーの3人1組で2チームを作り、それぞれのチームごとにテーマを決めて10日間ほどのロサンゼルス滞在中にインタビューをし、ドキュメンタリー映画を製作します。ディレクターは作品のテーマと方向性に責任を持ち、プロデューサーはアポ取りやスケジュール管理などの実務面を、シネマトグラファーは機材の管理やカメラの実際の操作などを担当します。このように作品をチームとして制作する点が、初年度との最も大きな違いです。

 

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 また、活動期間自体も実際にロサンゼルスに滞在する10日間だけでなく、その前後の数ヶ月も含まれます。体験活動の募集要項は4月に発表され、学生は5月までに応募します。6月までに参加学生の選考を終え、ロサンゼルスに滞在する8月までのおよそ3ヶ月の間、参加者は毎月ミーティングをし、チーム分け、役割分担、テーマの議論、取材のためのアポ取りやスケジュール調整を行います。ロサンゼルスに滞在する10日間は、それぞれのチームに私と板津先生がつき彼らの取材をサポートします。帰国後はチームごとに映像を編集し、12月に駒場での上映会、さらにそこでのフィードバックをもとに再編集し、翌年の春にロサンゼルスでインタビューに協力してくれた方を招いての上映会とロサンゼルスのテレビ局での放送を行います。

 

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【事例紹介:Herstory】

 3年間で計6本のドキュメンタリー作品を制作したのですが、その中から初年度の作品を一つ紹介します。

 

 

 このHerstoryという作品は、「写真花嫁」の子孫にあたる日系アメリカ人に、写真花嫁である彼らの祖母や彼ら自身の結婚観についてインタビューしたものです。20世紀の初頭にはハワイやアメリカ西海岸に日本人男性が移民労働者として滞在していたのですが、家庭を持とうにも、異人種間結婚が禁止されていた当時はアメリカ人女性と家庭を持つことは考えられませんでした。そのため、太平洋を超えて親戚などを通して写真を交換するだけのお見合いで結婚し、まだ会ったこともない新婦をアメリカに呼び寄せるという写真結婚が行われていました。写真花嫁とはそのような形で渡米した日本人女性を指す言葉です。

 

 写真結婚は1919年に禁止されたため、写真花嫁に直接インタビューすることは不可能なのですが、代わりに写真花嫁の子孫たちに彼らの祖母や曽祖母について話をしてもらうという形式になっています。この作品は、写真花嫁や日系アメリカ人の歴史についてよく知らない人にとっては導入部分がとっつきにくく、商業作品と比べれば見劣りする部分も多いでしょう。しかし、一方で、日系アメリカ人の子孫たちが世代を超えてその歴史を共有する瞬間が捉えられており、制作した学生たちが彼ら自身の目でアメリカの社会の一断面をじっくりと観察したことが伝わってきます。

 

【コンテンツ制作能力とチームワーク】

 Herstoryは短い作品ですが、多くの日系アメリカ人に取材をし、話を聞くだけでなく提供してもらった家族写真などの多くの素材を利用して、非常にしっかりとした作品になっています。映像メディアに限らずしっかりとしたコンテンツを作るには多くの時間とお金と手間と知的能力が必要ですが、Herstoryを制作するにあたって、学生たちはリサーチから始め、アポ取りをし、取材相手とコミュニケーションをとり、お礼を言い、情報を適切に編集し、人に分かりやすい形で発信するという「生みの苦労」を最初から最後まで経験しました。本企画の教育目的の一つは、このように自分の力で社会に対して価値のある情報やコンテンツを発信する能力を、実際に手を動かしながら身につけることにあります。

 

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 同時に、コンテンツを制作する上では、チームワークを欠くことができません。それぞれがとても複雑かつ方向性が異なるディレクター、プロデューサー、シネマトグラファーという役割を分担することで、チームとしてプロジェクトを動かす経験をします。例えば、アポの調整やスケジュール管理を行うプロデューサーにとっては、映像のクオリティーを高めようとカメラの設定やライティングの調整に膨大な時間をかけるシネマトグラファーはやきもきする存在でしょう。このように映像作品を制作する過程で生まれる衝突を、言葉を使ってコミュニケーションをとりながら乗り越えることを期待しています。このやり方は、南カリフォルニア大学のフィルム・スクールで実際に取られている方法で、一学期の間3人でチームを組み、上述の役割をローテーションしながら3本のショートフィルムを制作することで、映画制作の現場で必要な役割分担の基礎を複数の視点から学ぶように設計されています。

