世界初のクラフトコーラ専門店として、1台のフードトラックから始まった伊良(いよし)コーラは、2021年4月29日に渋谷に新たな店舗をオープンさせた。今回は伊良コーラ渋谷店にて、東大のスパイスを愛する学生らから成るサークル「東大スパイス部」の部員3人と、伊良コーラの代表、ストアディレクターの2人で対談を行った。スパイスの面白さや魅力について語ってもらうと同時に、オープンした渋谷店についても話を聞いた。
(取材・黒田光太郎、撮影・安部道裕)
スパイスに魅せられた者たち
――まず、自己紹介をお願いします。
小林 伊良コーラの代表のコーラ小林(小林隆英)です。伊良コーラは約3年前にフードトラックからスタートし、昨年2月に下落合に初めての店舗をオープン。そしてこの渋谷店は4月29日に2店舗目としてオープンしました。祖父が漢方職人だったことも影響し、スパイスは身近なものでした。そうしたルーツも関係し、今はスパイスを調合することでコーラを作っています。
藤原 伊良コーラのストアディレクター、藤原直人です。下落合にある「伊良コーラ総本店下落合」と「伊良コーラ渋谷店」の店舗責任者として働いています。もともと小林の前職の後輩で、小林の熱い思いに突き動かされて今に至ります。
本多 スパイス部3期部長の本多一貴(理Ⅰ・2年)です。カレーが好きで、今度、東大スパイス部として間借りカレー屋さんを開店する予定です。
永川 東大スパイス部1期部長の永川靖丈(やすひろ)(理・4年)です。1年生の夏休みにスパイス部を創設しました。高校生の時に京大のカレー部があるのは知っており、似たようなサークルが東大にもあるのかと思っていましたが、ありませんでした。一度は諦めたのですが、やはりスパイスについてサークル活動をしたいと思い、勉強が一段落した時に作りました。
河合 副部長の河合輝(あきら)(文Ⅱ・2年)です。高校時代にカレーについて1万字くらいの論文を書くほどカレーに熱中したことをきっかけにスパイスにも興味を持ちました。
――伊良コーラ、東大スパイス部それぞれの活動内容を教えてください
小林 伊良コーラの活動はひたすらコーラを世の中の人に届けることです。コーラを販売することで世の中にハッピーを届け、その対価としてお金をいただく。そしてさらに再投資して、というサイクルです。
藤原 味を洗練し続けることはもちろん、飲んでいただく客層も広げていきたいと思っています。今回、渋谷に新店をオープンしたのも、多くの人に伊良コーラを知ってもらいたいという思いからです。
小林 今考えているのは、コーラファームのようなものを作れれば、ということです。スパイス栽培をし、さらにその場で宿泊できる施設があればいいなと。その宿泊施設ではスパイスを使ったコーラのアメニティー、例えばコーラの香りのシャンプーなどを使う、という事をしていきたいです。よりコーラの活用方法を広げていきたいと考えています。
本多 東大スパイス部は規模もまだ小さいですが、カレーに興味がある学生が集まり、おいしいカレー屋さんを巡るなどしています。さらに今は新たにカレー店をオープンさせることを目指しています。また、スパイスというとカレーというイメージがあるのですが、コーラなどにも広げていけたらと思っています。
藤原 ちなみに東大カレー部ではなく東大スパイス部である理由はあるのですか?
