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2025年1月21日

東大大学院 入試情報サイトに「六四天安門」のキーワード指定 問題はどこに

 

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 東大大学院一部専攻の入試情報サイトなどのソースコードに「六四天安門」と一時書き込まれていたことが判明した。2023年8月から9月の間にキーワードとして指定されたとみられ、中国当局の情報統制によって中国からアクセスできないようにした可能性がある。これが事実であれば、東大が進めてきた多様性の尊重と包摂性の推進に逆行する行為となる。東京大学新聞社が昨年12月7日から設置した意見投稿フォームには、書き込みを問題視する意見の他、中国当局による検閲体制を批判する声や安全保障上の観点から中国人留学生の受け入れに慎重になるべきとの意見も見られた。今回、明らかになった書き込みの問題はどこにあるのだろうか。東京大学新聞社は、東大本部広報課や書き込みがあった新領域創成科学研究科(新領域)・メディカル情報生命専攻の関係者、東大に通う中国人留学生に取材した。(取材・平井蒼冴、岡拓杜、劉佳祺)

 

中国からの留学阻害を目的で書き込みか

 

 書き込みがあったのは、新領域・メディカル情報生命専攻の入試情報ページや英語版トップページ。ソースコード(ウェブページの情報をプログラミング言語で記述した文書)上でメタキーワード(検索エンジンにページの記述内容を伝える文言。ページ上では直接表示されない)として指定されていた。当該ページに天安門事件に関する内容は含まれていなかった。

 

 「六四天安門」は1989年6月4日に中国の北京で発生した天安門事件を指す言葉。中国では情報統制により、サイト内に天安門事件に関連する用語を含む場合、検索結果として表示されなくなると言われる。「六四天安門」の書き込みがあったウェブページには、一時的に中国からのアクセスができなくなっていた可能性がある。しかし実際には当局によるインターネット規制をかいくぐり、外国サイトにもアクセスすることは可能。さらにソースコードに「六四天安門」と書き込まれていると、そのサイトが中国からアクセスできなくなるという情報は検証されていない。今回の書き込みによる実際の影響は不明だが、中国からの閲覧を阻害するような意図がない限り、入試情報とは無関係な「六四天安門」がソースコード中に混入する可能性は低いと考えられる。

 

 当該時期の書き込みは国立国会図書館の運営するインターネット資料保存収集事業(WARP)や、ウェブサイトの情報を収集し保存するサイト「WaybackMachine」で確認できた。「六四天安門」は23年8月12日から9月29日までの間に書き込まれたと見られる(写真1)。昨年3月に削除されるまでの期間で、専攻で年2回ある入試のうち片方が行われた。

 

(写真1)23年9月29日時点の専攻の入試情報サイトのソースコードを写した一部(国会図書館のウェブアーカイブとInternet Archiveより、最終閲覧:24年11月26日)

 

過去5年で4〜5割が留学生に

 

 現在のところ、書き込みが専攻の決定で行われたものか、専攻内のウェブサイト更新可能な教員などによって行われたかは不明である。近年の専攻内での外国人留学生の比率の高まりが書き込みの背景にある可能性がある。当該専攻の修士課程では、入試の出願者に占める外国人の割合が年々増加し、それに伴い合格者に占める外国人の割合も増加している(表)。博士課程でも20年入試以降合格者の4〜5割が外国人となっている。このうち8割ほどは中国からの学生だという。専攻の入試は問題文の言語を日英二つのうちから選ぶ形式だが、問題自体は同じで、外国人特別枠なども専攻では設けていない。

 

(表)専攻の合格者数の推移(カッコは内数で外国人の人数)新領域ウェブページより東京大学新聞社が作成

 

東大広報課、書き込みは「大変遺憾」

 

 東大本部広報課によると、大学本部は昨年3月頃に情報提供を受けて、書き込みがされていた事実を把握。メディカル情報生命専攻が当該キーワードを削除し、ソースコードに不適切なキーワードを混入できないようシステムをリニューアルしたという。今後はソースコードも定期的にチェックすることで当面の再発防止策としている。新領域は現在キーワードの書き込みが起きた経緯などを確認中だ。本部広報課は、特定の国からのアクセスを阻害する意図があったとすれば、国内外から多彩な学生・教職員を迎える東大の方針に反する不適切な行為であり、大変遺憾だとコメントした。一方で、東大が書き込みの事実を発表しなかったことについては現時点まで経緯の事実確認を行っていたためだと説明。今後、記者会見など外部への説明の場を開くかについても未定だという。

 

専攻関係者「徹底的な調査必要」

 

 専攻関係者は今回の問題について大変残念に思うと同時に、そのような書き込みが生じた背景や問題点を徹底的に調査し、さらに組織運営の改善、D&I意識向上に向けた再教育などを行うべきであろうと訴える。専攻の中では外国人学生、特に中国人学生が増加しているという状況で、日本人の出願者数、合格者数を増やすような対策を取るべきではないかという意見も出たこともあったようだ。また、国立大学に税金が投入されている以上、日本人を優遇すべきで特定国の留学生の合格者が多いのは問題だと意見する教員もいたという。専攻では英語入試の方法の変更も視野に入れ、日本人学生の減少と特定国の留学生の増大への対策を議論するワーキンググループを作ろうと話が上がることもあったという。この専攻関係者は、むしろ受験者数を増やし、実力のみの選考で、より多様で優秀な学生を選抜する必要があると考えているようだ。同時に、専攻において英語での授業などを充実させていく必要があるという。

 

中国人留学生の増加は多様性や安全保障の観点で問題?

