「東大生」といえば、受験競争を勝ち抜き、就職でもネームバリューを利用して大企業や官庁に就職、安定した人生を歩んでいく……。そんなイメージを抱いている人も多いかもしれない。そんな人が思う「東大卒」は、終身雇用の崩壊と能力主義が言われるようになって久しい世の中で今なお存続する大組織人ーー旧態依然とした日系大企業で「東大卒」の肩書だけで生き抜いていく姿だろう。
実際、東京大学新聞社が毎年出している就職先ランキングでは、三井住友銀行、三菱UFJ銀行、ソニーといった日本の大企業が上位に名を連ね、東大生=大企業志向というイメージも正しいように思える。しかし、このランキングも10年前の顔ぶれと比べると、一つのある変化が見えてくる。
2010年に学部を卒業した東大生の就職先上位は銀行や商社など日系大企業で占められていて、大企業志向が如実に表れていた。ところが昨年には上位に銀行や商社が残りつつも、複数のコンサルティング企業がランキングに食い込んできている。
昨年9月に東京大学新聞社とウェブメディアNewsPicksが東大生約300人に行ったアンケート調査から見えてきたのは、まさにこの変化を裏付ける、挑戦志向の東大生の多さだった。今の東大生は進路について何を考えているのか。
アンケート分析から見えてきたのは、東大生の「新たなリスク回避」意識だ。
東大生は「やりたい仕事」志向
調査では、キャリア観や就職先の希望、職業に対するイメージなどを聞いた。質問の聞き方が異なるため厳密な比較にはならないが、マイナビやリクルートキャリア、ディスコといった就活サイトの運営元が行っている大学生一般を対象にした調査の結果と比較して、東大生のキャリア観の特徴を明らかにしたい。
まずは志望業界だ。民間企業への就職を希望する約200人の東大生に最も志望する業界を一つ選択してもらったところ、IT・通信が全体の17%で1位。それにコンサルティング・シンクタンク(約16%)、マスコミ・広告(約14%)、金融・証券(約12%)と続く。
ここで特筆に値するのは、コンサルティング・シンクタンク業界を志望する学生の多さだ。マイナビの調査ではこの業界を志望する人は全体の1.4%、ディスコでは上位10位圏外となっており、決して就活生の多数派ではない。しかし、東大生の中でコンサルティング・シンクタンク業界を志望することは、金融・証券といった「日系大企業」的業界を志望すること以上にメジャーなことなのだ。
その裏返しとして、一般の就活生に人気のある食品業界を志望する人は少ない。マイナビによる調査では全体の11.4%が食品業界を志望、ディスコの調査では志望業界として2番目の多さであることが分かっているが、東大生で食品業界を第一志望として明示しているのは全体の0.5%にとどまっている。
なお、東大生がコンサルティング・シンクタンク業界を盛んに目指す理由については次回掲載予定の「東大生はなぜコンサルに行くのか」で詳しく扱う。
東大生と一般の大学生を比較すると、就職活動に当たって重視する項目についても東大生に特徴的な結果が見られた。今回の調査では、企業を選ぶ時に重視するポイントを三つまで選んでもらった。
最も多かったのは「自分のやりたい仕事であること」で、全体の61.1%が選択している。それに「給料が高いこと」(36.4%)、「自分の成長が期待できること」(32.3%)、「自分の能力やスキルを生かせること」(22.2%)、「企業の安定性」「ワーク・ライフ・バランスが確保できること」(ともに21.7%)が続く。
東大生に特徴的なことの一つ目は、「自分のやりたい仕事であること」を選ぶ人の多さだ。マイナビの調査(二つまで選択)ではこれを選んだ人は35.9%にとどまっている。つまり、東大生は大学生一般よりやりたいことが明確か、それを妥協しないポイントにしていると考えられる。
