報道特集

2023年7月19日

ChatGPT時代の授業はどう変わる?  東大の方針から見えてきた今後の課題を整理する


 

 OpenAI社が昨年11月に発表した生成系AIツール、ChatGPTが急速に普及し、教育現場でも対応を迫られている。東大の太田邦史理事・副学長(教育・情報担当)はChatGPTなど言語生成系AIツールの授業利用について、学生や教員がどう向き合うべきかを盛り込んだ方針を相次いで発表している(表1)。生成系AIツールの利用を一律に禁止することはせず、授業での利用の可否については各授業の担当教員に委ねるとし、学生に対しては、生成系AIツールの長所と短所を理解した上での活用を促した。

 今後の授業でのChatGPT利用の在り方を、取材とアンケートから考える。(取材・構成・高橋柚帆、執筆・岡拓杜)

 

(表1)東大が utelecon 上で発表した声明の要旨(東京大学新聞社が作成)
(表1)東大がutelecon上で発表した声明の要旨(東京大学新聞社が作成)

 

ChatGPTは副操縦士的な位置付け自己判断が重要に

 

 ChatGPTの基礎的な事項から教育現場における利用を網羅的に説明する「教員向けChatGPT講座〜基礎から応用まで〜」を5月に開催した、吉田塁准教授(東大大学院工学系研究科)に話を聞いた。

 

 

吉田塁(よしだ・るい)准教授 東大新領域創成科学研究科博士課程修了。 博士(科学)。東大教養学部特任助教、大学総合教育研究センター特任講師を経て、20 年より現職。
吉田塁(よしだ・るい)准教授 東大新領域創成科学研究科博士課程修了。 博士(科学)。東大教養学部特任助教、大学総合教育研究センター特任講師を経て、20年より現職
吉田塁准教授主催オンラインイベント「教員向けChatGPT講座〜基礎から応用まで〜」
吉田塁准教授主催オンラインイベント「教員向けChatGPT講座〜基礎から応用まで〜」

 

 

──教員向けChatGPT講座を開催した経緯は

 

 昨年の12月にChatGPTのことを知り、いろいろ調べていくうちに教育に対するインパクトが大きくなりそうだと思いました。2月ごろからChatGPTに関する情報発信をしてきたのですが、教員同士であっても理解が異なっていることが多いことが見えてきたんです。私はコロナ禍の学習オンライン化支援に尽力した経験があり、今回もコロナ禍と同じように多くの教員が困るだろうと考えました。自分が持っている知識をできるだけ発信して教員を支援したいと思い、ChatGPT講座を開催しましたが、4時間を超える講座となってしまいました(笑)。

 

──国を問わず大学によって発表している方針は大きく異なります。東大の方針は適切だと思いますか

 

 3月下旬に発表された上智大学のポリシーは利用全面禁止かと思われましたが、5月中旬に公開された学長へのインタビュー記事では、生成物をそのまま利用することを禁止する意図だとし、全面的な禁止ではなかったようです。また、英国の大学の一部は生成系AIツールの使用を全面的に禁止する方針であるような報道がありました。ただ、5月上旬に英国高等教育質保証機構(QAA)は声明にて、生成系AIツールの利用を禁止するのではなく、大学教育における活用の検討を促しています。ChatGPTの登場から時間が経ち、どう活用していくか、どう対応していくかを考えるのが主流になっています。

 

 東大の太田副学長が発表した方針について、私は基本的に賛同する立場です。そもそもまだChatGPTの活用可能性は不明瞭なことも多く、分野によってもインパクトが異なるため、大学全体で全ての分野に関して言及するのは難しいです。東大側ができるだけの情報発信をした上で、利用に関する判断は各先生の専門性を信頼して委ねるという方針は妥当だと思いますし、それ以上のことを発信するのは難しいですよね。今はまだ活用可能性を収集、調査、検討するという段階で、その上で具体的な意思決定をしていくということなのだろうと一教員として理解しています。

