教養学部は2020年度の定期試験から実施してきた新型コロナウイルス陽性者などへの代替措置を、本年度Sセメスター・S2タームから廃止した。この決定には教養学部学生自治会が抗議するなど、一部で反発の声も上がった。Aセメスター・A2タームの試験でもこの代替措置は実施されない見込み。東京大学新聞社は決定の経緯や受け止めを教養学部と自治会に取材。独自で感染者に救済措置を行った教員や試験期間中に新型コロナウイルスに感染した学生にも話を聞いた。「コロナと試験」を考える企画第1弾。(取材・新内智之、金井貴広)
教養学部:コロナ代替措置撤廃の経緯
教養学部前期課程では、新型コロナウイルスの感染が拡大した20年度以降、感染者などへの試験代替措置が実施された。この代替措置は、75点満点で一部の基礎科目のみで行われる追試験とは異なり、総合科目や基礎科目のうち社会科学、人文科学なども対象で100点満点だった。しかし、教養学部は6月、Sセメスター・S2タームでの代替措置廃止を決定した。これにより、新型コロナウイルス陽性者などは他の病気や事故により試験を欠席した場合と同様、受験資格Aの追試験を受験することとなった(表1)。
教養学部は措置撤廃の理由として、進学選択制度の存在や公平な成績評価の重要性を指摘。感染拡大期には医療機関や保健所のひっ迫で審査に必要な公式書類の入手が難しく、虚偽申請が起こり得る状況を説明した。また、基本的な感染対策が定着し授業や試験での活動制限緩和が進んでいるため、新型コロナウイルス感染症を他の疾患・けがなどと整合的に扱う必要性が生じたと説明している。
一方、新型コロナウイルス陽性者・濃厚接触者・疑似症状発症者が受験資格Aとして追試験を申請する際に必要な提出書類の見直しが行われた。当初は、いずれも感染等を示す保健所や医療機関による書類が必要だったが、7月中旬には濃厚接触者について書類のスキャンデータやスクリーンショットによる証明を可能とした。8月2日には新型コロナウイルス陽性者・疑似症状発症者についても同様の対応とした。学部は取材に、7月中旬の変更は濃厚接触者の追跡が行われず、医療機関のひっ迫により濃厚接触者が検査・受診ができないという社会状況に応じたもので、8月の変更は検査結果の証明を求める場合、医療機関や保健所の文書に限定しないよう要求する8月1日付の文部科学省事務連絡に応じたものとした。申請書類を変更しても追試験は開講母体による審査や上限点があるため、代替措置に比べ虚偽申請の可能性は低いという判断もあったという。
教員:説明の付く範囲で「最終決定を行うのは教員」
自治会は教養学部との交渉を続けつつ、教員に感染者などへ独自の救済措置を取るよう要請した。東京大学新聞社の調査によれば、レポートや平常点による独自の救済措置を行った教員が10人以上いるとみられる。試験と同時のオンライン受験を認める、別日に個別に受験する機会を設けるなど、措置の種類はさまざまだ。
教養学部は東京大学新聞社の取材に、独自の救済措置を行った教員がいることに対する受け止めを聞くと、代替措置廃止が「審議のうえ決定されており」、「進学選択制度があることから、科目間で学生への配慮等に大きな差が出ることは望ましくな」いと回答した。
「国際関係史」の授業を担当した川島真教授(東大大学院総合文化研究科)は、定期試験時間内のオンラインでの自宅受験を認める措置を取った。受験者は1人で、無症状者。大学への感染報告フォームの提出による感染の証明を事前に求めた。点数の上限は設けていない。
川島教授は、救済措置を行った理由について「試験の仕方が特殊で、説明が付くから」と話す。同授業の試験は、事前に問題が公開されていて、自筆ノートなどの持込みも可能だった。事前に一度調べた内容を試験時間にもう一度手で書くことで知識の定着を図ることを目的とした「事実上のレポート」試験だという。受験場所が大学でも自宅でも「同じ条件」のため「その日大学に来られないからという理由で制限するのは妥当とは言えない」と判断。オンラインでの試験でも「公平性を担保できる」と考え、試験時間中の提出を求めた。自らの手で解答を書かず、事前に友人などに作成してもらった解答をそのまま提出できたかもしれない。だが、大学で受験した人が他人に書いてもらったものを現場で写す可能性もゼロではない。自分の手で解答を書いたか確認するには、自宅での執筆状況を中継してもらい、教員がそれを画面越しに試験監督しなければならない。最終的には「紳士協定だ」とした。