永川 カレーだけではなく、一般的な調味料としてスパイスが一般家庭でも使われるようになればという思いで名付けました。
――皆さんがスパイスに興味を持ったきっかけは何だったのでしょうか
小林 初め、自分が興味を持ったのはスパイスというよりコーラだったのですが、祖父が漢方職人だったこともあり、スパイス=生薬というイメージがありました。また、それとは別にコーラは面白いと思っていました。コーラは材料や製造方法などが分からない謎が多い飲み物なのに、多くの人が疑問を持たないまま普通に飲んでいて、生活に溶け込んでいるという現象に面白さを感じました。その後、より深く調べる中で、スパイスやコーラにどんどん魅力やロマンを感じていきました。
永川 高校の生徒会選挙の演説で、いろいろな具材が煮込まれているカレーのような学校にしたい、という意味で「高校をカレーにします」と言ったことがありました。単に直前の調理実習でカレーを作ったことが頭にあっただけだったのですが、その演説が皆の印象に残ったのか、「カレー」というあだ名で呼ばれるようになり、それがカレーに興味を持ったきっかけの一つでした。ちなみにその生徒会選挙では無事当選することができました。
河合 高校の時、放課後の時間で好きなことを調べる課題があり、食事について調べようと思い、その中でカレーを調べることになりました。次第に興味を持つようになり、論文などを書くほどになりました。このことが東大スパイス部に入ったきっかけです。今はさまざまな所にネパール料理店などスパイスを使った料理が日本文化に浸透してきているので、スパイスに興味を持つ人が増えてきているのでは、と思います。
藤原 私は皆さんほど、昔からスパイスについて掘り下げて考えていたというわけではないのですが、スパイスからカレーを作ってみようとこだわった時期はありました。材料を組み合わせて作ってみるという事への興味はありました。また、今は実際にクラフトコーラを通じてスパイスに向き合っています。スパイスはいろいろなストーリーが絡まり合うことで独自性が生まれるので、とても面白いなと思います。
個性か、調和か
――では実際に伊良コーラを飲んでいただこうと思います。現在伊良コーラ渋谷店ではコーラは「THE DREAMY FLAVOR」「THE JAPAN EDITION」「ミルコーラ®︎」が販売されています
藤原 いずれの商品も12種類以上のスパイスを調合し、炭酸を入れています。また「THE JAPAN EDITION」は国産の柚子などを使っています。
河合 僕はミルコーラをいただいたのですが、真っ白なコーラを初めて見ました。
小林 ミルコーラも伊良コーラオリジナルです。もともとは冬にコーラを楽しんでもらおうと「ホットミルクコーラ」を出していたのですが、叔父が冷たいミルクを使ってもおいしいのではないかとアドバイスをくれたので、商品化しました。
河合 匂いはミルクが強いのに、飲んでみるとコーラの味が伝わってきます。その上でミルクが味をまとめていて、マイルドになっていると思います。
永川 以前スパイスをドリンクにしようとしたことがあったのですが、スパイスの風味がばらけてしまい、物足りなさがありました。しかし、この伊良コーラは良い意味でスパイスを飲んでいる感じがしないというか、スパイスが溶け込んでいる感じがしました。
本多 炭酸はこだわっているのでしょうか?
小林 強炭酸を使っています。
永川 スパイスのおかげか、冷たいはずなのに、体が暖かくなっている気がします。シナモンは入っていますよね。クローブなんかも。
本多 カルダモンやペッパーも感じられます。
藤原 「ジンジャー感がある」と言われることもあるのですが、実際には入っていません。掛け算で出来ているコーラならではの面白さだと思います。
永川 ブラウンカルダモンなども合うかもしれないです。沖縄で薬味などに使われているロングペッパーもアクセントにあってもいいかも。ちなみにコーラを作るときにはパウダーだけを使っているのですか? それともホールも使っていますか?(編集注:パウダーとはスパイスを粉状にしたもの。ホールとは粉状にする前の状態のもの。)
小林 企業秘密ですが、パウダーも使っています。
永川 なるほど。僕はカレーを作る時、ホールでベースを作って、パウダーでまとめるという感じで作っています。やはりスパイスの使い方によっても味の変化は生まれるのですか?
