学術

2020年12月2日

【大切なのはイノベーション】キャッシュレス化の意義や課題とは?

 最近よく目にするようになったキャッシュレス決済だが、日本のキャッシュレス決済比率は約25%にすぎず、海外に比べて普及が大幅に遅れている。政府の推進政策もあり、今後ますます私たちの生活に影響を及ぼすキャッシュレス決済。その世界的な現状や意義について、金融やマクロ経済学を研究している福田慎一教授(東大経済学研究科)に聞いた。

(取材・田中美帆)

 

不便さ解消、一方で不向きな場面も

 

日本の主なキャッシュレス手段 出典:キャッシュレス決済についての「一般消費者向けパンフレット」(経済産業省)

 

 日本では総額のうち2割台にとどまるキャッシュレス決済の比率だが、国ごとに比率は大きく異なる。例えば欧米や中国では、日本に比べてキャッシュレス決済が普及している。欧米では昔から小切手での取引が盛んだったが、店側は受け取った小切手を銀行に持って行き現金化しなくてはいけないなど非効率なものだった。また中国では銀行システムがあまり発展しておらず、偽札が横行するなど現金決済が不便だった。「これらの国では、非効率な取引手段を代替する形でキャッシュレス決済が浸透しました」と福田教授は語る。海外で自動販売機のキャッシュレス化が進んでいるのも同様の理由であり、もともと海外の自動販売機は釣り銭が出ないなど、性能が低く不便だったことが背景にあるという。

 

 一方の日本では、小切手取引はほとんどなく、銀行システムも安定している。偽札の横行がないことに加え、治安も良く現金を持ち歩いても盗難の恐れはほとんどない。「現金決済で不便がなかったため、キャッシュレス化が比較的進んできませんでした」

 

 キャッシュレス化が進んでいる国の実態はどのようなものなのか。日常生活においてほぼ現金が使われていない国としては、スウェーデンと中国がある。スウェーデンでは、現金を用いるのは海外からの旅行者が中心。そのため、中央銀行の支店はわずか一つしかなく、空港に置かれている。中国でもWeChatPayやAlipayといったスマホ決済が主流で、財布を持ち歩かない人が大半だ。さらに、クレジットカードが普及している韓国でもほとんど現金支払いは行われない。一方で米国のように、キャッシュレスサービスの開発が盛んでも、現金決済が併用されている国もある。「このように、キャッシュレス決済といっても、その手段や現金使用の有無などは国によって大きく異なっています」

 

 数多くの不便を解消するキャッシュレス決済だが、デメリットも存在する。高齢者や子どもなど、キャッシュレス決済に対応することが難しい人もいる。また業者側も手数料がかかるというデメリットがあり、米国では支払いを現金決済のみとしている店もある。加えて、欧州では切符購入や自動販売機の利用に現金が使えず、中国では現金お断り店舗も多くあるため「海外からの旅行者が不便を強いられるというデメリットがあります」

 

イノベーションに注力を

 

 キャッシュレス化により私たちの生活は変化するのか。福田教授は、キャッシュレス決済は多少生活を便利にするだけで、それ自体に大きな意味があるわけではないと語る。「大切なのは、キャッシュレス決済の技術を基にした、割り勘サービスや友人間の送金といった機能の付加価値ともいえるイノベーションです」。米国ではこのようなサービスの開発が盛んで、例えば、オフィス街の食堂の混雑を避けるため、食堂に行く前にスマホでメニューを選んで決済し、食堂に着く頃には注文した品が出来上がっているという仕組みがある。また、いつどこでどういう支払いをしたかという利用者の情報を収集し、ビジネスに活用できることも挙げられる。「キャッシュレス決済の比率を上げることを目的にするのではなく、それに付随するサービスによっていかに生活を豊かにするかを考えるのが、理想のキャッシュレス社会の在り方です」

 

 現在日本ではLINE PayやPayPayをはじめ多数の決済手段が乱立している。店によって対応できるサービスが異なったり、サービス間の送金ができなかったりと、不便を感じたことのある消費者も多いだろう。「決済手段が乱立していること自体も問題ですが、それにより企業間で過当競争が起こっていることが大きな問題です」。各社はシェア拡大のためにキャッシュバックなどのキャンペーンを実施し、赤字を抱えるなど競争に疲弊しているという。「本来すべきサービス開発に注力できていないのは残念なことです」

 

 サービス開発が遅れている背景には、現在の日本政府がキャッシュレス決済を普及させることだけに重点を置いていることも影響している。実際、キャッシュレス決済の技術のうち大部分は海外から輸入したものだ。「世界に追い付くためには方向性を転換し、日本が先駆けて技術を開発し世界に新サービスを広めるようになるのが望ましいですね」

 

福田 慎一(ふくだ しんいち)教授(東京大学経済学研究科) 89年米イェール大学大学院博士課程修了。Ph.D.。一橋大学(当時)などを経て、01年より現職。

 


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