東大で物理を学ぶ人は理学部物理学科に進学するというイメージがあるかもしれない。しかし実際には工学部や教養学部にも特色の異なる物理系学科が存在する。今回は理学部物理学科・工学部物理工学科・教養学部統合自然科学科の4年生たちにそれぞれの学科について語ってもらった。進学選択のヒントにどうぞ。
(取材・上田朔)
参加者
Kさん(理Ⅰ→工学部物理工学科4年)
関崇貴 さん(理Ⅰ→理学部物理学科4年)
松山勇喜さん(理Ⅱ→教養学部統合自然科学科物質基礎科学コース4年)
量子コンピューターは物理工学科だけじゃない
――今興味のある物理の分野を教えてください
関(理物) 生命システムを物理学を使って解明する「生物物理学」を大学院では専攻しようと思っています。生物物理学の対象は生体分子・細胞から個体・生態系までスケールが幅広いですが、私は特に脳の情報処理の仕組みに興味があります。
K(物工) 物質、特に固体の性質を量子統計力学を使って解明する「物性物理学」という分野を勉強しています。卒業論文では、超伝導のような固体の量子相を、熱平衡状態として実現するのではなく非平衡過程を使って生成する技術について研究する予定です。
松山(統合) 量子力学に興味があります。物性物理学ではアボガドロ数個程度の粒子からなる量子系を取り扱いますが、私が興味を持っているのは1個から数個程度の原子やイオンを分離してつくる「個別量子系」です。量子コンピューター開発などに応用されています。現在は個別量子系の一つである超伝導量子ビットを使った実験をしている野口研究室に所属しています。
――超伝導量子ビットといえば量子ビット素子を初めて作製した物理工学科の中村泰信先生が有名ですが、統合自然科学科でも超伝導量子ビットを使った実験ができるんですね
松山(統合) はい。実験に使う冷凍機などは同じものを使っているかもしれませんね。
――皆さんはどうして今の学科に進学したのでしょうか
K(物工) 物理系に進もうと思ったきっかけは前期教養課程で受講した堀田知佐先生の統計力学の講義です。膨大な数の粒子が集まることで物質のさまざまな性質が解明できるという話を聞いて、高校では教わらない物理の面白さを知りました。何となく工学部に行きたいという気持ちがありましたが、図形科学の授業でCAD(設計支援用のコンピューターソフト)を操作してみると自分に全然向いていないことが分かったので、機械工学科や航空宇宙工学科は無理だなって思いました。それで、苦手なことをしなくても済んで自分の興味とも合う物理工学科に決めたというわけです。
松山(統合) 僕も物理に興味を持ったきっかけは前期教養課程で受けた加藤雄介先生の量子論の授業だったと思います。これも高校では習わない物理ですね。進学選択時には生物学や化学にも興味があったので、専門を柔軟に変えられる教養学部を選びました。学科に入ってからも生物や化学の授業は取っていましたが、結局今では物理に落ち着きましたね。
関(理物) 僕は前期教養課程の頃は何となく宇宙に関心がありました。後期課程で宇宙物理学を学ぶ前提で、学部で習う基本的な物理の科目を自分で勉強したり、統合自然科学科の先生が駒場で開いているサイエンスカフェなどに参加していましたが、物理のいろいろなトピックに触れるうちに興味が物性物理学や生物物理学に移ってゆきました。特に生物物理をやるなら教養学部統合自然科学科か理学部物理学科だと思いましたが、なんで物理学科を選んだかはよく分からないですね(笑)。
前期は「解析力学」履修が吉
――進学前のイメージと違ったところはありましたか?
K(物工) 物理工学科は名前ほど「工学」っぽくなかったですね。3年生までは座学が中心で、実験はしましたがモノづくりはしませんでした。
松山(統合) 予想よりも時間割が自由でした。いくら教養学部といっても物質基礎科学コースなら統計力学や量子力学のような基本的な科目は取らされるだろうと思っていましたが、実際には必修は週1回のセミナーのみでした。そもそもコース生の興味がばらばらで、半分くらいは化学系ですし、物理系の学生の中にも物性物理学以外に素粒子論に興味があるという人も含まれています。
関(理物) 理学部物理学科はむしろ予想以上に必修科目が多かったです。3年生の間は実験レポートに結構時間を取られ、必修科目もどんどん難しくなるので生物物理のような自分の興味のある分野について勉強する時間を捻出するのがかなり大変でした。
――前期教養課程のうちにやっておくべきことは何でしょうか
K(物工) 物理の問題を数値計算で解くことが求められる科目がありますが、数値計算のためのプログラミングは後期課程に進んでから身に付けることにしても何とか間に合うと思います。大事なのは線形代数と微積分、熱力学のような理系必修科目の内容をよく理解しておくことです。余裕があれば、量子論や統計力学を先取りして学習しておくと良いです。物理工学科では3年生の演習科目で量子力学・統計力学のレポートが大量に出題されますが、2年生までにこれらの科目を勉強しておくとかなり負担が減るでしょう。統計力学については田崎晴明先生の『統計力学Ⅰ、Ⅱ』(培風館)と加藤岳生先生の『ゼロから学ぶ統計力学』(講談社)を、量子力学は猪木慶治先生・川合光先生の『量子力学Ⅰ・Ⅱ』(講談社)をおすすめします。物理工学科に進学する人は固体物理を勉強したい人も多いと思いますが、どうせ後期課程でみっちり勉強することになるので前期教養課程のうちに固体物理を勉強するのは必須ではないです。
松山(統合) 僕が勉強しておけば良かったと思っているのは解析力学です。個別量子系を設計するために必要な知識の一つに「電磁場の量子化」がありますが、ゼミでこの単元に入った時に解析力学の用語が出てきて、春休みのうちに急いで自習することになりました。前期教養課程にも解析力学の授業はあるので、ラグランジアンなどの基本的な概念には軽く触れておくと、量子系を扱う人は後々役に立つと思います。
関(理物) 理学部物理学科では解析力学は2年Aセメスターに全7回の授業で集中的に教わりますが、ここでおいていかれると大変なので未修の人は夏休みの間に勉強しておくことをおすすめします。解析力学に限らず座学は基本的に「崖に突き落として、上がってくるのを待つ」スタンスの学科なので、自分で先取りして勉強しておくとよいです。加えて、私が今苦労しているのは英語ですね。後期課程に入ったらなかなか英語を自習する時間は取れないので、前期課程のうちに英語の文献におじけづかない程度には英語に慣れておくのが良いでしょう。