太宰府天満宮といえば「学問の神様」菅原道真公を祭る神社として有名だが、実は道真公は「文化の神様」でもあると知っているだろうか。これにちなみ境内には現代アート作品が飾られたり、アートワークショップが開催されたりと芸術も楽しめる場にもなっている。この文化芸術事業を主導しているのが太宰府天満宮宮司の西高辻信宏さん。東大文学部出身でもある西高辻さんに学業成就祈願の場としての太宰府天満宮の実態や、文化芸術事業の目的、東大在学時の思い出を聞いた。(取材・葉いずみ)
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──文化芸術事業で特に印象に残っているものは
11年に太宰府天満宮アートプログラムに参加したライアン・ガンダーさんが印象的です。彼はコンセプト(概念)をもとに作品を作るコンセプチュアルアーティストとして知られています。作品制作の過程で、日本人は「目に見えないもの」を大事にしていると気付きました。例えば仏教では仏像、キリスト教ではマリア像や十字架に向かって祈るのに対し、神道では神社で目に見えない神様に祈り、他人への気遣いや思いやりといったものも大切にします。彼はこうした目に見えないものをテーマに作品を作りました。アーティストの新たな視点から私たちが気付きを得たり、それがアーティストの制作にも影響を与えたりという相互作用が生まれています。
──宮司として日々の祭事だけでなくさまざまな事業に取り組み、忙しすぎることはありませんか
若い頃はがむしゃらでしたね(笑)。歳を重ねると若い頃のように無理できなくなりました。他の職員と協働し、最初は自分にしかできなかったことや、自分のみにあった外部との関係を少しずつ広げています。例えば私が外部の人と会うときは他の職員も同席してもらうなどです。私がやりたいことを周囲に理解しやすくし、私が不在でも仕事を進められるようにしています。
──23年2月から約3年半かけて御本殿を改修します。改修計画について教えてください
明治期以来約125年ぶりの大改修になります。期間中は仮殿を御本殿の前に造り、御神様をそこに移して祭典や御祈願をする計画です。御本殿は覆い隠されますが、改修期間だからこそ来たい、お参りしたいと思える仮殿を造る予定です。詳細は今年の11月ころ発表予定なのですが、現代を代表する建築家と話し合い、準備をしています。また、伝統的手法で行われる御本殿の改修工事の様子を見られる機会もつくろうと検討しています。
──文化芸術事業を行う中で一貫しているテーマは
まずは道真公に喜んでもらえるものであることが第一です。加えて参拝者やアーティスト、職員など、事業に関わる人全員にプラスになる形を目指しています。
芸術事業の原体験となった東大の授業
──東大入学以前は太宰府天満宮や文化・芸術にどのような関心を持っていましたか
天満宮の宝物を見ていたため幼少期から美術に興味がありました。中高時代の美術の先生の影響も大きいです。中学の美術の初回授業で、自分の顔の右半分を右手、左半分を左手で描くように言われました。普通だと利き手で描いた、実物に似ている絵の方が評価されますが、その先生は利き手でない左手で描いた絵の方が、線が柔らかく良いとしました。私はこれに衝撃を受け、アートとは自由であり、いろんな切り口から物事を見たり考えたりできると気付きました。中学ではサッカー部でしたが、美術室に出入りし、高校では美術部に所属しました。
──宮司を継ぐことを意識したのはいつからですか
太宰府天満宮は道真公のお墓の上に建つ神社であり、代々祖先が宮司として守ってきましたが、中学時代は別の進路に進みたいと思うこともありました。そんな中、高校生の時に父が突然体調を崩したことで将来を真剣に見つめ直し、自分の中に太宰府天満宮への強い思いがあると気付いて継ぐことを決めました。
──東大受験の理由と受験の思い出を教えてください
太宰府天満宮の宮司を継ぐ前に視野を広げるために東京に出たいと考えました。歴史的なものに興味があったので、そうした学科に進みやすい文IIIを受験しました。
受験の思い出としては、やはり道真公に熱心にお参りし、当日もお守りを持っていたことが印象的です。道真公の力をいただいて合格できたのかなと思います。
──文学部歴史文化学科(美術史学)(当時)に進学しています。進学した理由と進学先での思い出を教えてください
歴史に興味があり、美術の幅広さ・面白さにも関わりたいと考えました。また太宰府天満宮宝物殿の管理のために学芸員資格が必要だったこともありこの学科に進学しました。
学芸員資格を取るために受けた、学生が展示内容を企画して展覧会を作る博物館実習で『真贋(しんがん)のはざま』という展覧会に関わったことが印象深いです。骨董(こっとう)品は偽物と本物に分ける考え方が一般的な中、真贋のいずれにも割り切れない物に注目し「本物」と「贋物(にせもの)」の定義を考えることが展覧会のテーマでした。例えば大学所蔵のマルセル・デュシャンの『大ガラス』(通称)という作家の許可を得たレプリカが展示されたり、水墨画が描かれた紙を上下2層に剥ぐと本物が2枚生まれることが紹介されたりしました。
アーティストと授業内で対話しながら展覧会も作りました。学内の面白いものを学生が撮り、その写真をさまざまな観点から分類しました。その際「大きいもの」と「小さいもの」、「大気圏」と「地下圏」といったジャンルにとらわれない分類で展示を行いました。現代を生きるアーティストとリアルタイムで協働しつつ、いろいろな視点から作品を編集した経験は原体験として、太宰府天満宮アートプログラムにつながっています。
学部の経験のおかげで宮司として広がりを持った取り組みができているため、東大に入学し、この学科に進学して本当に良かったと思っています。
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