映画『ラストマイル』は、『アンナチュラル』『MIU404』という名作ドラマの監督・塚原あゆ子と脚本家・野木亜紀子のタッグにより制作された、この2作品と世界観を共有するサスペンス映画。主題歌もこれらの作品と同じく米津玄師が書き下ろしたことで公開当初から話題となっていた。
流通業界にとって最大のイベントの一つである「ブラックフライデー」の前夜。世界的通販サイト「DAILYFAST」の巨大物流倉庫である関東センターから配送された段ボール箱が爆発するという、衝撃的なシーンで映画が始まる。それを皮切りに関東センターから出荷された荷物が顧客のもとで爆発する事件が次々と起き、死傷者が発生する大惨事までに発展。関東センターのセンター長として赴任したばかりのちょっとクセのある主人公・舟渡エレナと、入社2年目のチームマネージャー・梨本孔が協力して事態の収集にあたる。
本作で最も注目に値するのは、エレナの変化だ。当初は「たとえ運送会社にしわ寄せがいっても、一番の儲け時のこの時期に出荷を止めることはできない」という考えのもと、警察の捜査にさえ非協力的だったエレナ。「DAILYFAST」の商品の運搬を請け負う運送会社「羊急便」には高圧的な態度を取り、X線検査機を無理に導入させて現場を混乱させた。自社の利益を最優先し、配送先の人命や現場の配送業者の負担を軽視する対応だった。エレナは上司の日本支社統括本部長・五十嵐道元から出荷を止めないよう命令されていた上に、仕事の重圧から精神に不調をきたして3カ月休職していたため、もう失敗は許されないと焦っていたのだろう。「全てはお客さまのために」という大義名分を掲げながらも、実際は顧客の安全確保に努めずに自社の利益ばかり追求するエレナと五十嵐の姿を通して、視聴者は資本主義の闇に向き合わされる。
しかし物語が進み、現場の労働者の苦悩を目の当たりにしたエレナ。自社の利益のためだけに動く姿勢を改め、大企業による労働者の搾取という不条理を正そうと決心する。そして、「羊急便」に「DAILYFAST」に対するストライキと配送運賃値上げの交渉の実施を持ちかけて、この実行につなげる。さらに一方では、数年前の従業員の自殺の際に「事なかれ主義」で事件に向き合わなかった五十嵐の落ち度も指摘する。
「羊急便」の委託ドライバーである佐野昭・亘親子の境遇や心情についても丁寧に描かれているのもポイントだ。労働者はただの資本ではなく、それぞれの人生がある人間なのだという、当たり前であるけれども見落とされかねない事実を突きつけられ、視聴者はいっそうエレナの変化に共感する。
ストーリー本編だけでなく、エンドロールで流れる主題歌「がらくた」も素晴らしい。本作と歌詞の対応を見ると、自殺によって大切な人に先立たれた人々の悲痛な思いを歌にしているようにも受け取れる。それだけではなく、「壊れていても構わないのではないか」という意味合いを込めて作られたというこの曲は職場や友人関係において無力を感じ追い詰められそうなときに、私たちに良い意味で逃げ道を与えてくれるのではないか。「例えばあなたがずっと壊れていても二度と戻りはしなくても構わないから僕のそばで生きていてよ」というサビの歌詞が、苦しみの中にいる人々に、優しく寄り添っている。【莉】