4月といえば新生活。新しい季節の始まりだ。そんな新生活の期待と不安が入り交じった複雑な気持ちを見事に切り取ったのが『四月物語』だ。
主人公は北海道の旭川(あさひかわ)から上京し、「武蔵野大学」(実在する同名の大学とは異なる)にやってきた新入生の楡野卯月(にれのうづき)。本作は、彼女が経験する引っ越しや大学での新たな交流、そして上京する理由となった同じ高校の憧れの存在であり、思いを寄せる山崎先輩とのささやかなやり取りを描く。
「性格は明るい方だと思います…」。学科の同級生との自己紹介で物静かに語る卯月は、なぜこの大学に来たのかという問いに答えられずに黙ってしまう。胸に山崎先輩への熱い思いを秘めながらも、周囲にも先輩にも思いを表さずに先輩が自らの存在に気付くことを待ち続ける。そんな控えめな彼女が物語の最後に先輩と向き合い、言葉を交わす。彼女の胸の高鳴りとリンクするように盛り上がる音楽と純朴な2人のやり取りが、大学生活の序章の終わりとこれからを予感させる。
本作の魅力は、やはり「四月」や上京したての大学生の初々しい空気感を卯月の行動を通じて余すことなく映し出していることにあるだろう。桜が舞い散る中行われる引っ越しの作業では、部屋に入り切らないほどの荷物の要不要を引っ越し業者にてきぱきと判断され立ち尽くしたり、おとなしそうな隣人に夕飯を誘ってみたところ一度は断られたものの、気まずく思った隣人が気遣って夕飯を食べに来たり。のどかで素朴な生活が感じられる。
そうした「四月」の雰囲気に一役買っているのがロケーションだ。彼女が訪れるのは都心の繁華街ではなく、のどかで落ち着いた雰囲気の漂う場所ばかり。それには「武蔵野」という言葉のイメージが大きく影響していると考えられる。卯月が通うのは「武蔵野大学」で山崎先輩のアルバイト先は「武蔵野堂」。受験生時代の卯月は国木田独歩の『武蔵野』を手に取り、大学と先輩に思いをはせる。「武蔵野」の春の穏やかな情景が映画の空気感をつくり出している。
主演の松たか子や山崎先輩を演じる田辺誠一などの俳優たちの若い姿を見られることも、記者と同世代の人にとっては新鮮なのではないだろうか。『アナと雪の女王』の松たか子や、田辺誠一の独特なイラストを描く「画伯」といったイメージとは異なる姿に驚かされる。
大学に足を踏み入れたばかりの新入生が見て、これから待ち受ける新生活に思いをはせるも良し。在学生や卒業生が入学時を思い出し、戻ることのできない日々を懐かしむも良し。この季節におすすめの一作だ。【佐】
【関連記事】