二つ目は、給料を重視する人の多さだ。マイナビの調査によると給料の良さを企業選びのポイントに挙げる割合は19.8%にとどまるが、東大生だと36.4%に上る。数値化されたステータスとしての年収を重視していたり、大学の同級生と比べた時に見劣りしない年収を求めていたりする可能性が考えられるだろう。今回取材したある東大生は「大学時代の友だちと生活レベルが変わらない」ことを企業選びの判断材料にしていると話していた。
三つ目は、企業の安定性志向の低さだ。マイナビの調査では大学生一般の38.3%が企業の安定性を重視しているのに対し、東大生だと21.7%にとどまる。
最後に挙げられるのは、成長への意欲が一般的な大学生ほど強くないことだ。「リクルートの調査(『就職プロセス調査(2021年卒)』 リクルート 就職みらい研究所)では、大学生かつ民間企業への就職確定者の49.8%が就職先を確定する時の決め手に「自らの成長」を挙げたのに対し、東大生に関しては32.3%にとどまっている。
日本的大企業への忌避感あらわに
やはり東大生は成長を志向せず、大企業に入って安定の人生を歩むのだろうか。いや、そうではない。人生にとって安定と挑戦のどちらが重要か聞いた設問では、全体の49.5%が「挑戦」を選択し、「安定」を選択した人の割合は27.7%にとどまっている。成長への意欲がそれほど高くないとしても、挑戦志向は東大生に間違いなく存在している。
実はこの成長志向の低さも、東大生は相対的に自らの現状のスキルに自信を持っているからだと考えられる。就職活動で「自分の能力やスキルを生かせること」を重視する東大生は22.2%いたのに対し、マイナビ調査で「自分の能力・専門を活かせる会社」を選んだのは6.4%にとどまっている。
このスキルを生かして働く意欲と挑戦志向は、職業選択にも影響を与えている。
定年退職までずっと同じ企業に勤めると考えている東大生は全体の26.8%にとどまり、これは大学生・大学院生一般の54.6%(「『働きたい組織の特徴』2020年卒TOPICS」リクルートキャリア 就職みらい研究所)と比べて顕著に低い。転職や起業といったセカンドキャリアを「意識しない」とする人は東大生全体の21.8%にとどまっている。つまり東大生の8割弱はキャリアチェンジありきで就職活動をしていることになる。
これは、企業選びの時に企業の安定性を重視する割合が少なかったり、やりたい仕事であることを重視する割合が多かったりすることと無縁ではないだろう。東大生は新卒で入社する企業をあくまでファーストキャリアの場として捉えているのだ。メンバーシップ型雇用とジョブ型雇用のどちらが自分に好ましいと思うか聞いた設問でも55.6%が「ジョブ型が好ましい」としており、企業(多くの場合は日系大企業)の一員として働くことより、何らかの能力やスキルを基に働くことを好ましいと考えている。
あくまで自分のスキルや能力に合った「やりたい仕事」であることを重視しており、それが叶わなかった場合には転職などのキャリアチェンジをいとわない。そんな東大生のキャリア観が透けて見える。
調査では「あなたの思う社会的地位を教えてください」として、各業界や業種の社会的地位を5段階で聞いている。その平均値は以下の通りだ。
ここで特筆に値するのは、不動産・建設、マスコミ・広告、インフラ・交通といった伝統的大企業社員の社会的地位に対する東大生の評価の低さだろう。東大生に人気のあるコンサルティング・シンクタンク業界や金融・証券業界の大手企業の社員に比べると0.5点ほど平均値が低くなっており、業界別では地方銀行の銀行員を除くと圧倒的な低さだ。
この結果からも、伝統的な硬直した日本の大企業に対して東大生が抱く忌避感の強さを読み取ることができる。
目標は「ジョブ型における安定」
このような東大生の考え方は、昨今の好景気や転職市場の活性化が生み出した一時の流行なのだろうか。どうやら、そうではなさそうだ。近年、メンバーシップ型が中心だった日本の雇用慣行にジョブ型が浸透し始めており、奇しくも新型コロナウイルスの感染拡大によってこの流れが加速している。東大生はこの時代の流れを敏感に察知しているといえよう。東大生が目指すのはいわば、新しく出現した「ジョブ型における安定」だ。
