文化

2022年1月25日

【寄稿】コミュニケーションスキルで国際人に ー東京大学駒場の思い出ー

 

 新型コロナウイルスの流行により学生生活が大幅に制限され、中には留学などの大イベントも中止・延期を強いられた学生もいるかもしれない。できることが限られている中、将来のためにどのようなことができるのだろうか?その問いに対するヒントとして、東大文学部を卒業し、現在はフランスで研究活動を続ける黒部典子さんに、大学時代の経験を寄稿してもらった。(寄稿=黒部典子)

 

 

 皆様、お元気でお過ごしでしょうか。私の東京大学新聞への記事掲載は3回目です。今回はコロナ禍で厳しい状況が続く中、ストレスの溜まっている皆様にエールを送ることにしました。こんな時こそ、今自分のすべきこと、将来の夢を、冷静に考える絶好の時なのです。イライラせず、各脳内物質とのいいお付き合いで、ワクワク感でやる気を起こし、将来の目的達成の準備をしましょう。それではスタートです。

 

 私は東大卒業後、フランスで研究を続けることになったが、そのエネルギー源は駒場キャンパスにあった。学生運動で東大入試のなかった年から大分時が経ってはいたが、紛争の面影は残っていた。この学生運動の発祥の地がパリ大学と知り、いつかパリへ、とある時思った。本郷の授業だけでよかったが、海外での研究が夢だったので、国際感覚を磨くために連日駒場に出向く。この記事では、私が教養学部で履修した科目の中からいくつかを抜粋し、その授業から何が得られたかをここに示すことにする。

 

1、Sarkar先生「時事英語」

 

 学びの基本姿勢を私に教えたのがSarkar先生だった。ユダヤ問題に関するレポート課題が出され、イスラエル大使館に話を聞きに行ったのだが、先生には同様にアラブ側の意見も聞いてこいと言われ、両サイドの意見を聞くことの重要さを知る。両サイドからものを見ることを心がけてほしい。良いゼミ友との出会いもあった。藻谷俊介氏は東大自転車部旅行班で北緯38度線まで遠征した話や、渋谷駅前でアメリカ人のモルモン教の勧誘者と話が盛り上がり、挙げ句の果てには自分の家までついてきて、上がりこんで大討論となった話などを大笑いで語っており、既にグローバルコミュニケーションスキルがある学生だと思った。藻谷氏はその後ハーバード大学大学院に留学している。

 

2、Khoontong Intarathai先生「タイ語」

 

 学外にある駒場留学生会館で、留学生たちと積極的に交流していくうちに、外国人の会話に躊躇なく入ることができるようになった。この会館には留学生が多く居住していたが、食事時には、皆が国ごとに分かれて食事をするという状態で交流がなかった。しかし、Khoontong Intarathai先生がこの現状を知り、タイ人留学生と我々東大ゼミ生との定期的な交流会を計画された。すぐに他国籍の留学生も食事会に参加。タイ人留学生が半数以上だったが、タイ語を通じて他のアジアの国の情報を知ることになる。欧米人も興味を持って会話に参加した。これは先生の努力のおかげだった。その国の言葉を話す人たちと場を共有して、初めて相互理解が生まれることを体験しよう。しかし一番大事なのは、いい先生に巡り会うことだろう。

 

3、滝田文彦先生「フランス語」

 

  ブリア・サヴァランの著作『美味礼讃』(原題・Physiologie du Goût)をテキストにし、食卓の快楽について学ぶ。今日、パソコンなどで簡単に情報集めができるため、親しい友人なく孤立状態のまま卒業するというケースが多いのかもしれない。友人たちと食堂に入っても、ゆっくり食事をする時間が少なくなっているとも聞く。友人たちと食事する時間をもてば、楽しい雰囲気の中で仲間意識は深まり、弾む会話から今後の自分に必要な多くの情報が集まる。快い場所と気の合う友人たちとの会話で、幸福感を持って欲しい。会話は人をつなげる。食卓の快楽を通して、4年という短い貴重な大学生活を有意義なものにしてほしい。

 

4、荒井献先生「新約聖書学」「英語」

 

 『新約聖書』に収められた書簡「コリントの信徒への手紙二」の一節を購読。荒井先生が著作『「強さ」の時代に抗して』を2005年に出版される準備段階でのまとめを解説するものだった。自分は弱いものという諦めの時にこそ、生きる力、強さが湧き上がるものだ。圧力下や競争社会に生きている学生たちは、自分はダメだと思うことがあるのは当然だ。しかしそれは次の力が湧き上がるための準備段階なので、絶対に悲観的にならないように。