 

──教員に判断を委ねている現段階の方針では、授業ごとの評価における公平性は担保できるのでしょうか

 

 基本的にChatGPTを積極的に使うことを指示する課題などでなければ、テキスト生成AIが授業間・授業内での評価の公平性に与えるインパクトは大きくないと私は考えます。

 

 公平性というよりも評価の妥当性の方が問題になる可能性が高いです。テキスト生成AIによって自動生成が容易な成果物が課題となっている場合、物理的に使わせない工夫などがなければ、検出が難しい不正が起こり得ます。そのため、成績の評価方法として妥当性を担保するような措置は検討することが肝要でしょう。具体的には、自動生成したものをそのまま出力した人が、自分の力で作成した人よりも高評価を得られるような課題にならないようにするなど、留意する必要があります。

 

 また、授業内で学生にChatGPTの積極的な利用を指示するならば、必要に応じて、公平性を担保する方法を検討することにはなるでしょう。例えば、ChatGPTのGPT-4(有料プラン)を使える学生とそうでない学生との経済格差を考慮してGPT-3.5のみの使用に限定する、アクセスできない地域の学生に配慮するなどの対応が必要になるかもしれません。

 

──現在のChatGPTの性能でも、使用することでより高い評価につながるような結果が得られるのでしょうか

 

 現段階ではChatGPTを使用して専門性の高い文章を生成しようとするとハルシネーション(事実と異なる内容を出力すること)を起こすことが多かったり、大学レベルの専門性の高い出力になると平均的な回答しか得られなかったりすることもあります。

 

 いろいろな分野の先生と話をしていますが、インパクトが分野によって大きく異なるので、一概には言えません。例えばプログラミングであれば、ChatGPTを使用した方が生産性が上がり、より良いシステムを作れる可能性があります。そういった意味では使用することで高い評価につながる可能性はあるでしょう。私は来学期にウェブプログラミングの授業を開講する予定で、そこでは諸々のテキスト生成AIに関する情報を共有して積極的に使ってもらおうと考えています。学生が授業内でChatGPTを使用する際の注意点はたくさんありますが、まず重要なのはChatGPTの出力に対して責任を取るのはあくまで自分自身であるということを認識することです。自分なりの知識や判断が一番大事だということを理解してほしいです。その上で、ハルシネーションがあることも把握しながら、現状のテキスト生成AIはあくまでも副操縦士的な位置付けであって、自分がタスクをこなす際の相談相手のような形で使うのが良いと思います。

 

 また、出力結果にはバイアスが入ることがあります。分野によっては、バイアスが入ることで問題になる可能性にも注意する必要があるでしょう。

 

 そして、ChatGPTに限りませんが、データの使用目的や処理方法などが記載された利用規約やデータ利用ポリシーにあらかじめ目を通すのも大事です。場合によっては、やりとりしたデータがAIの学習に使われてしまうこともあるので、その対応を検討することも重要です。

 

──授業での利用を認める場合は教員側から注意点も含めて指導する必要性はありますか

 

 ChatGPTは過渡期にあるので混乱があるという前提で、授業内でChatGPTの積極的な利用を勧めるのなら教員が注意点を説明した方が良いとは思います。中長期的な視点で見ると、必修科目の中で取り扱うなど、AIリテラシーを身に付けられるような仕組みづくりは重要になるでしょう。

 

──従来のレポート1本の授業形態はなくなっていくのでしょうか

 

