新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行が続く昨今、過去に流行した感染症に注目が集まっている。中でも本コラムでは、約100年前に流行したインフルエンザについて概観し、現在のCOVID-19を巡る状況と照らし合わせてみたい。
1918~20年のインフルエンザのパンデミック(世界的大流行)は、the Spanish flu(スペイン・インフルエンザ)やthe 1918 flu(1918インフルエンザ)などと呼ばれる。日本ではスペイン風邪と呼ぶことも多い。
スペインという国名を含むのは当時の世界情勢による。当初、流行が発生した国の多くは第1次世界大戦に参戦していたため、国内に情報統制を敷いていた。しかしスペインは中立国だったため、国内の流行の模様がいち早く世界中に伝わり、スペイン・インフルエンザなどと呼ばれるようになった。流行が最初に確認されたのは米国とされるが、実際に初めてウイルスが発生した地域は今も不明だ。
2015年に世界保健機関(WHO)は、新しい感染症の名称に地名などを含めないようガイドラインを定めた。一部の感染症が発生地・流行地にちなんで命名された結果、その地域の人々への差別や偏見を生んだからだ。COVID-19についても最初の流行地である中国・武漢と紐付けた呼称が存在し、一部で差別や偏見を生んでいる。スペイン風邪という名称が、現在のスペインの人々への差別や偏見を生むとは考えづらいが、本コラムでは注意喚起も兼ねて1918インフルエンザという名称を採用したい。
さて、1918インフルエンザに日本の人々はどう対応したのか。内務省衛生局が当時の流行の模様をまとめた『流行性感冒』(平凡社が2008年に復刊)によれば、内務省は1918年の初秋に流行の兆しが確認されると▽予防心得を示した印刷物(写真)の配布など人々への注意喚起▽うがいや予防接種の奨励▽患者の隔離と外出自粛など10の方針を打ち出した。今も昔も、取るべき対策は基本的には変わらないことがうかがえる。
日本での1918インフルエンザの状況を追った『日本を襲ったスペイン・インフルエンザ 人類とウイルスの第一次世界戦争』(06年、藤原書店)の著者、速水融氏は、概ね当時の日本の対策を高く評価しつつ、地域による対策のばらつきなどを指摘した。現代の日本でも、地域ごとの事情もあるとはいえ、休業要請の範囲がバラバラなことが話題になっていた。同著は、救いを求めて寺社仏閣へ向かう人々が電車に殺到し、規制されなかった事実も紹介。適切な対処を徹底することの難しさは現代にも通じる。
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東大の前身に当たる東京帝国大学の関係者も、1918インフルエンザの終息を目指した。1918年秋には、プファイフェル菌という細菌が病原だとする北里柴三郎らを、東京帝国大学の教授らが批判し論争となった。他にも「病原菌が発見された」との報道が相次いだが、実際には当時はウイルスという存在自体が未発見だった。病原すら分からないのだから、感染症終息のめどを立てられる人など誰もいなかったのだ。
現在もワクチン開発など、COVID-19の流行の終息に向けたさまざまな努力が続いているが、先行きが不透明であることに変わりはない。だからこそ、心身共に健康であることが前提だが、まずは目の前の「自分ができること」に取り組むことが大事なのではないか。
結局、1918インフルエンザによる死者は、少なくとも世界総人口の約1%に当たる2000万人弱に及んだ。日本では速水氏の推計によると、内地の総人口約5500万人のうち50万人弱が亡くなった。COVID-19で同じ悲劇を繰り返さないために何ができるのか。本コラムでは対策を徹底することの重要性などを挙げたが、約100年前の事例から学べることはまだまだあるだろう。【無】
この記事は2020年4月28日号から転載・加筆修正したものです。本紙では他にもオリジナルの記事を掲載しています。
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