進学選択や就職活動、大学院入試が一段落し、新学期や新たな環境での生活が始まったこの季節。自分の選択が正しかったのか、将来はどうするか悩む学生も多いはず。また新たな環境での疲れで精神的に元気を失ってしまうことも。そんな時、人に相談するのも一つの手だ。学生からの相談に応じる東大の組織と、保健センターで東大生を診察する医師に話を聞き、東大生の悩みに向き合う現場を追った。
(取材・渡邊大祐)
学生も相互扶助を
まず訪れたのは本郷キャンパスの「なんでも相談コーナー」。その名の通り、どんな相談にも応じている。「道案内してくれ、なんてものもありますよ」と笑いながら教えてくれたのは室長の柳田則幸さん。相談員は、学部の教務課窓口などで学生と関わった経験のあるベテランの大学職員だ。職員間のネットワークを持っているのも心強い。相談内容はメンタルや学務に関するものに加え、他の相談機関への取り次ぎも多いという。学生相談所や精神保健支援室に個人では行きづらいと思う学生がいるためだ。予約無しで気軽に立ち寄れるため、居場所や話し相手として利用する学生も。「2、 3月に修論や博論の愚痴を聞いてくれという相談はよくあります。話し終えた学生は『すっきりした』って言ってますね(笑)」。学生以外に家族や教職員からの相談も受け付ける。「孤立することが一番良くないので、相談相手がいない時にでも気軽に利用してください」
「カウンセリングに行くことは恥ずかしいことだという偏見をなくし、誰でも利用するものとポジティブな見方にしてほしい」。学生相談所長の高野明准教授(相談支援研究開発センター)は話す。「学生相談所」はカウンセリングの専門家である臨床心理士が学生の心理的な悩みを聞き、対処を共に考える場だ。寄せられる相談は相談者の性格や将来のキャリア、アイデンティティーについてなど大学生が一般に悩む内容が多いという。「学生生活の中で、解決のレパートリーが足りずに行き詰まることがあります。そんな時にうまく人の力を借りることも必要です」
高野准教授がカウンセリングのイメージ改善を志向する要因の一つは、1割未満という利用率だ。相談にたどり着けた一部の学生が長期的に利用する傾向があるが、米国では利用率が15%に達する大学もあるほど受け入れられており、東大生はカウンセリングへの偏見を持っているのではないかと心配する。「何かあったら気楽に使えると思ってほしい」
利用率を上げるなど相談の間口を広げる方向での対策には限界もある。自殺者をはじめとする支援を要する人が、相談機関を利用しようとしない問題があるためだ。そこで、個別相談に加え専門家などが現場に出向いて支援するアウトリーチ型の活動も進める必要がある。相談支援研究開発センターでは、学生向けにストレスへの対処力を学ぶ講義を教育学部と開講し、教職員向けの研修も行う。
高野准教授が室長を兼務するピアサポートルームでもアウトリーチ型の活動を行っている。東大のピアサポートは、悩みを抱える学生を、同じ立場である学生が支え相互扶助を目指す活動。東大生なら研修を受ければ支える側のサポーターになることができる。本年度は唾液からストレス度を計測するイベントを開いたり、ぴあサポラウンジという学生が気軽に立ち寄り話せる場を設けたりしているという。高野准教授は相互扶助という考え方自体にも理解を求める。「身の回りでおせっかいを焼く、学生同士で支え合う関係づくりをぜひ広めてほしいと思います」
受診への偏見無くせ
「東大生は真面目で、考え抜いてから来る人が多くて、簡単な助言では解決しないんですよね」。そう語るのは精神保健支援室長を務める渡邉慶一郎准教授(相談支援研究開発センター)。精神保健支援室(保健センター精神科)で精神科医として診療に当たる。
保健センター精神科受診者の約3分の1はうつ病などの気分障害と診断されるという。うつ病については、何をしても気分が晴れない状態が2週間以上毎日続く「抑うつ気分」に注目する。
大学生に多い要因として挙げたのは学業と進路だ。学業関連では授業についていけないという悩み、進学条件を満たすために興味がない授業を履修しなければならないという悩み、グループワークが苦手といった悩みがあるという。「東大は学問を特に尊重する大学です。学生も学問に真摯に向き合うので、学業で行き詰まると特に苦しいはずです」。進路関連では就職など、自分が何に打ち込むのかという主体性を要求されて苦しむ場合が多いという。「主体性といっても、例えば僕が主体的に生きているかと言われると悩んでしまいますし、簡単な問題ではありません」
問題となる悩みは誰もが抱える悩みの延長であることも多いという。「そのような場合はどうして悩んでいるのか、話を聞いて一緒に考えを深めます」。学生相談所などの臨床心理士と協力する場合もある。治療は症状が軽度の場合は認知行動療法が中心で、重度の場合は薬物療法を用いることもあるが、ケースバイケースだ。
診療と並んで渡邉准教授は予防啓発を重要視する。すぐに実践できるものとして挙げたのは運動。毎日1時間、軽く汗ばむ程度にウオーキングなどの運動をすると良いという。「予防だけでなく治療にも効果があり、薬物療法に匹敵するとした研究もあります」
学生には「気軽に受診して」と伝える。「治療の対象になるかどうか僕ら医師でも悩むこともあります。ネットで自分がうつ病なのかどうかゴリゴリ調べているより、気軽に来てほしい」。自分は悩んでいないという人にも精神疾患への偏見をなくすように訴える。「東大生が将来組織のリーダーや責任者になった際、率いる組織には必ず精神疾患を抱えた人がいるはず」と渡邉准教授。「自分が精神科に行くのは嫌だけど、同僚や部下には行けよといった態度にはならないでほしいですね」
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東大の学生や教職員が相談できる組織の詳細は次のウェブサイトから確認できます。相談支援研究開発センター(http://dcs.adm.u-tokyo.ac.jp/)
この記事は2019年10月15日号から転載したものです。本紙では他にもオリジナルの記事を公開しています。
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