今や日本が世界に誇る文化となった漫画。編集部員自らがぜひ読んでほしいとおすすめする漫画作品(Comics)を、独自の視点を交え、論評(Commentary)という形(Comintary)でお届けする本企画。今回は、『ブルーピリオド』(山口つばさ)を取り上げます。
全ての努力する凡人へ
美術は「文字じゃない言語だから」。高校3年生の美術の時間に書いた絵で、込めた思いが人に伝わる嬉しさを知った主人公の八虎(やとら)。成績も良く友人にも恵まれた「リア充」な高校生活を送っていたが、一転。全てをかけて日本最高峰の芸術大学・東京藝大を受験することを決意する。
それまできちんと絵を描いたことがなかった八虎だったが、生活の全てを美術にささげて短期間で力を付け、美術予備校で本格的に学び始める。そこで待っていたのは、八虎が絵に目覚めるずっと前から美術に打ち込んできた才能ある受験生たちだった。
初めての石膏(せっこう)デッサンにもかかわらず完璧な絵を描いてしまう世田介や、どこか目を引く絵を描く桑名など、別格の天才たちを前にして自分が「ただの人」だと知ってしまった八虎。好きで始めたはずなのに、自分で決めたはずなのに、いつの間にか「その感覚が思い出せな」くなって、どうして絵を描いているか分からなくなってしまう。「好きなことをやるっていつでも楽しいって意味じゃないよ」と心の中で叫ぶ八虎。しかし、そんな中でも、構図や出題された課題に対する「対応力」など、自分の強みを見つけ弱点を乗り越え、自分の絵を獲得していくワクワクもある。
本作では主人公以外の受験生たちの心理も丁寧に描かれている。一見我が道を行くかに見えるが実は家庭内の圧力に苦しむ竜二や、姉が藝大首席合格というプレッシャーを抱える天才・桑名など、他の受験生もそれぞれの苦しみがある。
それでも記者が八虎に最も共感してしまうのはなぜだろう。「藝大に行きたい」という切な思いをガソリンにして、ただ自分の努力だけを頼りに受験に挑む姿に、東大受験生だった頃の自分を重ねるからだろうか。
迎えた藝大受験本番中、八虎は絵を描きながら考える。「結局俺は自信のない俺にしかなれないんだ」。「でもさ自信のない俺だからここまで描けるようになったんだって思いたいな…!」
電車内でも絵を描き続ける八虎の「やってないと怖い」という焦燥感を、自分も感じたことがある人。「休むのもパフォーマンスを上げるための行為」と言い切れるほど、何かに生活をささげたことがある人。「ムリだけはしないでね」と母に言われても無理せざるを得ないほどの勝負をしたことがある人。全ての努力する凡人に刺さる作品だ。【松】