習近平国家主席の就任以来、一帯一路政策の下東南アジアやアフリカの国々との連帯を強める中国。コロナ禍という非常事態でも「ワクチン外交」で積極的に世界に影響を与えてきた。存在感を増す中国に西側諸国は危機感を抱き、日本でも中国を警戒する報道がなされている。謎に包まれた中国外交の実態を丸川知雄教授(東大社会科学研究所)に聞いた。
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「いじめる」制裁 エコノミック・ステイトクラフト
丸川教授は中国の経済成長を評価する一方で、中国の外交には苦言を呈する。近年、さまざまな国が貿易など経済的な利害関係を用いて他国を「いじめる」制裁、「エコノミック・ステイトクラフト」を行っている。中国もエコノミック・ステイトクラフトをオーストラリアに対して行っているという。
オーストラリアの最大の輸出相手国は中国であり、鉄鉱石、石炭、肉類、小麦など一次産品を多く輸出してきた。しかし、中国は石炭の輸入を一時停止するなどオーストラリアをけん制しようとし、近年両国の関係は急速に悪化している。
丸川教授は、中国はこれによって結果的に損をしていると語る。中国よりも盛んにエコノミック・ステイトクラフトを行う国は多くあるが、中国の場合、理由を説明しないのが特に問題だという。説明なく突如エコノミック・ステイトクラフトを行えば国際社会での中国の好感度は下がる。また、そもそも中国とオーストラリアは貿易において本来ライバル関係ではなく、補完し合う関係であるため、一方がダメージを受けると他方にも悪影響が出る。中国がオーストラリアからの石炭の輸入差し止めを行った際、その分中国の石炭産業が潤うことはなかった。逆に、国内の石炭価格の上昇により発電が滞り、21年夏の停電の一因となった。「このまま経済を成長させれば世界で優位に立てるにも関わらず、エコノミック・ステイトクラフトを行い好感度を下げるのは得策ではありません」
国際社会において中国への好感度が決して高いとは言えない理由は外交政策だけではない。経済成長を続けていること自体が外国にとって脅威に映る。とりわけ米国は経済的に中国を抑え込もうとしている。
米国の中国抑え込み政策
この状況を重く捉えた習近平国家主席が唱えるのが「双循環」だ。双循環は「国内的な循環」と「国際的な循環」の二つを指す。これまでの中国貿易は、大量の部品を輸入し、大量の製品を輸出するという加工貿易中心だったが、他国が中国への部品の輸出を制限すると即座に大打撃を受けるという脆弱(ぜいじゃく)性を持っていた。
中国で近年成長の著しい電子機器産業では半導体が必須の材料だが、米国は中国系の代表的な通信機器メーカーであるファーウェイへの半導体の輸出を事実上禁止するなど中国経済を支える有力企業にダメージを与えている。中国にとって半導体の自給率を高めることは喫緊の課題となり、部品から完成品生産までを自国で完結させる「国内的な循環」が唱えられているのだ。
米国の中国抑え込み政策の変化も見逃せない。トランプ大統領は米国一国のみが中国製品の輸入を停止する「一人よがり」な中国対策を行っていたと丸川教授は話す。しかし政権がバイデン大統領に移ると、日本や韓国、ヨーロッパの国々などを囲い込み、その力を借りて中国を締め出そうとしている。北京冬季オリンピックの際は、他国にも外交ボイコットを要求していた。中国は国際社会から排除されることを懸念し、国内の体制を固めようという動きを見せている。
したがって、中国の対外的な動きは後退していると丸川教授は語る。06年から先進国の企業を買収し、現地でそのブランド名や技術を利用するという中国企業の対外M&Aが積極的に行われるようになったが、現在米国などの先進国に進出すれば、より米中関係悪化させることにつながりかねない。「アメリカに比べて中国が『仲間を囲い込む』という外交をすることは少ないです」
「インド太平洋経済枠組みの実態は中国の排除」
今後の中国の国際社会での立ち位置は米中関係に規定される部分が多いという。今年5月に米国が日本など13カ国とともに「インド太平洋経済枠組み」の発足を宣言した。一見経済の自由化を進める枠組みだが、実態は中国の排除だという。「これは戦後の自由貿易の基本的秩序だったGATTに著しく反するものです。GATTでは最恵国待遇が大原則でした。どこかの国を排除する行為はこの精神に反しています。日本も自由貿易を標榜しているはずですから、本当は『そんなのダメ』と言わなくてはならないはずです」と丸川教授はブロック経済の再来を危惧する。
例えば中国が日本や韓国、台湾から半導体を輸入できなくなったら、中国の製造業大国としての根本が揺るぎかねない。中国が製品の製造をできなくなったら、中国から製品を輸入してきた日本のような国にもダメージが及ぶ。「世界の貿易が分断されれば、戦争に至る危険はより高まります」と危惧をあらわにした。「インド太平洋経済枠組みができたとしても、アメリカ以外の国は面従腹背で、これまでと同じように中国と関係を持つ状態になる可能性が高いとは思いますが、バイデン政権に危うい兆候が見られるのは確かだと思います」
中国にとって同盟国と呼べるのは北朝鮮のみだと丸川教授は話す。東南アジア諸国連合(ASEAN)ではカンボジアが中国寄りの立場だと言われているが、中国にとって経済的メリットをもたらす国ではないという。対して米国には日本、韓国、ヨーロッパなど同盟国が多くある。「アメリカが中国を追い詰めたとき、もしかしたら中国は北朝鮮をけしかけるような攻撃的な方法を取るかもしれない。キューバ危機の際の東西対立のようにアメリカの喉元に匕首(ひしゅ)を突きつけるようなことを行うかもしれない」。世界とのつながりがあってこその貿易立国、製造業大国中国だ。世界とのつながりが絶たれると、生存こそすれ、繁栄は絶望的だ。(③中国に関する報道の不確実性 へ続く)
丸川知雄(まるかわ・ともお)教授(東京大学社会科学研究所)
87年東大経済学部卒業。アジア経済研究所、東大社会科学研究所助教授(当時)などを経て、07年より現職。著書に『現代中国経済』(有斐閣)など。