岩井俊二監督の最新作『キリエのうた』が10月13日に公開された。『スワロウテイル』、『リリイ・シュシュのすべて』以来の岩井監督による音楽映画となった本作の主演を務めるのは今年6月に解散したBiSHの元メンバーでもあるアイナ・ジ・エンド。岩井監督が作品の構想中に彼女に出会ったことで映画を製作することが決まったという。彼女が演じるキリエと名乗るシンガーソングライター小塚路香(こづかるか)の歌声が、閉塞感に満ちた今の社会に響く。
物語は新宿駅南口で、イッコと名乗る女性と路香の出会いから始まる。実はイッコは、路香の高校時代の友人である真織里(まおり)で、2人はミュージシャンとマネージャーとして組むことに。路香の東京での現在の活動と、過去の路香や路香に関わる人物の様子が切り替わりながら物語が進む中で、路香や真織里、路香の姉・希(きりえ)のフィアンセであった夏彦らの関係性と身の上が次第に明らかになっていく。
生きたいように生きられない。愛したいように愛せない。そんなやるせなさが登場人物たちからひしひしと感じられた。
東日本大震災で姉や母を亡くし、声を出せず孤独となった路香を懸命に支えようとする夏彦だが、法は残酷だ。血縁関係のない2人はお互いを信頼していながらも、児童相談所などにより何度も離れ離れになってしまう。
北海道で3代続くスナックの一人娘であった真織里はスナックの客の支援により大学受験の機会を得る。店を継いで「女を売る」仕事はしたくないと受験を決意し、東京の大学に合格するが、直前になって客から支援を渋られてしまう。夢見ていた東京で彼女はイッコとして結婚詐欺を繰り返し、「女を売る」生活を続けている。
路香は家族を失った悲しみを抱えながらさまよい、歌い続ける。人の心を動かす歌声を持つ一方で社会に迎合して「正しく」は生きられない。イッコを通して出会った音楽プロデューサーは、路花をプロにするためにレコード会社と引き合わせようとする。しかし、路花は結婚詐欺がばれて警察から逃亡中のイッコや、路上ライブを繰り返す中で出会った仲間たちとの活動に魅力を感じ、あいまいな態度を取り続ける。
物語終盤、路香は路上ミュージシャンたちが主催する音楽フェスに参加する。警察の規制が入る中、主題歌「キリエ・憐れみの讃歌」を歌い上げる。キーボードやギター、ドラムなどの楽器も伴い歌声を響かせる感動的なシーンであるはずなのに、どこかむなしさを感じたのはなぜだろう。フェスの申請書の在りかを忘れた主催者が必死に警察をなだめようとしている姿を見てあきれてしまった記者と同じような観客も多いはずだ。そんな人と共に歌う路香の姿は、社会の「はみ出し者」の一員として懸命に声を上げているように思えた。結婚詐欺がばれて逃亡を続けていたイッコも路香に会うためフェスに向うが、その途中で自らの罪と理不尽な形で向き合わされる。
高校時代の路香と真織里が雪の中を2人で歩き、倒れこむ映画のラスト間際のシーンには鳥籠のようなものが映る。2人の閉塞感と、そこを飛び出して羽ばたこうとするがむしゃらさ。現代社会の生きづらさを感じ取らずにはいられなかった。「希望とか見当たらない だけどあなたがここにいるから」。キリエの歌声は、キリエの愛する者を超え、社会へ閉塞感を抱く人も超えて。今の社会に生きる人々に響くだろう。【佐】
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