シンガポールからPEAK生として東大に留学し、現在は教養学部教養学科国際日本研究コース4年に在籍するディオン・ン・ジェ・ティンさん。PEAKとは、初等・中等教育を日本語以外で履修した学生を対象に英語で全ての授業を行う、2012年に東大で始まったプログラムである。ディオンさんは、今年出した著書『東大留学生ディオンが見たニッポン』において、留学生独自の視点から、日本の社会や文化について感じたことを率直に書いている。そんな彼女に、留学の意義や著書に込めた思いについて話を聞いた。
(取材・楊海沙 撮影・須田英太郎)
異文化との向き合い方
――留学する前に抱いていた日本に対するイメージが、実際は違っていたということはありましたか?
留学以前も、日本を9回旅行しました。その時の外国人観光客としての自分と、留学で日本に在留する外国人としての自分への、日本人の接し方のギャップが大きく、驚きました。旅行の時は、サービス業だけでなく一般の方も、英語ができなくても一生懸命に質問に答えてくれました。観光客へのおもてなしですね。ですが、留学してからは全く別の人間のように扱われました(笑)。大学では、周りの人が留学生を避けがちで、積極的に接してくれませんでした。初めのうちは人との交流は表面的なものにとどまりました。大学の外では、日本語を完璧に話さないと、店員さんや銀行員さんに冷たい態度を取られました。
――ディオンさんはご自身の本の中で、日本の文化に慣れるのに苦労したことを書いていらっしゃるのですが、留学先で異文化になじむにはどうすればいいのでしょうか?
まずは留学前にその国の人たちと接触するのが重要です。心の準備にもなるし、関わり方、話し方やマナーなどを事前に聞いた方が、行く前にある程度の覚悟ができて楽になると思います。そして留学中は誰と積極的に接するかが非常に大事です。東大生だったら、日本人のコミュニティから離れて、積極的に自分と違う人と触れ合うべきです。そうする中で、向こうの人たちと仲良くなれると思います。
もちろん最初の苦労は避けられず、それを面倒に思うのはもったいないです。よく外国の文化について知るべきだといわれますが、伝統文化やポップカルチャーよりも、日常生活における習慣を知る方が大事だと思います。
――やはり郷に入れば郷に従うべきなのでしょうか?
自分が無理しない程度ですね。例えば、イスラム教徒の友達は日本の食生活にはもちろん従えず、お酒も飲めないため飲み会にもいけません。ですが、マナーを覚えることなど、他の面で頑張っていました。結局、自分の価値観が守られる限り従っていいと思います。その国での習慣が、ホームの習慣よりも自分に合うということもあります。
東大のPEAK
――なぜ東大に留学しようと思いましたか?
中1から高校卒業まで、学校や語学センターで日本語を勉強しました。シンガポールでは普通、国内かアメリカやイギリスの大学に進学しますが、せっかく日本語を頑張ったので留学先はあえて日本にしました。
文部科学省の奨学金にも受かりましたが、日本に来てから1年間はまず外語大で日本語を学ばなければならず、その時の成績で入る大学が決まります。一方、東大のPEAKは英語で授業が行われます。1年目から教養学部の授業が受けられ卒業が早いこともあり、東大にしました。
――PEAKの良い点や、不満な点はありますか?
PEAK生は皆、私と同じ外国人という共通点があるので、ホームに感じられ寂しくないのが良いです。授業も英語なので、学習面では言語的に苦労しません。
ただ、まだ新しいプログラムなのでPEAKを担当する先生は非常に限られています。リベラルアーツのはずなのに触れる分野も限られます。ですが、研究分野は非常に自由で、自分の研究分野に近い先生が1対1で指導してくれるのはすごく良いと思います。
また、サークルや部活以外で、日本人学生とふれ合う機会が少ないのが現状です。PEAKの授業に参加する日本人学生が少数なため、日本語で議論する機会が少ないです。せっかく東大に留学しているのにもったいないと思います。
留学で、世界観が変わる
――留学するメリットは何だと思いますか?
まず、自分の慣れた環境から一歩踏み出すことで、違う世界や自分を見つけられることです。シンガポールで生まれ育った私は、居心地が良いところから離れて、今までやれなかったことができました。例えば部活で週20時間スポーツをやったりとか(笑)。
また、周りの日本人やPEAKの友達と接する中で、自分と違う考え方にも触れられました。毎日気付くことがたくさんあり、自分の内面の成長につながります。とにかく世界観が変わります。
――ディオンさんの世界観は具体的にどう変わりましたか?
シンガポールにいた時は、何でも一番にならないとダメと考えていました。東京に来てからはアジア系の人や欧米の人と話すことで、人生を楽しみつつ仕事や勉強とのバランスをとる方法を学びました。シンガポールでは勉強ばかり頑張っていましたが、部活やサークルに入ってからは勉強以外のことにも達成感を感じるようになりました。
コミュニケーションでも、気付きがありました。以前は完璧主義で、日本語を話す際に文法や言葉遣い、コロケーションを気にし過ぎていましたが、実際人と話す時は正しさよりも、言いたいことを伝えるのが大事だと学びました。自分の国から出ないと、これらのことを体験したり実感したりすることはできなかったです。
――ディオンさんが留学を通じて成長したことはありますか?
精神力です。シンガポールにいた時は、結構お嬢様みたいなところがありました(笑)。日本で1人暮らしをすることで自己管理能力が身につきました。地元の友達から離れ、自分と全く違う人と仲良くなるのは時間がかかり努力が必要でした。例えば部活ではみんな優しくしてくれたのですが、どうしても最初の1年は見えない壁のようなものがありました。日本語でくだけたコミュニケーションを取れるよう、皆が言ったことを後でひたすらメモして「こういう言い方もあるんだな」と振り返りました。陰で頑張っていましたね。
また、いつホームに戻るのか、家族や自分の将来がどうなるのか初日からずっと悩んでいました。もしシンガポールに残っていたら、こういうことについて考える必要すらないと思います。留学することで、自分のやれること、やりたいこと、やるべきことの三つをちゃんと見極めて、自分の進みたい方向を決めることができるようになりました。
――留学しようか迷っている人に一言お願いします。
「やるかやらないか迷っているときはやるしかない!」です。リスクはありますが、完全に悪くなる可能性はほぼないと思います。失敗は学生のうちならまだ許されるし、そこから学べます。また、失敗慣れもできます。私は、卒業まで残り3カ月で精一杯ミスしようと思います(笑)。
――最後に、著書を通じて読者に一番伝えたいことを教えてください。
本文の引用ですが、「私にとっての留学は、自分にとっての『ホーム』と『アウェイ』を区切っている境界線を探り始める行為だ、と思っています。自分が慣れた環境から一歩踏み出し、縁もゆかりもまったくないところに移り住むことは、精神的な成長と意識の向上につながります」ということを一番伝えたいです。チャレンジすることは自分の成長に不可欠で、自分にとっての常識は他人にとっての非常識かもしれないということを常に意識して欲しいと思います。
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ディオンさんは、とにかく留学で得られるものは大きいと話す。彼女の著書も、留学を通じて得た豊富な経験で詰まっていた。1人で海外に飛び込むのは勇気がいることだが、そこでの成長は今後の人生に生きてくるだろう。皆さんも留学を通じて、自分の可能性を広げてみてはいかがだろうか。