理学部生物情報科学科3年の山口尚人です。近年注目を集める「細胞農業」という分野に興味があり、それに関わる様々な活動をしています。今回の「細胞農業」という分野に関する連載で、今までなじみのなかった人に興味を持ってもらい、聞いたことがあった人にもより深く知ってもらうことができたらと思います。
(寄稿)
さて、前回は最近ニュースなどにも取り上げられ注目を浴びる培養肉、そして新しい食料生産を可能にする細胞農業について簡単な説明をしました。今回は、その細胞農業がなぜ注目されるのか、代替タンパク質市場という1つ上のレイヤーで考えてみることにしましょう。
タンパク質、どこから取る?大豆?肉?昆虫?
皆さんはタンパク質をどのようにして摂取していますか?自分の普段のタンパク質源を意識している人はどれくらいいるでしょうか?
ご存知の通り、タンパク質とは、栄養の観点から言うと、炭水化物、脂質と並ぶ三大栄養素の1つであり、生きるために非常に重要な栄養源です。我々はタンパク質をほぼ毎日何らかの形で摂取しています。現在の主なタンパク質源としては、大豆、卵、乳製品、食肉があげられます。しかし、これらの供給源だけでは、2050年には90億人を超えると言われている人口増加と経済発展に伴う肉食の増加をはじめとしたタンパク質需要の増大には到底追い付かないことが予想されています。
その原因の1つが乳製品や食肉生産の主要な手段である畜産業の持続可能性の低さです。畜産業には広大な土地が必要ですが、そのための土地のさらなる確保は困難です。家畜を育てるために穀物を飼料として大量に消費しており、飼料として用いられる穀物のエネルギーに比べ家畜から取れるタンパク質などのエネルギーは多くなく、エネルギー変換効率の低さが指摘されています。また、牛のゲップに含まれるメタンガスをはじめとした温室効果ガスや土地拡大のための森林伐採の気候変動への影響も問題視されています。これらを分かりやすく説明した有名なドキュメンタリーとして、Cowspiracyがあげられます。興味がある人は是非見てみて下さい!
このように将来増加するタンパク質需要を満たすため、さらには現在の主要なタンパク質供給源の問題点を解決するためにも、新たなタンパク質供給方法の開発が進められています。これは代替タンパク質源とも呼ばれ、その例として以下の画像にあるように、植物性のタンパク質を用いたもの、藻類や昆虫のタンパク質を用いたものなどがあります。細胞農業もその中に含まれます。細胞農業は、「微生物系」と「細胞培養」に該当し、細胞を培養することで食肉や乳卵を生産したり、微生物を培養することでタンパク質を生産します。つまり細胞農業は代替タンパク質供給法の1つと言えるでしょう。
Photo by Shojinmeat Project
これらの代替タンパク質源は近年注目を集めており、特に植物性のタンパク質は、技術的な障壁の低さもあって、急速に市場を拡大し、Impossible FoodsやBeyond Meatをはじめとした新興企業が植物性の肉(plant-based meat)をどんどん市場に投入しています。実際、アメリカでは、大手ハンバーガーチェーンのバーガーキングやケンタッキーフライドチキンが一部の州で100%植物性原料のハンバーガーやフライドチキンを販売し始めています。またカナダではマクドナルドが一部の店舗で試験販売を開始しました。最近「人工肉」としてニュースに取り上げられる植物性の肉の例が増えてきていますので、ニュースにも注目してみると面白いでしょう。
一方で、藻類系や昆虫系はまだ発展途上と言えます。代替タンパク質生産に取り組む企業は世界に数多く存在し、具体的な会社などは、こちらのサイトで配布されている画像から見ることができます。
From newprotein.org
ではなぜ細胞農業?
ここまで紹介したように代替タンパク質源候補には様々なものがあります。植物性の肉は既に市場に出回り始めていますし、藻類や昆虫による食料生産も大変興味深いです。
ではなぜ培養肉、細胞農業が注目されている(少なくとも筆者が注目している)のでしょうか?大きくわけて3つの理由があります。
1つは言うまでもなく、本物の肉を生産できることです。培養肉を本物と呼ぶことに少なからず抵抗もあるとは思いますが、基本的には動物の体内で作られる肉と同じものを作ることができます。動物性の肉は、完全栄養食と言われるほど非常に栄養価の高い食品であり、植物性の肉にはない栄養素を取ることができるでしょう。本物の肉に近い食感や風味、味を目指している企業や研究グループもあり、それが達成されれば植物性の肉よりも現在私たちが食べている肉に近い味を楽しむことができます。また、いわゆる「肉」にとどまらず「デザイナーミート」と呼ばれる、肉を超えた「何か」をつくることができるようになるかもしれません。良いかどうかは別にして、我々の食に対する価値観を変えるポテンシャルがあるのではないでしょうか。
Photo by Shojinmeat Project
上記の点に類似していますが、2つ目の良い点は、肉の生産にとどまらないところです。理論上、細胞培養ができればあらゆる生き物を育てることができます。動物性の肉だけでなく、魚介類(エビ、マグロなど。ウナギも興味深いです)にもターゲットは広がっているほか、酵母や大腸菌を培養することで革製品や乳製品(アイスクリームや卵など)の生産も可能になってきています。この辺りは細胞農業に限らず、合成生物学とも関連のある領域だと言えるでしょう。
3つ目は細胞農業技術の発展は、再生医療の発展にも貢献し得ることです。お気付きの人もいるかもしれませんが、細胞農業に関わる技術は、再生医療と通じるところがあります。細胞農業は、目的は食料生産、技術は再生医療だと考えると少しはイメージがつきやすいかもしれません。細胞農業では動物細胞の細胞培養がメイントピックであるのに対し、再生医療ではヒトの組織の培養が研究テーマの1つです。現在は臓器などの複雑な組織の培養は困難を極めていますが、細胞農業で培われた組織培養の技術や、大規模で安価な動物細胞培養技術は、医学への応用に繋がることが期待できます。
最後に、少しでも興味を持っていただいた方にオススメのイベントを紹介します。2019年11月15日から17日まで東京のお台場地域でサイエンスアゴラ2019が開催されます。JST(国立研究開発法人科学技術振興機構)が主催する、科学技術とヒトの未来について考えるイベントです。その中のメインプログラムの1つとして培養肉のセッションが開催されます。第1回で紹介したミンチ肉を世界に先駆けて作ったオランダのマークポスト先生の講演のほか、日本で培養肉に関わる様々な方々が登壇します。実際にイベントに参加して得られる情報も沢山あると思うので参加してみると良いかもしれません!
また、さらなる情報を知りたい人は、次回(第3回)と最終回(第4回)に細胞農業に関わる情報源についても記載しますので、次回以降を是非お楽しみにしていて下さい!
次回は、世界から日本に視点を移し、日本国内での細胞農業における取り組みについて見ていきたいと思います。
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