文化

2022年2月22日

【漫画×論評 TODAI COMINTARY】日常に潜むゆるい青春が共感を呼ぶ 『あたしンち』

 今や日本が世界に誇る文化となった漫画。編集部員自らがぜひ読んでほしいとおすすめする漫画作品(Comics)を、独自の視点を交え、論評(Commentary)という形(Comintary)でお届けする本企画。今回は、『あたしンち』(けらえいこ)を取り上げます。

 

 

あえてコメディ漫画で楽しむ、ゆるい青春

 

 中学2年生の立花ユズヒコとその姉で高校2年生の立花みかん、そして彼らの両親のそれぞれの日常が描かれる本作。何気ない出来事を面白おかしく切り取ったコメディ漫画として世代を問わず愛されているが、今回はそこで描かれる青春に注目したい。

 

 本作は1話完結形式で1話あたり23こまと、こま数にも限りがあるため、ドラマチックな青春模様は描かれない。体育祭や文化祭、修学旅行など学園漫画に定番のエピソードもなければ、好きな人とのデートや告白もない。その代わり、休み時間や下校途中の何気ないおしゃべりが描かれる。こうした何でもない日を通し、やけに現実味があって絶妙に共感できる繊細な感覚が描かれる点が本作の魅力である。

 

 例えば夏休み最終日についてのエピソード。「今年の夏も何もなかったなー…」とみかんは切なくなっている。好きな人の岩木君とばったり会えることをほのかに期待しつつ、特に目的もなく友人のしみちゃんとカフェでお茶をして駄弁る。結局特別なことは起こらず帰宅すると、晩御飯は秋の味覚のサンマだった。「もっと夏っぽいものがよかったな……今日で夏休み終わりじゃん」と不満を言うみかん。一方ユズヒコは夏の終わりに感慨はなく、9月の小遣い日が近いことをむしろ楽しみにして、欲しい物リストをせっせと作っている。夏休みの最終日なのに、特別なこともなくあっけなく終わってしまうみかんの切なさには、経験者の多くが共感してしまうだろう。

 

 また、岩木君が親友の吉岡と一緒に散り始めの桜を見に行くエピソードも印象的だ。花吹雪を見て「何かみたいじゃね?」「歌舞伎かな」「あと演歌の盛り上がるとこ?」「ハハハ」と言い合う2人。でも、しっくりくる言葉は見つからない。「つか、もっといいたとえねーか!?このスゲー花吹雪〜〜」……そう叫ぶ吉岡の姿まで何かの場面みたいだ……と思う岩木君。この間ほんの6こまだが、美しい景色を前にして、それを何とか言葉にしようとやきもきしてしまう感覚が見事に表現されている。これを読んで記者には、自身の高校2年生の春休みが思い出された。文化祭の準備の後、親友と制服のまま近所の桜祭りに行って散りゆく桜を見た記憶。当時は目の前の景色を写真で捉えることに夢中になっていたが、今思えばそんな私たち自身が「何かの場面みたい」に青春のただ中にいた。

 

 本作で青春エピソードを楽しみたい時は、みかんの高校生活にまつわるエピソードを厳選して掲載したテーマ別傑作選『あたしンちベスト』の『みかん青春編』がおすすめだ。少女漫画のドラマチックな青春もいいが、たまにはあえて『あたしンち』でゆるい青春を懐かしんでみてはいかがだろうか。【葉】

 

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