就活

2021年5月23日

【イマドキ東大生のキャリア観】③ 東大生を分かつ「大いなる資産」

 東京大学新聞社とNewsPicksの共同調査から東大生のキャリア観を読み解く本連載。連載初回は、ジョブ型雇用に変わりつつある中で「新たな安定」を目指す東大生の姿を描き出した。その中で、女性が将来の人生設計と折り合いをつけながらキャリア観を描く様子についても取り上げた。

 

 今回はさらに踏み込んで、東大生のキャリア観が何によって決まるのか解き明かしていきたい。データを徹底分析した上で複数の東大生にインタビューすると、成長してきた環境で培われてきた「資産」が本人の考え方に大きく影響を与えていることが明らかになった。その結果として、東大生の中でも性別や出身高校、地方といった属性によって意識の傾向が異なっている

 

 今回は出身地方や高校の形態といった点で異なる環境で成長してきた東大生5人にインタビューを行った。彼らの語りから、それぞれの東大生たちが何に影響されているのか、踏み込んで分析してみよう。

 

ここで話を聞いた東大生5人

 

東大生の人生の友「文化資本」

 

 社会学に「文化資本」という有名な概念がある。

 

 

 東大生5人が共通して持っていたのは、幼少期から着実に積み上げられた文化資本だ。

 

 Eさんが典型的な例だ。Eさんは「母が小説を読むということもあり、絵本のような自分の年齢に合った本も少し背伸びした大人な本もあった」と話し、幼少期から本が身近だったことが垣間見える。また、Bさんも「小学校の頃から文学に興味があった」が、中高でそのような話をする機会はなかったという。そして「東大に入ると文学や映画といった趣味が『普通』とされていることに驚いた」。

 

 Cさんは、東大に入って驚いたことに「海外に対する距離の近さ」を挙げる。東大に入るまでは「そもそも高校時代に海外に留学できるということさえ知らなかった」が、東大入学以降に高校で留学している人と出会い、それが自然な選択肢であると知った。今回のインタビュー対象者のうち、Aさんも高校時代にカナダへの留学を経験していた。

 

 東大生は皆、確実にいくらかの文化資本を積み上げてきているとはいえ、その質や内実は人によって異なっている。

 

自分のスキルに信頼あり?

 

 文化資本と同様、成長してきた環境によってキャリア観にも違いがあった。

 

 取材を進めるなかで目立ったのは、大学進学より前におかれてきた環境によって生じたと思われる、スキルや能力に対する自信の差だ。

 

 Dさんは「自分のスキルに信頼があるから(将来に対して)強気になれる」と指摘する。彼自身は文章を書くことや人に教えるというスキルを持っていて、それを生かした仕事ができるのではないかと考えている。一方、同じく地方から東京に進学した背景を持つCさんの考えは違っていた。「自分自身、何者かになれると思って東大に進学し、東京に移ってきた。ただ、大学生活を過ごす中で『意外と無理』ということに気付き始めた」。

 

 自分のスキルに自信があるDさんはまだ1年生。オンライン授業がほとんどで「7月に東京に引っ越してきたばかり」。東大での生活を十分に過ごしてきたわけではない。一方のCさんは、学部4年間を東大で過ごした修士課程の院生だ。両者とも公立非中高一貫校出身ということもあり、高校時代の成績は上位層。高校まで特に「優秀」とされてきた彼らは、高校時代までは自分のスキルや能力に対する自信が強く将来も楽観視している。しかし、大学入学後は東大生を中心とする周囲との比較を通じてその自信が弱まっていくと考えられる。

 

 私立中高一貫出身者はそうではない。Aさん、Bさんともに東大入学以前と東大入学後の自分自身の能力に対する自信に対して大きな変化は見られない。特に2年生であるAさんは「大学に入ってからいろんな人と触れ合うようにしている」と言うが、将来の方向性に根本的な変化は起こっていない。

 

 Cさんは自分自身のスキルに対する自信が薄れていくのと同時に、将来のキャリアに対してもより具体的な考えを持つようになっている。「もともとは途上国の教育の改善をしたいという漠然な思いを持って東大に入学しましたが、今はベンチャーの支援によって間接的にそれを実現したいと思うようになりました」。労働経済学を専門にする山口慎太郎教授(東大大学院経済学研究科)も「高校までの環境で考え方に差は生まれても、大学に入学したり実際に仕事を始めたりすることでその考え方は十分に変わり得る」と指摘する。

 

 自分自身のスキルという「資産」に対する自信は大学入学以降に変質しながらも、キャリア観の形成や具体化に大きな影響を与えている。

 