 

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 コンテンツ制作能力と、とくにチームワークは、多様化していく社会の中でますます重要性を増していきます。われわれが考えるチームワークは、「弱い人間でもうまくカバーすればなんとか使える」ということではなくて、そもそも強弱という対立自体がある特定の尺度を導入しないと出現しない特殊な状況だということです。ディレクター、プロデューサー、シネマトグラファーがそれぞれ異なる立場で、お互いの強みと弱みやそれぞれの意図を理解しながら、交渉や妥協をへてそれぞれの強みを生かして一つの作品を作るという過程を通して、多様性を認める社会の中での働き方を身につけることを目標としています。

 

 

【クリティカル・シンキングと映像制作教育の融合】

 このような実務的な能力に加えて、本企画は批判的な思考能力を鍛える機会でもあります。例年、まず日系アメリカ人の歴史やアメリカにおけるエスニシティーの多様性について講義し、その上で、学生たち自身がリサーチをして作品のテーマを決定するというプロセスを経ています。Herstoryの場合も写真花嫁というテーマは学生たちが自分たち自身で見つけてきたものです。写真花嫁という歴史上の出来事を通して見ることで、恋愛結婚というシステムや人々の結婚に対する考えというものが、自明のものなのではなく、経済条件や国際情勢などに左右されるものであることがわかります。このように、日本の学校教育の中であまり語られることがない周縁的な日系移民の存在について、実際に彼らと直接会って学ぶことで、現在の日本社会の中で「あたりまえ」とされていることを批判的に考え直す契機になります。

 

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 また、映像を制作するということは必然的にメディア・リテラシーを学ぶ機会にもなっています。ミーティングの機会も限られているので映像の作り方を実際にはそれほど教えていないのですが、自分の手を動かしながら映像を作る中で、例えばカメラ・アングルひとつとっても「なぜそうするのか?」ということを常に学生に問い続けるようにしてきました。そうすることで、いい映像を撮るための実践的な知識に加えて、メディアに流通している映像というものがいかに(いい意味でも悪い意味でも)恣意(しい)的な選択の上にできあがっているのかを実践的に学べるようになっています。これはアメリカのフィルム・スクールで一般的な、実際に映画を作る実践的な能力と理論的学術的な能力を両立した人材を育成しようという精神に基づいたものです。

 

 このように、実践を通してメディアや社会に対しての批判的思考力を醸成しようということが、本企画のもうひとつの教育的目標です。安価で扱いやすくなったデジタル技術のおかげで、映像業界への就職を前提としない一般的な大学教育でも、映像制作を取り入れることができるようになってきており、本企画もそういったデジタル・ヒューマニティーズのひとつであると言えます。

 

【人間を自由にするための大学教育】

 実務的な能力と知的な批判能力の両方を鍛えることを企図したのは、「人間を自由にするための大学教育」をしたいという個人的な理想があってのことです。近年の人文科学不要論については私も疑問を持っていますが、とはいえ現実に眼の前にいる学生が大学卒業後にお金を稼いで生きていくためには何を教えるべきかということも考えてしまいます。かといって、いわゆる「即戦力」になるスキルはテクノロジーの進歩とともにすぐに陳腐化し、安価な労働力や機械との競争にさらされてしまいます。本企画は、大学生が卒業後に自由に生きられるようになるためには何を教えるべきか考えた時の私なりの回答です。

 

 これまで企業に就職した友人が長時間労働やパワハラで鬱や自殺に追い込まれる姿をたくさん見てくる中で、今の社会に必要なのは、自分の食い扶持(ぶち)を確保しながら複雑な問題に主体的かつ批判的に取り組み、少しずつでも社会を変えていける市民の厚みだと思うようになりました。だからこそ、まず個人としてこの社会の中で経済的に生き残りその上で様々な社会的拘束から人間を自由にすることができる市民を作り出すことが大学教育の果たすべき役割だと思い、そのためにこのドキュメンタリー制作体験活動を3年間に渡って企画・運営してきました。

 

続き→ ロサンゼルスでドキュメンタリー制作 引率教員が語る学生の成長

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