「データサイエンティスト」という職業の重要性が叫ばれて久しい。しかし、声高に叫ばれるその需要とは対照的に、データサイエンティスト本人による「現場の生の声」を聞く機会は少ない。今回は、脳科学研究者を経てリクルートコミュニケーションズでデータサイエンティストとして働く尾崎隆氏に、データサイエンティストの実像・アカデミアとビジネスとの相違点について話を聞いた。
――簡単に尾崎さんの経歴を教えていただけますか?
2001年に工学部計数工学科を卒業して、大学院では新領域創成科学研究科に進学しました。2006年に博士号(科学)を取得して理化学研究所や東大、慶應で脳科学分野の研究職に就いた後、2012年にサイバーエージェントに入社し、いわゆるデータサイエンティストと呼ばれる職に就くようになりました。2013年からは現職の弊社リクルートコミュニケーションズで働いています。
――アカデミアとビジネスとで、ギャップに感じることはありますか?
「ビジネスは、商売さえうまくいけば正確さは重視しなくていい」というアカデミアの人からの変な先入観がよくありますが、正確な数字を出すことへのプレッシャーはむしろ企業の方が大きいと感じます。なぜかというと、基礎研究と違ってビジネスは必ずその先にPDCAサイクルの続きがあるので、間違えたり誤魔化したりでもしたら、必ず結果に表れるからです。その場でごまかす方法はいくらでもありますが、後々信用を失ったり、大損失に繋がったりしますから、正直であることが推奨されます。
また、ビジネスの目的は仮説に白黒をつけることではなく、事業の発展に貢献することですから、正確であることに加えて、売り上げや利益を伸ばす・人々に広く知らしめるなどの現実的な目標のためのアプローチを考えることになります。
――ビジネスだからこそのやりがいを感じる瞬間は?
自分が手がけたものが、間接的であれ直接的であれ、社会に形になって出て行くのを実感できるのはやりがいに感じます。基礎研究では、いま目の前にある社会よりも、人類不変・宇宙不変の真理を求める一方で、ともすれば自分自身の好奇心だけを満たして終わりになってしまうこともあります。自分のアウトプットが社会で発揮されているのが目に見えて分かるという点は、非常に大きいです。
また、弊社リクルートにはプロダクトやサービスがたくさんあるので、人々の生活の様々な局面における行動データを解析することができます。その豊富なデータを解析し、アウトプットを出すという過程で得られるナレッジは非常に興味深いです。
――データサイエンティストには、どのようなスキルが必要とされるのでしょうか?
個々のビジネスシーンにかなり依存すると思いますが、しっかりとしたデータサイエンス分野の学術的基礎を持っていることと、あらゆる事業にフレキシブルに対応できることの2点が必要であると思います。
ビジネスの知識を求めるような経営者も多いですが、そのような知識は基本的に現場でも身につきます。それに、一つの事業だけで通用したからといって他の事業ではまったく使えないような人材では困ります。それよりも、フレキシブルに対応できるかどうかの方が重要だと思います。
――学術的基礎を固めるには、情報系の博士課程に進むのが必須でしょうか?
博士課程に進めばもちろんスキルの完成度は高くなりますが、それだけ貴重な若い時間も消費することになります。早くからビジネスの現場に出て、手を動かしながら少しずつ地道に専門知識も身につけていく道とどちらがよいかは、個人の価値観によると思います。いずれにせよ、会社に入ってからは知らないことの連続です。私自身も、学部時代に機械学習などを習ってはいたものの、最初の半年間ほどは最先端の知識を勉強するのにかなり苦労しました。
――社会で必要とされる「リーダーシップ」は、どのように身につけられるのでしょうか?
社会に出たからといって、いきなり明示的なリーダーシップを任されるようなことは現実にはあまりないです。むしろ、チームの中で明確なビジョンを持った人がイニシアチブを握っていき、自然とリーダーになる。そういう経験の中で、リーダーシップが培われていく気がします。
その際に重要な資質が、「フラットに質問する」という力。ビジネスの現場では、自分の専門外のことがほとんどです。「これなんですか?」「なんでですか?」「どうやってやるんですか?」と質問する延長上で自分のビジョンが磨かれ、そこからリーダーシップを発揮できるようになり、仕事や意思決定の割り振りができるようになります。
研究畑で育つとどうしても身に付きづらいものにはなりますが、ディスカッションの際に恥ずかしがることなくフラットに質問し、会話する。批判的なものも含めて、意見交換する。そういうコミュニケーションが大事で、これがいわゆる「コミュ力」と呼ばれるものだと思います。
――尾崎さんは、ブログなどで積極的にご自身の意見を発信されていますね。
データサイエンティストという職業は、「1.プレイヤーが少ない」「2.認知度が低い」「3.バズワード化してしまった」という3つの理由から、実態が正しく世の中に伝わっていないという課題を抱えています。その中で、現場の生の声をどうしたら伝えられるか?と考え、発信するようになりました。
――最後に、学生へのメッセージをお願いします。
私が博士課程に進学した頃には、研究開発などのチャレンジングなことはアカデミックな領域でしかできませんでした。当時、企業の求人情報を見ていても魅力的に感じるものはあまり多くなかったですが、今の時代では、企業でありながらも高度な研究開発をしたり、チャレンジングなことができたりする環境が増えているように感じます。博士課程に進んだからといって、その先の選択肢は必ずしもアカデミアだけではないはずです。ビジネス・アカデミックにこだわらず視野を広くもって、「自分がどこで活躍できるか?」を考えることで、自ずと道は開かれると思います。
(取材・文 小川奈美)