 

 留学生の中で中国人が多いためむしろ多様性がないことを問題視する意見も聞かれるようだ。専攻への留学生のうち中国からの学生が占める割合は大きい。ただ、この偏りは過渡期的なものでしかないと専攻関係者はみている。一時的に留学生の偏りがあったとしても、日本人だけで構成される状況と比べれば複数の視点を確保できる点で、理想に近づいていると指摘した。また、中国人留学生の受け入れに消極的になることは専攻が置かれた現実にもそぐわないようだ。新領域は学内に直接対応するような学部がなく、当該専攻では東大の学部からの進学者は毎年数人しかいないとう。学生が来ないことには研究も教育もできないため、国籍にかかわらず優秀な学生の受け入れを断る理由は全くないはずだと話す。最終的な目標は欧米圏を含めた多様な学生の受け入れだが、第一段階として近隣諸国の学生が占める割合が多いのは不可避で、中国人学生が多いことを問題視して多様性確保への道筋を閉ざしてしまうことこそ問題ではないかとも語っている。さに、このことが研究の質を下げてしまう可能性もあると指摘する。

 

 東京大学新聞社の意見投稿フォームには中国共産党に関係がある人物が留学生として紛れ込んでいる可能性や、スパイとして協力を求められる危険性に言及する意見も寄せられた。東大は2011年に安全保障輸出管理支援室を設置している。現在、学内の科学技術などが軍事転用されることを防ぐため「安全保障輸出管理システム」が導入されており、留学生が入学する際にも事前調査が必要だ。東大では留学生を受け入れる場合は必ず①提供するのはすでに知られている技術だけか2出身大学や過去の研究が大量破壊兵器の開発に関与している疑いがないか3将来軍事部門に就職する予定がないか─などをチェックしている。専攻では軍事技術に転用される可能性が低い生命科学を扱っていることもあり、このチェックで問題となることはこれまでなかったようである。

 

 意見投稿フォームには中国当局の情報統制が問題との指摘も見られた。ただ、こうした意見は言論の自由が重要だという大前提と、情報統制を悪意を持って利用した行為の問題性という次元の異なる事象を並行して論じようとするものだ。重要な指摘ではあるが、中国当局の問題と東大内部で発生した問題を切り離して論じなければ、今回の問題の本質は見えてこないだろう。

 

東大が進めるD&I方針、重要性が共有されていない可能性も

 

 東大はUTokyo Compass(藤井総長の就任後に示された、東大の基本方針)で「世界の誰もが来たくなる大学」の実現を掲げる。2022年には「東京大学ダイバーシティ&インクルージョン宣言(D&I宣言)」を制定するなど、これまで多様性の尊重と包摂性の推進に力を入れてきた。

 

 東大本部主導で、D&Iの実現に向けた取り組みが進み、教員がおよそ半年に一度動画で受ける研修は勉強になった一方、なぜ多様性が大事かという大前提から説明しなければ理解してもらえない場合もあるのではないかと専攻関係者は指摘する。東大のD&Iに向けた方針が共通理解になっていない可能性もある。23年には「多様性を踏まえた大学の国際化を考える」という勉強会がオンラインで開かれたが、この勉強会は希望した教職員のみが参加できる形式だった。多様性の尊重や包摂性の推進などに関心がある層にしか情報発信が届いていないのが現状だ。一般に、教員会議は、留学生に関するセンシティブな話題に触れることに多くの教員はためらいがあり、結果として会議で不適切な発言をした教員がいても注意、意見ができない状況も想定されるという。

 

 「六四天安門」の書き込みがあった専攻は、国籍にかかわらず実力のみで学生を選抜している。地理的に近く日本語を話せる学生が比較的多い中国からの留学生が多くなるのも不思議ではない。ただ今回の問題の背景にはD&I推進が学内全体の共通基盤になっていない現状があると言えるだろう。学生や教職員がオンラインで研修を見られるようにし、関心が高くない層にD&Iに関する情報が入るようにする必要性が見えてきた。

 

立て看板で大学に対応を求める中国人留学生 「具体的な経緯が未だに明らかにされていない」

 

