学術

2022年11月7日

コロナ禍中の中国対外政策とその未来 ③中国に関する報道の不確実性


 

 習近平国家主席の就任以来、一帯一路政策の下、東南アジアやアフリカの国々との連帯を強める中国。コロナ禍という非常事態でも「ワクチン外交」で積極的に世界に影響を与えてきた。存在感を増す中国に西側諸国は危機感を抱き、日本でも中国を警戒する報道がなされている。謎に包まれた中国外交の実態を丸川知雄教授(東大社会科学研究所)に聞いた。

 

【第1回、第2回はこちら】

コロナ禍中の中国対外政策とその未来 ①躍進する中国の経済、対外援助、対外投資

コロナ禍中の中国対外政策とその未来 ②中国外交の窮状 中国側の理由、米国側の理由

 

 

「ワクチン外交」という単語は「フェアじゃない」

 

 中国は新型コロナウイルスの流行に伴いワクチン接種を積極的に進めてきた。医薬・医療機器産業は成長産業であり、民間のベンチャー企業も多い。特に民間ベンチャーのシノバック・バイオテックと国有系のシノファームのワクチンは世界保健機関(WHO)の緊急使用リストに追加され、世界120カ国以上、特にラテンアメリカやアジアなどに輸出された。しかし出足は早かったものの、中国産ワクチンが世界で占めるシェアはそれほど多くない。大手製薬会社のワクチンが行き届くようになり、中国製ワクチンは競争に敗れてしまったのだ。それでも、シノバック、シノファームといった企業が新型コロナウイルスの流行をきっかけにワクチン市場に食い込み、世界に認知されたのは大きな前進だといえる。

 

 先進国の報道で中国が世界にワクチンを供給することは「ワクチン外交」と呼ばれるものの、実態は単なるワクチンの輸出だ。ワクチンの援助はWHOなどによるCOVAXと呼ばれる枠組みを通じて行われている。丸川教授は「ワクチン外交」という単語に疑問を覚えるという。「中国のワクチン輸出を『ワクチン外交』と呼び、特に警戒するのはフェアなのか。むしろこれまで弱小だったワクチンの分野での成長は『中国も頑張っている』と評価する方が客観的ではないでしょうか」。COVAXを通じたワクチンの援助は「外交」と呼べるかもしれないが、他国と同様、ワクチンの公平な分配を目指す枠組みに加入しているというだけのことだ。

 

 丸川教授はこのような日本での中国の報道のされ方に疑問を呈する。中国に駐在している日本人記者の中国に対する感覚と日本での感覚には食い違いがあるという。中国に駐在している日本人記者は「中国は怖い」「中国は監視社会だ」といった前提に沿った記事しか取り上げてもらえないという不満を持っている。コロナ禍が始まってすぐは「中国は隠蔽(いんぺい)国家だ」「中国の感染者はもっと多いに違いない」「言論の自由がないから感染が広がった」といった思い込みがまん延していたと丸川教授は語る。「22年に入ってから中国で感染が急速に広がったことが報告されたことで、かえって中国の感染数の正確さが裏付けられた。また、中国が感染を抑え込み、経済回復に成功すると、今度は「中国は監視社会だ」という別のネガティブな見方が広がると指摘する。

 

「一帯一路は中国と他国との二国間関係の束」

 

 中国の外交を語る上で避けては通れない「一帯一路」についても正確な報道がされているとは必ずしも言えないという。メディアは「中国の広域経済圏構想」と説明することが多いが「実はこの説明は間違いです」と丸川教授は語る。一帯一路が本格的に始動した15年ごろは、米国が実質的な中国包囲網として環太平洋連携協定(TPP)を発足させた時期だ。中国は海、陸それぞれのシルクロードに沿って経済ベルトを形成し、最終的にヨーロッパとつながることでアメリカに対抗しようとした。しかしトランプ政権が発足しアメリカはTPPを離脱。今度は中国がTPPへの加入を希望した。

 

 このようにTPPの性格が変わると、一帯一路も当初の「経済ベルト」という意味合いを失っていく。「現在の一帯一路は『広域経済圏ではなく中国と一帯一路協力覚書を取り交わした他国との二国間関係の束』だと言って良いでしょう。中国がハブとなり、スポークで他国とつながる。しかし他国同士をつなげる側面はほとんどありません」。広域経済圏とは、例えばEUのように、加盟国間全てで関税が廃止されているなど全方向に共通の関係性を持つ国、地域の集合を指す。しかし「二国間の関係をいくら束ねても、連続した面にはなりません。メディアが一帯一路を広域経済圏と表すのは、中国の勢力拡大の恐ろしさを印象付ける意図的な誘導とすら感じます」

 

 「ワクチン外交という言葉や、『中国標準2035』 のように、日本の新聞社が火のないところに煙を立てた例もあります。プロパガンダが含まれていますからもちろん中国の新聞が正しいとも言えませんが、『中国標準2035』は中国政府が構想終了をアナウンスしているのに、日本の新聞はいまだにそういう戦略があると言っています」

 

 日本などの自由主義陣営と中国の間に溝が残るのは、中国が自由化に少しずつ近づきながらも、中国社会が自由主義陣営に近づくそぶりを見せないことにも一因があると丸川教授は推測する。特にウイグルやチベットの人権問題や香港・台湾の問題など、中国が「内政」と見なす領域について外国人が批判的に言及すると、中国のメディアだけでなく、海外在住の中国人も内政干渉だとして猛反発し、亡命者の証言などもフェイクだとして言下に否定する。「中国と自由主義陣営の国民感情レベルでの乖離(かいり)が広がっているように感じます」

 

 「債務の罠(わな)」など何かとマイナスのイメージが持たれがちな一帯一路だが、こんな成功例もある。中国の遠洋輸送会社であるコスコ・グループがギリシャのピレウス港を運営するピレウス港湾会社の株式の67%を買収した。その後経営が順調になった。「これは私も知らなかったのですが、最近調べて見つけた成功例です」。日本での批判の渦の向こうにある真相を確かめるのは難しい。それは「私も早く中国に行って現地の肌感覚を取り戻したいです」と慎重に言葉を選ぶ丸川教授の口調からも伺えた。

 

丸川知雄(まるかわ・ともお)教授(東京大学社会科学研究所)

87年東大経済学部卒業。アジア経済研究所、東大社会科学研究所助教授(当時)などを経て、07年より現職。著書に『現代中国経済』(有斐閣)など。

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