小林 そうですね。コーラは同じ材料で作っても作る人によって味が変わります。
永川 このコーラはすっきりしているので、乳製品やナッツ系などこってりしたもの、例えばバターチキンカレーなどにはよく合うのではないでしょうか。
――カレーとコーラにおけるスパイスの役割の違いなどはありますか
本多 カレーはスパイスの個性を立たせるものですが、コーラはスパイスを全体として調和させるものだと思います。こうした違いがあるのではないでしょうか。
小林 カレーについて、カレーはスパイスを際立たせた料理なのか、野菜や肉などのメインの食材のうまみを引き立たせるためにスパイスがあるのか、どっちなのでしょうか。
永川 スパイスメインに作るスパイスカレーなどもありますが、これも人によって考え方が違うのではないかと思います。僕はカレーだとベースとなるようなもの、例えば我々の場合だとカモ肉をおいしく作っておいて、スパイスでそのおいしさをさらに引き出すことを目指しています。
藤原 コーラには主役はいないんじゃないかな。調和を生み出すのがコーラだと思います。
伊良コーラ渋谷店の魅力とは
――実際に東大スパイス部の方はこの店舗を見て、いかがですか
永川 このあたりは渋谷の中では静かな場所なので、急に異世界に来た感じがありました。前を通っただけで目を引くと思います。
藤原 そうなのですが、実際目を引くことと、お店に入っていただくこととは別問題です。我々としては飲んでもらうことが第一なので、そうしたところは解決していきたい。外から見て興味を持ってもらえたのに、入っていただけないこともあるので。
河合 外から見ても目立つ見た目のインパクトがありましたが、店舗にはどういったこだわりがありますか?
小林 いろいろなものが調合されるというコーラの魅力を、「宇宙」に重ねて空間デザインに落とし込みました。しかし、過度に目新しいものになってしまうと入りづらさがあるかもしれないので、ぬくもりを感じられる要素を増やしていきたいと思っています。手軽にコーラを飲めるコーラスタンドのイメージです。また、総本店下落合伊良コーラのルーツを伝えることを第一にした店舗であるため、祖父の道具などを飾っていました。一方、渋谷店はコーラの概念を表現することに振り切ったのですが、今後「クラフト感」はさらに出せればと思っています。そのための工夫として、てんびんや木箱などを置いています。
河合 工房も店内にあるのですか?
藤原 あります。実際に作っているところを見ながら、コーラを飲むことができます。
――この店舗で目立つのが、壁に並んだスパイスですが実際に見ていかがですか
永川 あのスパイスは何ですか?
小林 ラベンダーです。
永川 なるほど。ハーブとスパイスに明確な違いはないものの、個人的にはハーブの方が勉強しづらい印象があり、十分に使いこなせていないのが現状です。今後はハーブ類に関する知識などを増やして、カレーをはじめとするスパイス料理にもっと生かしていきたいと思っています。
――渋谷店をもっとこうしたらどうかという提案はありますか
永川 木目調など木材はこの店舗に合うだろうと思います。
本多 コラの木を置くのはどうですか?
藤原 実は置きたいと思っているのですが、なかなか手に入らず、現在探しています。また、実際に置くための環境も整えたいです。
本多 壁に飾ってあるスパイスの名前がわかっても面白いかもしれないですね。
永川 東大スパイス部が学園祭で出店したとき、スパイスを飾っていたのですが、匂いを嗅いでいいですか、と聞いてくる人が多かったということがありました。匂いを嗅ぐことができると面白いかもしれません。
藤原 「追いスパイス」とかも面白いかも。今もブラックペッパーなどは置いてありますが、さらに自分の好みのスパイスを足すことができればいいですね。
伊良コーラと東大スパイス部 今後の姿
――スパイスを扱う団体として、お互いに聞きたいことはありますか
河合 コーラの作り方やポイントなどはありますか?
小林 カレーとは違うと思いますが、今のクラフトコーラの主流は、一気に水と一緒に煮込んで作るという、手軽に多く作れる作り方のものです。しかし伊良コーラはそうはしていません。そうしてしまうとコーラ風味の甘ったるいシロップになってしまうことがあるためです。他にもいろいろ気を付けるポイントはあります。
本多 漢方の知識なども使うのですか?
