文化

2022年9月17日

【漫画×論評 TODAI COMINTARY】カオスと隣り合わせな日常を描く 清野とおる・『増補改訂版 東京都北区赤羽』

 

 今や日本が世界に誇る文化となった漫画。編集部員自らがぜひ読んでほしいとおすすめする漫画作品(Comics)を、独自の視点を交え、論評(Commentary)という形でお届けする本企画TODAI COMINTARY。今回は『増補改訂版 東京都北区赤羽』(双葉社)を取り上げます。

 

カオスと隣り合わせな日常を描く

 

 作者の住む町、赤羽は面白い。本作は東京都北区赤羽に引っ越してきた作者がそこでの暮らしや出会う人々との交流を描くルポ漫画だ。ろくに接客もしない居酒屋「ちから」のマスターに、ゴミ袋を地面にたたきつけて歌うアーティスト兼ホームレスのペイティさんなど初期からたびたび登場する名物キャラクターたちは、作者が取材した実在する人物なのだから驚きだ。所構わずウロウロとその場を徘徊(はいかい)する「ウロウロ男」や、幸運を呼ぶことで知られる「ケセランパセラン」らしき生物を作者が空き地から取ってきて、ネットで高額で販売するエピソードもある。作者が赤羽で出会ったさまざまな人や物が面白おかしく描かれ、自分もその場に遭遇してみたいと思わせてくれる漫画だ。

 

 面白い人や物がたびたび現れる点でバラエティー番組の街頭インタビューと似ている。しかし、その人物と作者がどう関わっているかまで描かれているのが本作ならではの魅力ではないだろうか。特に「ちから」が閉店に至るまでのマスターとの紆余(うよ)曲折は作中を通して軽快に語られ、「ウロウロ男」は赤羽の多くの住人に認知されているようで、作者だけでなく、さまざまな人物からもその存在を語られる。一方で派手な若い人の話を聞くことは苦手で、老人からの情報が多い。作者の視点を通して赤羽という町が描かれているのだ。

 

 作中にはユニークな人物がたくさん登場するが、実は一番面白いのは作者なのではないかと思ってしまう。少し気になる人や物がいたらすぐに声を掛け、話を聞くという取材力や度胸にびっくりする。

 

 例えば赤羽に出没する、全身を赤い服で身を包んだ「赤い老人」。何度か見かけるうちに彼のことが気になった作者は、尾行を試みるも失敗。商店街の店員などたくさんの人物に聞き込みを開始した。残念ながらその正体を突き止めることはできず、赤い服装を町からも見掛けなくなってしまった。しかしその数年後、今度は全身緑となった「赤い老人」を発見。今回こそはと話し掛け、とんとん拍子に自宅まで着いて行ってしまう。さらには「赤い老人」に関連して新たな「赤い」人物の目撃情報まで登場。そんなに都合良く登場するものかとツッコみたくもなるがこの作者と赤羽という町なら不思議ではないのだろう。

 

 そんなある意味ぶっ飛んだ作者を通して語られる赤羽という町は考えられないほどカオスでとても面白い。家にこもりがちで毎日退屈な生活を送っている記者に日常というのは案外カオスと隣り合わせなのかもしれないと思わせてくれる作品だ。【佐】

 

清野とおる『増補改訂版 東京都北区赤羽』(双葉社)税込み1540円

 

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