 望ましい授業形態はそもそも授業や課題には目的があり、それに達するための評価方法があるため、生成AIの台頭によって授業目的や目標は変わらないのか、その目的や目標に対してその評価方法が妥当なのかが検討されるべきだと考えています。そのため、レポートのみの評価がその授業の目的に対して妥当な評価方法であるならば、今後も残っていくでしょう。ただし、生成AIによって容易に自動生成できるような成果物だけを評価するような課題では、評価方法としての妥当性が低くなるため、再検討の余地があります。対応としては、対面における試験や課題の実施など生成AIを使わせない環境を作ること、評価方法に学習プロセスを組み込むことなどが挙げられます。後者について、例えば、授業内で学生同士に成果物に関するディスカッションをしてもらい、その内容を書いてもらったうえで改善してもらうことが挙げられます。このように協同学習を活用することで、学習の質を高めながら妥当な評価ができるようになります。ただ、あくまでも一例であり、各教員の教育目的によって妥当な評価方法は変わってくるので、望ましい授業形態は一概には言えません。そのため、各教員が生成AIを理解し、必要に応じて教育目的や評価方法の再検討を行うことが肝要だと考えています。

 

──不正利用も懸念される中、学生が注意すべき点は

 

 実際にChatGPTの使用の有無を検出することは難しく、不正に利用する人が現れる可能性は否定できません。今後は情報の普及に伴いChatGPTの性質や限界が明らかになっていく中で、ChatGPTは一層普及していくと予測されます。学生の皆さんは、場面に応じた利用判断を積み重ねていきながら、自分に合った活用法を見つけることが大切です。

 

ChatGPTの利用状況学生に独自アンケート

 

 東京大学新聞社は6月25日から30日までの期間、東大生を対象にChatGPTの利用に関するアンケートを実施した。アンケートはグーグルフォームを用いた11の質問から成り、計60人から回答を得た。

 

 ChatGPTの利用頻度に関して尋ねたところ、過半数の人がほとんど使わないと答えた(図)。利用すると回答した学生の多くも、使用は1週間に1回程度にとどまっている。使用法としては外国語の校正・翻訳、レポートの案出しなど勉学に関わるものから大喜利や雑談といった遊び目的まで幅広い回答を得た。

 

(図)ChatGPTをどの程度利用していますか?
(図)ChatGPTをどの程度利用していますか?

 

 授業内でのChatGPTの利用の可否については、全面的に禁止・容認する授業だけでなく、条件やアドバイスを付す形で認められたという回答が見られた。レポート課題に際して使用した場合、参考文献に記載するなどしてその旨を明確にするよう指導したり、文法の確認やアイデアの参考としての使用に限り、出力データの直接的な使用を禁止したりする教員もいるという。

 

 一方で、ChatGPTの積極的な活用を促す指導もあり、生成した文章の誤りや欠点を指摘することが提出課題とされた授業があるとのことだ。吉田准教授は、近年のビジネスにおけるAIツールの利用機会増加を踏まえて、こうしたChatGPTを活用した課題など、授業への積極的な取り入れを、建設的だとして評価する。使用可とする授業で教員からどのような注意事項を説明されたかを聞くと、真偽の検証の必要性が強調されたり、個人情報や授業内容の入力を避けるよう指示があったりしたという回答が複数見られた。生成文をそのままコピーすることは著作権上問題となる可能性もあるとして注意を促す教員もいるという。

 

 一方で、使用可とする授業でもChatGPTを使用しないと回答した学生は半数を超えた。その理由として、利用に慣れていないことやログインなどの煩雑さの他に、自分で考えることの必要性などが挙がった。他方で、使用が禁止されている授業でもChatGPTを活用すると答えた人が一定数いた。こうした人の存在に対しては、不公平だという意見が上がった一方、仕方ないとする意見も多数見られた。中には取り締まりが難しいとする声や自己責任として問題視しない考えもあった。ただ、進学選択のある東大において、レポートなどでの利用が不公平を生み出しかねないとして、課題を出す際に教員側が不正な使用を防ぐ方法を考えるべきとの意見もあった。

 

(表2)東京大学新聞社で実施したアンケートの回答(要旨を一部抜粋・東京大学新聞社が作成)
(表2)東京大学新聞社で実施したアンケートの回答(要旨を一部抜粋・東京大学新聞社が作成)
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