小林 そうですね。ところで、東大スパイス部の方が作られるカレーは学食などで出すことは考えていないのですか?
永川 東大の学園祭ではカレーを出すことができないのでスパイスでアレンジしたフライドポテトなどを売っていますが、もしできるなら学食などで我々のカレーを提供してみたいと思っています。
――それぞれ今後の展望について教えてください
本多 東大スパイス部では今後もスパイス好きが集まってカレーを作っていくことができればと思っています。
小林 伊良コーラは世界中で、イヨシ、コカ、ペプシと呼ばれ、世界のブランドにすることが目標です。
藤原 スパイス部はユニークだと思います。東大要素を押し出すことや、ロゴマークなども優秀なデザイナーに頼むといいのではないでしょうか。
小林 東大のロゴをデフォルメするのもいい。クリエイティブディレクションもしっかり取り組んだ方がいいと思います。
本多 今度オープンを目指す、間借りカレー屋は、東大の銀杏マークがカモの足の形に見えるということで、「香百足(かもあし)」という名前でやろうとしています。名前に由来して、カモの肉を使ったカレーを考えています。カモは料理がしにくいので、試行錯誤しています。
河合 他にも牛すじなどを使ったカレーの試作をし、部員でアイデアを出し合うなどしています。
――東大スパイス部の方は実際に活動している部員が少ないことに悩んでいるとのことですが
小林 商売をした方がいいと思います。ビジネスに取り組んでいると聞くと皆、コミットするのではないでしょうか。学祭に出したり、企業とコラボしたりするといいのではと思います。
藤原 僕自身は活動する人数が少なくても、本気で活動するメンバーが5人くらいいれば、その活動に共感してくる人が他にも必ず現れてくると思うので、少なくても良いのではないかとは思います。
本多 部が大きくなればいろいろなことができると思うのですが、まだ部自体が初期の段階なのでなかなか手が出ていません。スタートアップのコツなどはありますか?
小林 「やってみる」ことだと思います。自分も一人で思い立って、とりあえずフードトラックで販売をやっていました。
藤原 スパイスには興味はあまりないけど、ビジネスがしたいという人に入ってもらうのもいいのではないでしょうか?
小林 それから、本拠地はあった方がいいと思います。部室やアパートでもいいと思いますし、大学の中にキャンピングカーやコンテナのような物置を置いて本拠地にしてしまうのもいいのではないでしょうか? カレーを販売するなら、生協のメニューとして話題を集め、レトルトカレーにし、ECサイトで売るというのが定石だと思います。最終的には東大構内にカレー研究所をつくるといいのではと思います。
本多 学生はビジネスと学業の両立が難しいと思うのですが、そのあたりはどうお考えでしょうか?
小林 その点については、私も会社員時代は平日に広告代理店で仕事をしながら、休日はコーラを販売する、という生活をしていましたね。
藤原 迷ったら両方やるのもありだと思います。
本多 時間の使い方のコツなどはありますか。
小林 仕事を趣味にするか、ひたすら効率化を進めることではないでしょうか。例えば連絡手段を工夫するだけでも時間をうまく使えるようになると思います。
――伊良コーラと東大スパイス部の協力などは今後期待していいのでしょうか
小林 コーラについては協力できると思っています。東大スパイス部の皆さんに、経験を提供したり、技術的なアドバイスをしたり。例えば「東大クラフトコーラ」は絶対売れると思います。受験のためのエナジードリンクとして、受験生などに対して生協などに売ってもらうといいのではないでしょうか。学生のうちにビジネスに取り組んでみると、かなり貴重な経験になると思います。
本多 今は東大スパイス部の部員は少ないですが、増えていけばコーラチーム、カレーチームなどを作っていければと思っています。その中でチームごとに伊良コーラさんともご協力できればと思います。