東大入試まで残り2カ月を切った。受験勉強の針路に迷ったら、東大から受験生へのメッセージに耳を傾けてみよう。東大はどんな学生を求めているのか、入試担当理事の福田裕穂理事・副学長に話を聞いた。(取材・一柳里樹)
※福田教授は平成29年4月から令和2年3月の東京大学理事・副学長です。
──東大はどんな学生を求めているのでしょう
東京大学憲章には、東大は「市民的エリート」を育てるんだと書いてある。東大での勉強を経て「市民的エリート」になるための基本的な能力を身に付けた人に入学してほしい。では、その「基本的な能力」とは何か。
それはおそらく、教養学部で幅広い授業を自ら勉強できて、専門教育についても自ら積極的に学び取ることができる能力。現時点での学力ももちろん重要だけど、一番大事なのは、社会に出てから役に立つ力を、自ら学んで身に付けられる能力だと思う。
だから、高校時代の学力がさほど高くなかった学生でも、東大の授業に加えて自分でも学ぶ力を持っていて、自分自身を高められるならそれはそれでいいと思う。もちろん、入学時からものすごい学力があって、入学後にさらにレベルアップしていく人でも構わない。
理系だからって社会を捨てたり、文系だからって理科を捨てたりするのは間違っている。東大では、ちゃんとした幅の広い教養を持って、自分の専門についてもきちんと世界的に展開できる人を育てたい。そういうことをできる基礎力を持った学生をぜひ入れたいな。
例えば、2020年度入試からCEFRの対照表でA2レベル以上に相当する英語力を持つことを出願要件に追加するけど、A2レベルに達すればそれで良しではなくて、自分なりにもっといろいろ勉強してきてほしい。とにかく、誰かに言われて勉強するんじゃなくて、自分で考えて勉強できる学生が欲しいな。
──専門外の勉強も重要なのはなぜでしょうか
社会がこれから大きく変わる中で、既存の知識では役に立たないことがたくさん出てくる。その中でいろいろな物事を判断して、正しい方向に向かっていくためには、専門の非常に狭い知識だけでは通用しない。社会・歴史・自然科学の知識やそれをベースにした考え方など、幅広い教養の力があって初めて、こっちの方向に進むべきだと判断できるんですよ。
進むべき道が決まっている時は、みんな最短の道を選ぶための知識を持っていればいい。でも、今の激動の世の中で求められているのは、混沌とした中でも自分で道を指し示せる力。そういう力は、広い教養と深く突っ込んだ専門知と、二つのバランスに基づいてつくられるような気がするんだよね。
例えば、本年度から始めた国際総合力認定制度(Go Global Gateway、GGG)というプログラムでは「国際総合力を構成する五つの要素」を定めているけど、その中に英語力は入っていない。「コミュニケーションの力」とか、もっと一般的な力が書いてある。実際、真のグローバルコミュニケーションにおいて英語力はone of themに過ぎない。
それで、グローバルコミュニケーションに必要な力の一つに「教養力」があるんじゃないかと思っています。例えば、若い頃英国のケンブリッジ大学を訪ねた時、シドニーカレッジの学長(生物学の教授)に公邸に招待され、「これはクロムウェルの椅子だが、お前、クロムウェルを知ってるか?」と聞かれた。これはある種の教養試験のようなもので、答えられないと一緒に語るべき相手と認められない。
自分に今何が必要か判断し、自ら学んで自己形成することが、本当の意味でグローバルな人材になるための道。だから、GGGは自分に合ったアクティビティをプログラムの中から選び取る認定制度になっている。あくまでも、選択するのは学生自身。TLP(トライリンガル・プログラム)のような、厳密な意味できっちり「勉強させる」ためのプログラムとはちょっと違うんだよね。強制するものじゃないから今は必修にしてないけど、こういうプログラムをもっと多くの学生が取ってくれればいいのにな。
──東大入試は、自分の能力を客観視し、自分で考えて勉強できる学生を選抜できているのでしょうか
選抜できるように入試の問題を工夫しているけど、今の入試制度だけでは難しいんじゃないかな。入試の成績、それも総合点だけで合格者を決める制度で本当にいいのかは考えないといけないと思っていて。
ただ、ハーバード大学のような推薦入試だけの入試制度がいいかというと、それにも疑問がある。学力、生徒会活動、ボランティア、スポーツ全ての実績が見られるから、ハーバードにはそれを全部でき、かつそれを表現できる学生が入ってくる。逆に言うと、何でもできる、ある種器用な人しか入れないから、本当にそれでいいの?という気もしなくもない。
東大には、多様な学生が絶対に必要。ある能力が飛び抜けている人がいたって、無口な人がいたっていい。ただ、推薦入試でセンター試験8割以上の得点を目安にしているのは、駒場の授業が受けられる最低限の学力がないと落ちこぼれてしまうから。そういう枠の中で、いろんな学生がいてくれるといいなって思いますよ。でも、そういう多様な能力を持つ学生をどうやって選抜するかは、試験の永遠の問題点だよね。
多様な学生を見つけるための一つの解は恐らく高校の調査書。今は試験をしていない体育や技術などの力も見ることができる。でも、現状の調査書は、高校ごとの学力の違いをどう判断するかなどいろいろな問題があってすぐ導入しようという話ではないんだけど。
今後、調査書も含めていろいろなことを考えながら入試の改革をしていきたいし、推薦入試も、1期生が社会に出る2、3年後くらいになったら今後どうするべきか見えてくる。
東大は社会的影響が大きいから、一朝一夕には入試制度を変えられないけど、いろんな人の話を聞いて、より良い入試をとにかく考えていかないといけないと思っています。
【記事修正】2024年1月18日午後5時10分 福田教授が東京大学の理事・副学長をつとめた時期を追記いたしました。
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