 

 時事英語で学んだ両サイドからものを見るという教えから、国際人になるには、同時に国内のことも知っておくべきだと思い、日本民俗学や、俳句の授業にも参加する。

 

5、野村純一先生「日本民俗学」

 

 日本民俗学では真冬の遠野に行く。日本人でありながら、日本にまだまだ知らない土地やその地の独特な文化があることを知る。国外に行かずとも、自己紹介する時に、生誕地やその土地の文化を説明することになる。日本の文化にもっと興味を持って知識を増やすことが一番だ。外国人には、まず日本の国の全体像の紹介から始めることで、会話が進む。知らない土地に見聞を広めに行くことで視野が広がり、好奇心が湧く。積極的な活動にあたり常日頃の体力作りは欠かさず、健康体であり続けることを心がけるように。

 

6、小佐田哲男先生「俳句」

 

 俳句は17文字で、感動を言葉にする叙情詩だ。日本には四季があるが、旧暦の季語の確認に歳時記が必要だった。日本の自然や伝統文化が主題になることが多いが、日本の風情は人々の心に潤いを持たせる。授業では、豊かな感性を磨き生きる力をもらった。この授業は俳句で心を合わせるという人間教育の場であった。句作に没頭して達成感を感じ、生きている幸せを感じ 、皆は元気になった。人や自然に対する思いやりの心を持つことの大切さを学ぶ。人間関係、人生の意義を考えるいい時間であった。感動が大事。人間も自然の一部。思考力や想像力で言語感覚を養おう。近年、国際俳句が盛んなようだが、日本の心がどこまで通じるか、学生たちにも協力してもらいたい。

 

在学中の駒場祭にて 一番右が黒部さん(写真は黒部さん提供)

 

 どの授業も笑いと食がセットだった。駒場で履修したのは半年単位の約15科目で、成績は全て優だったが、これは最高の環境がなせる賜物だった。成功への道のキーワードは、教官、いいゼミ友、食、運動、笑い。本郷の所属学科からは、授業に出て専門に打ち込めとさんざん言われた。

 

 卒業後は日本アイソトープ学会員として同位体の研究に専念する。福島県の加速器分析研究所で研究。その後、修士課程でパリ第6大学、博士課程でパリ第5大学(いずれも当時)へ。後者では入学当初、担当の博士の誤認を私が言葉巧みに指摘したことで、Claude Gillot教授から「分かった。しっかり頑張れ」と激励された。謙譲の美徳をよしとする教育を受けてきた物腰の低い日本人は、その国の言葉が少し理解できたとしても、言い合いを避けて退散するケースが多い。日本人的感覚は通用しない。国際人となるには、フランスに限らず、文化の違いを知っておく必要がある。フランス語の滝田先生もおっしゃっていたが、特にフランス人は味に対してのみならず何に対しても頑固で偏屈で有名だ 。フランス人に限らず、どこの国の人であれ、説得力が十分あれば双方を隔てる壁が打ち砕かれ、相手は納得し笑顔となり態度が一変する。そうすれば自然と友好関係が生まれる。相互理解にはしっかりした言葉が重要なのだ。これがコミュニケーションスキルというものだ。パリ大学を見たいと思ったというのは、こういうシナリオだったのか。シナリオはまだまだ続く。

 

 

 コロナ禍という非常事態で思うように身動きがとれず、心身ともに不調をきたす学生も多いと思いますが、これは考えようで、ピンチをチャンスに変えるいい機会なのです。じっくり自分の将来像を考えるいい時です。貴重な限られた時間の学生生活を、いかに意義あるものにするかを真剣に考えましょう。計画が立てられたら、そのシナリオをもとに前進するのみです。今回私の書いた記事が、将来国際人となられる皆様に、何かのヒントになればこれほど嬉しいことはありません。皆様のご活躍を心よりお祈りいたしております。

 

黒部典子(くろべ・のりこ)

88年東京大学文学部考古学科(当時)卒業。加速器分析研究所などを経て、01年パリ第6大学修士課程、16年パリ第5大学博士課程修了。現在は日本リンパ学会会員。

 

【記事修正】2022年1月26日午後3時42分 写真のキャプションの誤りを修正しました。

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