新型コロナウイルス(COIVDー19)の感染拡大開始から約1年が経過し、各国でワクチン開発競争が激化。ファイザー社(米国)やアストラゼネカ社(英国)、シノファーム(中国)などは既にワクチン開発に成功している。一方で、日本や東大のワクチン開発の現状は。番外編2回目の今回も、大阪大学寄附講座教授で、4月9日現在COVIDー19ワクチンの第2/3相臨床試験を行っているアンジェスの創始者でもある森下竜一寄附講座教授に取材。日本がワクチン開発に出遅れた理由や産学連携について話を聞いた。
(取材・山﨑聖乃)
大規模治験が足かせに
なぜ国産ワクチンがなかなか登場しないのか。日本がワクチン開発で諸外国に遅れを取った理由として、森下寄附講座教授は本連載第1回で取材した石井健教授(東大医科学研究所)と同じく資金面の差を挙げる。森下寄附講座教授は政府の資金援助額の差に加えて、資金援助の方法についても諸外国と違いがあると話す。米国政府はワクチンの効果が認められる前から、ワクチンが承認された場合に備えて企業に支払いをし、生産も含めて支援した。企業は臨床試験の結果が出る前に、次の臨床試験の準備を進めることができた。一方、日本政府は今までになかったような手厚い支援をしたものの、ある段階まで到達すると次の補助金が出る逐次投入型で、ワクチン購入の確約はしていない。企業はどれくらいの量を作ればいいのかも分からないため、生産ラインを確保することや追加で人を雇うことができないという。「一個進めば一個進むというふうなので、なかなか進まず、どうしても時間がかかります」
森下寄附講座教授は、2つ目の原因も石井教授同様、平時の危機意識の差を挙げた。米国では9・11のテロ以降、バイオテロ対策が進んでいたという。炭疽菌(たんそきん)などさまざまな生物兵器がばらまかれることもあったため、すぐにワクチンを作れる体制を政府が支援していたのだ。一方日本では、感染症が脅威となる時代は終わったという風潮が強く、政府の支援も十分とは言えなかったと森下寄附講座教授は語る。「日本はある意味、一からワクチンを作り始めましたが、米国はブルペンでいつでも登板できるように準備していた状態でした」
さらに、感染状況の違いもワクチン開発のスピードに深く関係している。ファイザー社やモデルナ社は自国で多くの感染者が出たため、国内ですぐに数万人規模の治験を行うことができた。日本の感染者は米国の60分の1程度。欧米と同規模の治験を行うのは困難である。
「新型コロナワクチン承認には数万人規模の治験が必要とするPMDA(医薬品医療機器総合機構)の方針は、おそらく昨年の時点では正しい判断でした」と森下寄附講座教授は話す。しかし、認可が下りたワクチンが増え始めた現在、対照(プラセボなど)群を設定したワクチンの治験に協力する人は当然少なくなることが考えられる。加えて、国内の感染者も増え始めているため一刻も早くワクチンを普及させたい。こうした現状では、PMDAの方針に沿った治験のフェーズ3を行う余裕がなくなってきているという。
フェーズ3の実施が困難なのは森下寄附講座教授らのグループだけではない。「塩野義製薬の手代木(てしろぎ)社長もメディアのインタビューでプラセボとの比較をする大規模治験の難しさを訴えています」。森下寄附講座教授は米国の緊急使用制度の存在を指摘する。ファイザー社やモデルナ社のワクチンは正式な承認ではなく、緊急使用という枠での承認であるが、日本の制度には緊急使用の枠が無い。森下寄附講座教授は、日本でも緊急使用の制度の導入か既にある期限条件付き承認制度の活用などを行い、接種した人が新型コロナウイルスに感染するかしないかを数万人規模で後から調べていくべきだと主張。日本でも現在感染が拡大しているため、今後欧米からワクチンが入らなかった場合、非常事態に陥るかもしれない。先を見据えた代替手段が必要だと話す。
大学発ベンチャーの可能性
今回ワクチン開発に出遅れた原因はプレイヤーが少なかったことにもあると森下寄附講座教授は言う。4月9日現在、WHO(世界保健機関)が公表しているリストには臨床・前臨床段階を含めて272のワクチンが名を連ねるが、そのうち日本のワクチンは5つである。「これらのほとんどは大学の技術をベースとしていますが、大学の技術を速やかに臨床に入れられるようなプラットフォームとしての産学連携が進んでいれば候補がもっと出てきたはずです」
医薬品を発売するためには、動物実験だけでなく大規模な人での臨床試験をしなければならない。医薬品としての品質管理や臨床試験を含めた大量のデータの管理も必要になる。大学は先進的な研究ができる一方で、医薬品を実用化するノウハウや人材が十分でない。そのため、大学と企業が連携しないと優れた技術が動物向けの治療薬で終わってしまうなど、実用化までたどり着かないことが多々あるという。そのような大学に不足している部分を補うのが大学発ベンチャーだ。
「モデルナ社やファイザー社のワクチンも大学の技術を大学発ベンチャーが実用化し、そこへ大手の製薬会社が出資することにより大量生産が可能となっていいます」。これは欧米では一般的な構図であると森下寄附講座教授は話す。このような産学連携は今後ますます重要になると考えられる。
大阪大学とアンジェスが共同開発するに至った経緯は、森下寄附講座教授が自身の研究室の技術である血管再生の遺伝子治療薬の技術を実用化するために、株式会社メドジーン(現・アンジェス株式会社)を99年に立ち上げたことにさかのぼる。その技術がワクチン開発に応用できるのではないかとアンジェスの山田社長と話し合って、今回ワクチン開発に乗り出した。
アンジェスはこれまで製造は他社に委託してきた。今回のDNAワクチンも製造はタカラバイオやカネカなど10社以上の他の企業に任せてオールジャパンで進めている。しかし、もっと緊密なパートナーシップ関係がないと速やかに大量生産できないと森下寄附講座教授は言う。平時から協力体制を築く必要があったと振り返った。
「ますますの支援が必要」
一刻も早く安全な国産のワクチンを実用化したいと話す森下寄附講座教授。実用化するために、数万人規模の治験を行うのは現実的でなくなってきている。新しいスキームで国産ワクチンをどのように実用化するのか考えなければならない段階に入った。森下寄附講座教授らはAMED(日本医療研究開発機構)、厚生労働省などから研究開発部分だけではなく、製造部分でも支援を受けているが、国産ワクチン製造のためにますますの支援が必要だという。
【連載・東大のワクチン開発の現状を追う】
【記事修正】2021年4月28日15時5分 記事中の図表を挿入しました。