キャンパスライフ

2020年11月1日

【服に新たな価値観を】コロナ禍で見直されるファッション

コトバトフク

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響でさまざまな業界が打撃を受けた。その一つがファッション業界である。現在ファッション業界はどのような状況にあるのか、そしてこれからのウィズコロナ、ポストコロナの時代にファッションはどうなっていくのか。研究者とファッションデザイナーに話を聞いた。(取材・伊得友翔)

「美」とファッションを切り離す

 「現在ファッション業界はひどい状況にある」と語るのはファッション史が専門の井上雅人准教授(武庫川女子大学)だ。「規模を縮小する企業は数知れず、生産者だけでなく、地方の百貨店がいくつか閉店するなど流通業界も大きな打撃を受けています」。COVID-19の流行で人々の外出する機会が減り、店舗売上が減少したことが背景にある。そのため企業の倒産が相次いでいるが、それよりも深刻なのは多くの労働者が行き場を失うことだと井上准教授は指摘する。「解雇された人は同業他社に移ろうにも移り先がありません」。特にファッション業界は販売員のキャリアアップを考えず若年層の女性を多く雇用してきたが、教育が不十分な販売員らの再就職は厳しいものになる。もちろん、多くの新卒を吸収していた販売員の雇用喪失が新卒採用市場に与える影響も大きい。

 しかし、業界全体が沈んでいる中で売り上げを伸ばしているアパレル企業もある。「流行を追いかけているブランドは軒並み低調ですが、アウトドア系ブランドの売り上げはそこまで落ちていません」。例えばワークマンやモンベルといった企業はそれぞれ現場作業や登山の分野に特化しており、服の「美」以外の要素に価値観を見いだしている。従って、その価値観に一度共感し生活に取り入れた人は、社会がどのように変化しても店から離れることはない。「おしゃれな服があるので選んでくださいというだけでは、選ぶ機会がなくなったら買ってもらえません」

 こうした別の価値観の提示が、COVID-19流行下の店舗経営では重要になってくる。井上准教授が運営に携わる本と服のセレクトショップ「コトバトフク」の売り上げは、昨年と比べて減少していない。もともと通りすがりに店を訪れる人は少なく、固定客がほとんどだからだ。その背景には、1時間ほどかけて丁寧に接客したり、デザイナーを呼んで直接販売してもらったりして、顧客に店を好きになってもらうための工夫がある。「自分の居場所だと思えるような店があれば服を買うのではないでしょうか」

 服が売れないという現実を前に、今ファッション業界は変革を迫られている。「ファッション業界は『美』以外の方法論を見いださなければならない」と井上准教授は強調する。「『美』とファッションを切り離すため、業界内外の人が交流して新しい考えを生み出すことが必要だと思います」。COVID-19の流行で公私の境界線や性役割などさまざまな生き方が見直される中、ファッションはそこで生じる問題に、見て分かる具体的な形を与えることもできる。「企業やデザイナーがいろいろな解決方法を提案し、その提案を顧客が実践しつつ支えるように業界が変化していってほしいですね」

力強さや大人っぽさを服に

 ファッションデザイナーの雪浦聖子さんは「sneeuw」というブランドを展開している。「コロナ禍で直営店や取引先への客足が遠のいた他、商売に不安を感じているバイヤーさんからの注文が減ってしまいました」。売り上げは3割ほど減少したという。また経営面以外でも、雪浦さん自身の気持ちに変化があった。「今まで通りの暮らしを続けることが難しくなっていく日々の中で、自分の中にも作るものの中にも強さを持たせたいと自然に思うようになりました」

sneeuw(PORTPARCO)

 この心境の変化は、雪浦さんが作る服にも表れる。日常に面白みを与えるというコンセプトの「sneeuw」は本来柔らかい雰囲気の服が多いが、2021年の春夏コレクションでは自分を奮い立たせるような強さや、テンションが上がる赤や黒といった色を取り入れるように意識した。「中性的で緩いシルエットが多かったのですが、今回はめりはりの利いた服で力強さを表現しました」。しっかりしないといけないという思いが自然と服作りに反映され、タイトなシルエットや光沢感のある素材によって服に大人っぽい雰囲気が生まれた。さらに、COVID-19流行下の社会の在り方にも影響を受けた雪浦さん。感染リスクをどの程度意識するか、経済活動をどの程度優先するか。これらに対していろいろな意見がある中で、正解が一つではないと改めて気付いたという。「物事にはいろいろな側面があることを踏まえて、何通りかの着方ができる服を作りました」

白地に赤いワンピース。前後どちら向きでも着られ、ボタンを留めたり外したりすることでシルエットも変わる。
黒いジャンパースカート。上半身の二つのパーツを交換できる他、パーツを付けずにシンプルなスカートとして着ることもできる。

 「sneeuw」は緊急事態宣言で店を開けられなくなったことをきっかけに、今年4月にオンラインストアを開設した。人々が服に触れる機会が減る中で、売り手は服の売り方を工夫していく必要がある。そこで雪浦さんは、無難ではなく特別感があり、感情を動かしていけるような服作りを目指している。さらにSNS、特にInstagramを通じて、服の魅力を発信することに力を入れる。「自分が着ている服をアップロードすることで、お客さんがおしゃれすることの楽しさを忘れないでくれたらいいなと思っています」。他にも、服が完成するまでの試行錯誤や生産工程を動画にして伝えることも検討中だ。「コロナ禍で人と会う機会が減っている中で、服の向こうにぬくもりやストーリーを感じてもらいたいですね」

井上 雅人(いのうえ まさひと)准教授(武庫川女子大学) 04年東大人文社会系研究科博士課程単位取得退学。修士(社会学)。京都精華大学准教授などを経て、09年より現職。
雪浦 聖子(ゆきうら せいこ)さん(ファッションデザイナー) 00年東大工学部卒。住宅設備機器メーカー勤務などを経て、09年に「sneeuw」設立。

この記事は2020年10月20日号から転載したものです。本紙では他にもオリジナルの記事を掲載しています。

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