特別措置・代替措置の必要の有無について考える際、進学選択を前提とした公平性の担保が問題になるという考えは、学部と同様に川島教授も持っている。一方で「単位を出すか出さないかは教員が最終決定を行うもの」だと話す。川島教授によると、特別措置を行わない方針を原則として要求された際も、最終判断は教員に委ねる旨が記されていたという。川島教授は独自の救済措置実施により不公平が生じないことを確認してもらうため、救済措置を実施するに当たり、事前に上長に相談し、理由を説明。「学部の方針に疑義を呈しているつもりはありません」
東大がハイブリッド授業を行うためのWi-Fi環境や機器設備が必ずしも十分に整ってはおらず、原則として「対面授業」のみの方針を取らざるを得なくなっている現状も根本的な問題として指摘する。川島教授はセメスター中、ハイブリッド形式で授業を行ったが、必要な機器などは全て自費で用意したという。そのような環境下で、学部が全科目でハイブリッド試験を実施する方針を取れば、オンライン受験者を監督するために教職員に求められる労力が増え、大学が払うコストも膨大になる。加えて、新型コロナに関する文部科学省のルールなどが整備されていない現状で、他の病気の取り扱いとの平等性を考えた制度設計に必要なコストも大きいと語る。「トップの決断として、学部の判断はそれとして理解できます」
一方で、当日になって問題が明かされる試験で、別日の受験を認めた教員がいることについても「人権を重視した対応」として理解を示す。信念がそれぞれ違うのは当然のため、単位の認定判断を最終的に行う教員ごとに異なった対応をするのはあり得るという立場だ。
学生:「虚偽申請、上限点あれば防げた」
Sセメスターの試験期間中に新型コロナウイルスに感染し、一部教科で教員による救済措置を受けたAさん(文II・1年)。学部の立場に一定の理解は示しつつも、代替措置を廃止する必要はないという立場だ。
Aさんは7月18日に発症し、25日ごろに症状はなくなったが、学部の規則に従い27日までの試験を欠席したという。救済を受けた授業では、定期試験以前に課された任意提出のレポートと定期試験と同じ問題を同じ試験時間に自宅で解いたレポートにより、単位が認定された。他の授業は追試験の対象外である総合科目や社会科学、人文科学だったため「欠席」となり、単位を取得できなかった(表2)。
単位取得ができなかった教科について、Aさんは何らかの単位取得の措置を実施してほしかったと語る。努力したにもかかわらず、体調不良のために単位が取れなければ、留年につながる可能性があるからだ。
虚偽申請を行う学生も一定程度いるはずだとAさんは述べる。自身も感染者が多い時期に検査が追い付いていないことを体感。感染経験者やその話を聞いた人など、代替措置の申請者への審査が文書入手の難しさから困難だと推測し、虚偽申請をする人がいても不思議ではないという。
しかし、追試ありの授業の申請をする中で、仮に虚偽申請をしようとした場合に必要な労力は大きいと感じたという。わざわざ虚偽申請する学生は、進学選択で非常に良い成績が必要な学生に限られるのではないかと話す。単位取得のための最低限の勉強はしていて文Iから法学部、文IIから経済学部など「無難に」進学したい学生は虚偽申請せず定期試験を受けるはずだと感じたという。
教員により救済の有無が異なれば、授業によって感染者が単位を認められるか否かに差が生じる。Aさん教員独自の救済措置については不公平を生じ得るとしつつ、「教員を責めることはできない」と話す。この状態の根底には新型コロナウイルス感染者などへの代替措置を一切なくした教養学部の「やや過剰な対応」があり教員に責任を求めることはできないと感じたという。定期試験を受けられなかった以上、成績評価は100点満点ではなく上限点を設けることが妥当であるという考えのAさん。「総合科目で上限付きの別措置を実施することもできたのでは」と学部側の対応に不満をもらす。
自治会:従来の追試制度にも問題提起
自治会は代替措置撤廃を受けて、新型コロナウイルス感染・濃厚接触は本人に責任がなく、感染した学生が無理に試験を受験し感染が拡大する可能性があるとして代替措置継続を求める要望書を学部に提出した。自治会は東京大学新聞社の取材に、要望書を提出した理由は新型コロナウイルスへの感染を「自己責任として学生に押し付ける方針はこれまでの自治会の要求ともそぐわない」ためと回答した。
7月には、従来の追試のあり方も見直すよう長期で交渉を行う方針を表明。追試受験者が「優」(原評価で80点以上必要)の評価を得られないことなどを問題視した。本年度学部交渉の要求項目として「追試制度の点数上限を引き上げること」「文系の選択必修科目にも追試制度を用意すること」を掲げるとし、学部に制度の変更を求めていく方針を示している。
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