これまでの日系大企業的メンバーシップ型雇用の下では、ベースとなる給与・待遇が年功序列で決まり、その個人差は大きくなかった。一方、ジョブ型雇用ではベースとなる給与・待遇は年功序列で決まらず、能力や技能で決まる。個人差も必然的に大きくなる。その中でより良い待遇を得るためには、個人としてリスクをとって挑戦するしかないのだ。伝統的な日本企業ではその挑戦が難しいため、忌避感を覚えているのではないか。労働経済学を専門とする山口慎太郎教授(東大大学院経済学研究科)も「これまで日本では『学部を出れば”アガリ”』だと思われてきたが、欧米だと社会人になっても大学院などで学び続ける。仕事の雑用だけうまい30歳と勉強した30歳では勝負にすらならない」と危機感を持っていた。
東大生は、同じ大企業で一生安泰という意味での「安定」ではなく、ジョブ型雇用における「新たな安定」を目指している。転職や起業を見すえつつどんどん挑戦し、自分のやりたい仕事に手を出していく。これからの「東大生」はそんな姿を見せるに違いない。「リスクを恐れず、変化にオープンであってほしいと思います」(山口教授)
女性の方が伝統的安定志向
ただ、もちろん東大生全員が挑戦志向なわけではない。属性による差が確実に存在する。そのうち、ここでは性差を取り上げたい。「東大男子」と「東大女子」にはキャリア観にどんな違いがあるのか。
統計的に有意なレベルで男女で回答傾向が異なる代表的な設問が「エリート意識」と「人生において安定と挑戦のどちらが重要か」だ。男性の方がエリート意識が高く、挑戦志向が強い。女性の挑戦志向の弱さは「社会的地位」に関する設問でも表れている。「金融・証券大手の社員」「メガバンクの銀行員」「地方銀行の銀行員」「マスコミ・広告大手の社員」「インフラ・交通大手の社員」「国家公務員」といった伝統的な職種に対して、男性より女性の方が社会的地位を高く見積もる傾向にあった。
言い換えれば、女性は男性に比べてメンバーシップ型雇用に対してより好意的なのだ。これもジョブ型雇用の性質を考えると無理はない。ジョブ型雇用は欧米のような流動性の高い労働市場を前提とした制度だ。必然的にキャリアプランの描きやすさや復職のしやすさと言った意味での安定性は低くなる。
これに加えて女性に特徴的なのは、やりたい仕事像が明確ではないことだ。それが志望業界への志望度の低さ、理解度の低さにもつながっているほか、就職活動への不安も強い。
その理由はどこにあるのか。インタビューを通じて見えたのは、女性の東大生もやはり一般的な女性の大学生と同様、出産や家事といった要素を考慮に入れてキャリア選択を行っている事実だ。
ある東大生(女性)は「家事育児が女性のものだという意識がまだ残っている」と感じている。それだけに、やりたいことや所得の多さといった要素だけを重視することはできないという。キャリアの形成は後回しにできても、結婚や出産といったライフイベントは後回しにし続けられない。育児休暇や出産休暇といった制度がきちんと整っている企業、それを容認する文化がある企業に出会えるのか、出会えたとして内定をもらえるのかといった部分から就職活動に対して不安を感じていた。
女性のリスク回避傾向の高さは間違いなく、社会のあり方の影響を受けて形成されたものだった。性別以外の属性、具体的には出身地方や高校といった出自による違いについては、東大生の証言を基に連載第3回で検証していきたい。
※この記事は2020年11月に経済メディアNewsPicksで公開した記事を再編集したものです
【記事修正】2021年8月24日午後0時32分 誤字を修正しました。
【連載 イマドキ東大生のキャリア観】
- 新たな「安定」は自分のスキルで得る <- 本記事
- 東大生はなぜコンサルへ?
- 東大生を分かつ「大いなる資産」
- データから見える東大生の意外な意識
- 独自データで明らかにする東大生の「職業観」
- 起業する東大生は何を思う?