 駒場Iキャンパスには現在、今回の問題に抗議する立て看板が立っている(写真2)。実はこの立て看板、前期教養課程に所属する中国人留学生によって設置されたものだという。東京大学新聞社は、立て看板を制作した2人の留学生に立て看板に込めた思いや事件への考えを聞いた。

 

立て看板「東大大学院 中国人受験生をを差別するな」
(写真2)中国人留学生が制作した立て看板「東大大学院、中国人留学生を差別するな」

 

──今回の問題を知ったきっかけは

Aさん 私たちが所属している立て看板の同好会を通じて知りました。何か行動を起こさなければという思いから、同好会内で話し合いが進み、私とBさんで立て看板 を作ることを決意しました。その後、他の中国人留学生数人にも声を掛け、ニュースが報じられた週末のうちに完成させました。同好会の日本人学生たちからは、立て看板の描き方や木材のカット方法などを教えてもらいました。

 

──どのように立て看板のデザイン案を考えましたか

Aさん 立て看板にHTMLを書き込むアイデアはBさんが提案しました。中国人留学生を排除するために書き込まれた可能性のある、新領域創成科学研究科のウェブサイトのキーワード「六四天安門」はページ上には直接表示されません。だからこそ私たちは対照的に、HTMLのボディータグ(実際にページ上に表示される部分)でメッセージを描き、目に見える形で意図を伝えようとしました。

 

 下に書かれた天安門事件の戦車は、私が提案したアイデアです。戦車のデザインには二つのメッセージが込められています。一つ目は歴史的事実を可視化し、中国人留学生である私たちにも、それを示す勇気があることを表明すること。二つ目は中国の政治環境を利用している行為を批判することです。デザインは「無名の反逆者」(天安門事件で戦車に立ちはだかった人の写真)をモチーフにしました。このデザインで中国政府を批判する意図はありませんが、天安門事件は歴史的事実であり、それを無視したり避けたりすべきではないと考えています。東大のマークを戦車に描いた理由は、「六四天安門」というキーワードが中国で検閲されている状況をまるで東大が利用し、差別を助長しているように感じたからです。

 

──立て看板や今回の書き込み問題に関して、どのような反応がありましたか

Aさん 同好会がXに投稿した今回の立て看板の制作報告のコメント欄では「ネトウヨ」(インターネット上で排外的な言動をする保守層)と一般に総称される方の意見が目立ちました。国家は国民、政府、政党といった多様な次元や側面を持っており、例えば政府の言動が全国民の感情と一致しているとも限りません。しかし、「ネトウヨ」はそれらを全て単純化し、北朝鮮や中国を一括りにして「邪悪な独裁国家」と決めつける傾向があります。特に中国政府については、政府批判以外のことを少しでも言おうものなら、「民主主義に反対している」「統制を擁護している」といったレッテルを貼られてしまうのです。

 

──中国人留学生として今回の問題をどう考えていますか

Aさん 今回の一件は大学による公式の行為ではありませんが、なぜ、どのように書き込まれたのか具体的な経緯が未だに明らかにされていない点は大きな問題です。教職員が大学を構成し、大学を代表する存在である以上、こうした教職員個人の行動は、大学そのものと同一視されても不思議ではないと考えています。大学内にこのような差別的な思想を持つ個人が存在することは、その大学自体が差別的な思想を内包していることを意味すると言えるでしょう。もし教職員がこのような思想を持ち続けるなら、いつか今回のような事件にまで発展する可能性があります。

 

 2022年に東大が掲げたD&I宣言では、大学内での差別や不平等の解消に取り組むと明言されていました。しかし、実際には今回の書き込みがあったように、全く逆の方向に進んでいる現状があります。今回の問題は明らかに差別事件です。これは中国人留学生を標的にし、天安門事件やインターネット検閲といった象徴的な要素を利用して行われたものであり、その性質は極めて悪質だと言えます。

 

Bさん これは東大だけの問題ではなく、このような差別的な思想は日本社会全般に根付いていると感じています。特に今回の立て看板の投稿に対するコメントを見ると「ネトウヨ」による偏見の声が多いことが分かります。このような偏見や差別がネット上で広く拡散している状況は非常に問題だと思います。

 

──今回の立て看板制作を振り返って

Aさん 東大大学院で中国人留学生の割合が非常に高いことは、中国人留学生が日本の学術システムの運営において重要な役割を果たしていることの証左です。しかし、今回の事件のような明確なケースもあれば、微妙で訴えづらい差別も多く存在します。この問題について日本にいる中国人留学生と話してみると、表面上は気付きにくいものの、実際には広く存在する問題であるという意見が多く聞かれます。だからこそ、留学生が差別によって感じた不快感や嫌な思いを明確に表現することはとても重要だと思っています。感情を言葉にし、伝え続けることで、少しずつでも問題が改善される可能性があると信じています。私たちは立て看板を通じて、大学に迅速な調査を求めると同時に、構造的な暴力や差別の存在を明らかにし、より多くの人々にその実態を認識してもらいたいと考えています。

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