社会人との関わりがキャリア観を明確に

 

 自らが目指す仕事像の明確度に対しても、個人の成長過程が影響を与えていた。具体的には、成長過程でどのくらい社会人を目にしてきたかによって差が生じているようだ。

 

 関東・私立中高一貫出身の2人は、周囲の社会人の様子を知る機会が多かった。Aさんは父親の起業仲間と家族ぐるみの付き合いがあり、そこで「自然と起業を意識するようになりました」。Bさんは父親ではなく約10歳年上の兄の影響を受けているという。大手の銀行に入ったものの能力主義ではない職場に失望して転職してしまった兄の体験や、高収入を得ているものの『忙しくて休みがない』と嘆く兄の友人の話を聞いてきた。その結果、「見得で大手に入ってもしょうがない」と考えるようになったという。

 

 一方で、関東以外・公立非中高一貫校出身の3人は、周囲の社会人の様子を知ることは少なかったと口を揃える。特にCさんやDさんは「(キャリアの参考になる大人は)両親のほかには学校の先生くらい」だと経験を振り返った。

 

 山口教授も「成長する中でモデルケースとなる社会人を目にする機会の多寡が、将来の仕事像の明確度などといった意識に影響を与えることはありそうだ」と分析する。自分のキャリアを考える前提となるべき社会人との関わりもやはり、成長過程で培われる「資産」だった。

 

 ただ、この差も東大での経験によって埋まっていくらしい。Eさんは「大学に入ると部活動のOBOGの話を聞くことでイメージできる範囲が広がった」、Cさんは「大学でのサークル活動やインターンシップといった経験を通じて、ロールモデルとなる大人が多数見つかった」と語っていた。

 

「資産」が生み出す意識の違い

 

 ここまで紹介してきた「資産」はキャリア観の違いにどのようにつながっているだろうか。環境の一つである出身高校の属性から私立中高一貫校出身者と公立非中高一貫校出身者を比べたとき、以下の設問で統計的に有意な違いがあった。

 


 この表を一見すると、
公立非中高一貫出身者の方が将来に楽観的でジョブ型就職を意識するなど挑戦志向だが仕事のビジョンに関しては不明確な部分があるようだ。この原因は大学入学以前までに培ってきた「資産」の差が生んでいると言って構わないだろう。身近に社会人のロールモデルが多い関東の私立中高一貫校出身者は、親などの経験も踏まえ、業界を良く理解した上で大企業において明確なキャリアパスを描くのだ。東大生5人の語りは、こうしたデータ全体の傾向とも整合的なものだった。

 

 なお、私立中高一貫校出身者と公立非中高一貫校出身者という対比は、東大生の構成比から考えても意味がある。東京大学新聞社が毎年新入生向けに行っているアンケートでは、全体の約57%が関東地方出身者で、近畿地方と中部地方がともに12%と続く。出身高校で見ると、全体のうち約52%が私立中高一貫の出身者、約29%が公立非中高一貫出身と続いている。また、出身地方と出身高校を組み合わせた属性を見ると、関東出身かつ私立中高一貫の出身者が全体の約35%を占めて最多数派で、関東以外の公立非中高一貫出身者が約19%で続いている。(2019年4月調査)

 

東大生が持つ有形無形の「資産」

 

 東大生の保護者の平均年収は1000万円を超えると言われる。東大が公式に行っている「学生生活実態調査」でも過半数の家庭の平均年収が950万円を超えているとの結果が公表されていて、あながち間違った言説ではなさそうだ。東大は「階層の再生産」の場所だと言われても反論はできまい。

 

 今回は金銭的な面ではなく環境に着目し、キャリア観に与える成長過程の影響を分析するべく東大生5人にインタビューした。社会学的な視点でいう文化資本はもちろん、モデルケースとなりうる社会人の多寡や、自分のスキルに対する自信の違いといった「資産」の差が個々人の考え方にバリエーションを生んでいた。他方、東大入学以降にさまざまな経験を積むことで、考え方がより具体化されたり、違う方向に変わったりすることも確認された。一口に「東大生」といっても、その内実はさまざまなのだ。

 

【連載 イマドキ東大生のキャリア観】
  1. 新たな「安定」は自分のスキルで得る
  2. 東大生はなぜコンサルへ?
  3. 東大生を分かつ「大いなる資産」 <- 本記事
  4. データから見える東大生の意外な意識
  5. 独自データで明らかにする東大生の「職業観」
  6. 起業する東大生は何を思う?

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